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折々の絵はがき(67)
◆〈日光中禅寺湖〉川瀬巴水◆
昭和5年(1930) ボストン美術館蔵
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すっかり赤く染まった木の葉。それを見ると、あたりの空気がひんやりと澄み渡っているのが伝わってきます。きっと朝晩はもう寒いくらいなのでしょう。空には雲が風の向くまま浮かんでいます。ああ気持ちいいなあ。すーはーと旅先で深呼吸するような心持ちになり、つかの間、絵はがきのなかの秋を味わいました。
奥日光の入り口に位置する中禅寺湖は、四季折々に美しい姿を見せることから、明治から昭和初期にかけ外国人の避暑地としてにぎわったそうです。静かな湖に凛々しい山、季節ごとに色を変える木々という光景は、旅慣れたはずの巴水の心をも浮き立たせたのではないでしょうか。目を閉じると、嬉々として写生スポットを探しまわり、彼がようやくここへ腰を下ろした様子が思い浮かんでつい笑みがこぼれました。彼は座るやいなや、スケッチのためにせわしなく手を動かしたのでしょう。
川瀬巴水は大正から昭和にかけて「新版画」と呼ばれるジャンルで活躍した木版画家です。旅を愛した巴水は、日本がめまぐるしく変化する時代にその原風景を求めて全国を旅しました。彼の作品からは「美しい言葉遣い」や「折り目正しさ」のような、古き良き日本の姿が浮かび上がります。写生を繰り返すうち「見る風景が版画に見えるようになってきた」と語った巴水。彼が情緒豊かに描いた景色は不思議と懐かしく、見ていると言いようのないノスタルジーに駆られるのです。
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