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便利堂ものづくりインタビュー 第20回

第20回:井上企画・幡 代表取締役 林田千華さん 聞き手・社長室 前田


今回は、奈良で麻や蚊帳(かや)を使い、美意識の感じられる丁寧なものづくりをされている「井上企画・幡」さんへお邪魔し、日本の伝統美を活かしたものづくりへのこだわりについて、代表取締役 林田千華(ちか)さんにお話を伺ってきました。

井上企画・幡 本店「Lier 幡」

―――井上企画・幡さんでは奈良の地場産業でもある麻やかや(蚊帳)などを使ったものづくりをされています。
幡は今から37年前、私が中学生の頃に、カメラマンの父・井上博道(はくどう)と専業主婦だった母・千鶴が「日本の工芸や美術のよきものを日本中へ発信しよう」と作った会社です。母の実家が茶道具の卸をしていたこともあり、生まれ育った家で伝統的なものを日常的に見てきたのも大きかったと思います。母は麻などの布で、父は映像を使って、「奈良のよいもの」を遺していこうと考えたそうです。

―――「幡」さんというお名前にはどんな意味があるのでしょう?
幡とは荘厳具の一種で、お寺さんの法要やお祭りのときに堂内や境内に掲げられる旗のことです。父はお寺さんの撮影を数多くしていました。法要の際、その旗が大空にはためくのを見た父は、これから立ち上げる会社にはこんな風になってほしいと思い、「井上企画・幡」とつけたと聞きました。

―――さぞかし美しい光景だったのでしょうね。
最近東大寺さんで見た幡は「生平(きびら)」(さらしていない平織りの麻布)で作られていましたし、正倉院の宝物の幡も生平でした。長い歴史を持つ麻は、今も変わらずこうして使われているんですね。

―――その麻を使ったお母さまの「ものづくり」とお父さまの「写真」を柱として幡さんはスタートされました。
母が目指した「ものづくり」は形になる部分ですのでどちらかといえばわかりやすいかもしれません。しかし、私たちの精神的な部分、根底にあるのは、父が愛した奈良の文化です。父は奈良の暮らしを愛し、美しい風景を多くの人へ伝えたいと考えていました。そういう意味でHIM 井上博道記念館は私たちの発信地といえるかもしれません。父が遺したいと願った奈良の景色や土地に育まれた私たちがものづくりをしている、それが幡という会社なんですね。ですから私の役割は「ものづくり」と「写真」、この二つをつなげることかなと思っています。

HIM 井上博道記念館
写真家・故井上博道氏が遺した写真作品を展示し、知られざる奈良の魅力を多くの人々に伝えることを目的とする写真美術館。

―――こちらの井上博道記念館は、写真そのものももちろん素晴らしいのですが、空間自体が幡さんらしい感性で統一されていて、とても素敵です。記念館も本店もなんともいえない清々しい空気に満ちていますね。
私は「清潔である」ということは日本人の一番の特徴かなと思っているんです。奈良の杉や桧など、自然のものに囲まれた気持ちのいい空間で父の写真を見ていただいて、来ていただいた方に「日本っていいよね」と思っていただきたいというのが私たちの望みになっていますね。

HIM 井上博道記念館にて
林田千華さん(左)・社長室 前田(右)

―――本当にそう思いました。
ただ、自然がそばにあるということは、虫の死骸もたくさん落ちています。なにより働いてくれている人が私や母と同じ気持ちでいてくれないと清潔で心地のいい空間を作り上げることはできません。そうした意味で、同じものを見てきれいと思うかそうでないか、社員みんなの感性が揃っていくよう言葉を尽くして伝えていかないとと思っています。

―――幡さんでは女性の働きやすさも大切にされているそうですね。
最初からそうでしたね。母が40歳のころに作った会社ですが、その頃はまだ、両親ともに忙しくても結局家にいるのは女性が多いという時代でした。ですから母は、作るなら女性が働きやすい会社にしようと思ったそうです。私も同じで社員には辞めてほしくありません。新卒で入ってきた人が結婚して子どもを産んで、そこでキャリアを終りにするのでは本人もつらいでしょう。だから何があろうと全員が変わりなく働ける会社にしたいと環境を整えることを続けてきました。だから今はばっちりですよ。

―――すてきな会社ですね。さて、幡さんと便利堂は長くお付き合いさせていただいていますが、便利堂への印象はどんな感じでしょうか?
今ってもう、なんでもありになってしまっている時代でしょう? けれども便利堂さんは世の中の動きがさまざまあったとしても、「便利堂はこうです」というのを押し通し続けて来られたから百年以上の企業となられたんじゃないかなと思いますね。

―――だと、うれしいのですが。
私たちがお付き合いする会社さんって、呉服屋さん、陶器屋さん、アパレル関係など、みなさんカジュアルなんですが、便利堂さんはちょっと違います。お話していると歴史の重みがあって、芯をしっかり持っていらっしゃる会社さんだということがひしひしと伝わってくるんですよ。まさに歴史あるものづくりのプロ集団ですね。だからこそものづくりに関してはすごく慎重で、そこが素晴らしいと思います。こうして他社さんと一緒にものづくりをさせていただくと私たちも本当に勉強になることが多くて、そういう意味でお声がけいただけてすごくよかったなと思っています。

―――ありがとうございます。幡さんには、鳥獣戯画をモチーフにした麻製品や、かや(蚊帳)素材を用いた「魯山人GONOMIシリーズ」をお作りいただいています。かやのよさを教えていただけますか。
かやも麻も経年変化が楽しい素材なんですよ。最初は糊がついてぱしっとしているんですが、水を通したときのおもしろさは格別です。吸水性に優れ、柔らかく肌になじみ、使えば使うほどふんわりと気持ちよく育ちます。そこがかやのいいところですね。

―――洋服の素材にもされています。
もう18年前でしょうか。子ども用の服を作りたいなと思ったのが最初でした。子どもは汗かきですから吸水性にすぐれた服が「あったらいいな」という気持ちで始めたのがきっかけです。今では大人向けも作るようになりました。重いコートを着た日ってしんどいし、細く見えるワンピースも肩が凝ったりしますよね? でもこの服はそんなしんどさから解放してくれます。柔
らかい生地感で、誰もが躊躇なく着られるパターンで作っていますから、まさにストレスフリーな商品ですね。

本店「Lier 幡」カフェにて

―――魯山人GONOMIは「食通」だった魯山人にちなんで、お台所や食にまつわる商品を作ろうというところから始まりました。キッチンでよく使う「お台拭き」などに、このかや素材はぴったりです。
うちのかやは綿100%なんですよ。かやのなかにはレーヨンが使われているものもあります。しなやかで持った感じはいいものの、台ふきんってものすごくよく使うでしょう? だからレーヨンが混ざっていると手の圧で擦れてしまって破れやすいんです。その点、綿100%のものは耐久性にもすぐれているのでおすすめですよ。

―――耐久性に優れているのはうれしいですね。これ以外にも「コースター」「お手拭き」「野菜袋」などがありますが、どれも色がとても美しいです。
染め自体は色落ちしないように科学染料で染めています。ですから漂白さえしなければきれいな色がそのまま長く残りますよ。色出しは日本の伝統色がほとんどです。それぞれはっきりした色合いですが、日本の色同士なのでどの色を隣へ持ってきても不思議とよく合うんです。

―――魯山人GONOMIの色には「染付」「青磁」などやきものの名前がついています。魯山人が愛したやきものの風情を感じていただけるよう、表裏の色あわせで表現してみました。
これはとても素敵ですよね。素晴らしいアイデアです。他の企業さんではあまりそうした商品づくりをされませんから驚きました。そういうことが出来るのが便利堂さんなんですよね。

―――ありがとうございます。便利堂の商品はほとんどが日本美術をモチーフにしたものですが、このシリーズはそうしたものととても相性がいいんですよ。こんな風に色だけを打ち出した商品は他にありませんが、私たちは色を大切にしていることもあってうれしい発見でした。目に入るとほっとする感じもあります。
それは布だからかもしれませんね。女性は布がお店にあると安心するんですよ。便利堂さんの商品と合ってよかったです。

―――魯山人GONOMIのシリーズは、星岡茶寮開設90周年記念に企画されたのですが、早くも今年は開設100年となりました!
長く愛される商品となってうれしいです。

―――これを記念してこのシリーズに新商品が加わります。ひとつはかや素材の「大判ふきん」です。千華さんから、かやシリーズの楽しみ方をご提案いただけますか?
そうですね…。お客さまがお見えになるときのおすすめですが、ハッカ油を入れた水に浸したお手拭きを、冷蔵庫で冷やしておくんです。それを軽く絞ってお出しすると、生地の肌触りと清涼感で最高に喜んでいただけますよ。

―――うわぁ、いいアイデアです!
新商品のふきんサイズのものは、お弁当包みとして使っている社員がいますね。会社へ自転車で来る人も多いですが、首に巻いて汗取りや日よけに使うなど、愛用者が多いです。みんなくたくたになるまで使い込んでいます。そうすると肌なじみがよくなってどんどん手放せなくなっていくんですよ。

―――マルチクロスとして、アイディア次第で色々使い道が広がりますね。さっそく試してみたいです。最近、幡さんではかやにまつわる新たな取り組みをされているそうですね。
かやのアップサイクル事業です。使い古したかやの生地や断裁した時の余り布から糸に再生し、新たに二重織の織物を作ります。暖かく、柔らかく、気持ちのよい生地を、再び洋服に仕立てています。

―――なるほど、ごみを出さないという取り組みですか。
私たちが使っているのは自然由来の綿です。これまではごみを捨てるにもお金を払って廃棄していましたが、綿ってすごく高いんです。しかも昨今、その綿を育てるために、例えば二酸化炭素の放出がどれくらいあるのかが問われるようになりました。それならば綿を育てなくても、自分たちの持つ素材からリサイクルできる仕組みを作ればいいんじゃないか。この「サーキュラーエコノミー」(循環型経済)は今、私たちがやるべきことだと思いました。

かやの残布を反毛(はんもう)した後の綿。
反毛とは、生 地をくずして綿に戻す技術のこと。通常はウール、ポリエ ステルなど、多素材が混紡されて主にフェルトや詰め物と して再利用され、服の素材にすることはほとんどない
再生した綿糸で織り上げたかや生地

―――今、ものづくりに関わるさまざまな方々が苦心されています。
 もうこれは作っている側の責任ですね。続けていくことが私たちの使命だと思っています。綿100%の自社製品を使ってリサイクルしているところって、実は日本ではまだほかにはありません。私たちが大切にしているかや製品で「ごみをゼロにしたい」「新しい素材を開発したい」この二つを同時に実現したかったんです。

―――素晴らしい取り組みですね。実は便利堂でも「便利堂エコプロジェクト」として、リサイクル和紙の開発やプラスチック素材の使用低減、環境に配慮したコロタイプ印刷への転換などあらゆる方向から環境負荷の低減を目指しています。
 どれも本当に大切なことですよね。初期投資もあるし大変なことばかりでしたが、これは私たちがやるべきことだと思っています。特に、原料をリサイクルしているからいい商品ですというのではなく、直感的にいいと思ってもらえるものを作ることも大切ですね。

コロタイプ工房から廃棄される和紙を再度 漉き直す

―――この取り組みでかやの可能性がますます広がりそうです。
ありがとうございます。これから未来へ向けて、きっと私たちの商品の形はどんどん変わっていくと思うんですね。でもこうした「自然素材を使い続けていく」、それはこの先も揺るぎません。奈良の大切な地場産業ということもありますし、何より私たちが大好きな素材だからです。奈良ではふきんは数多く作られていますが、かやで洋服を仕立てているのは私たちだけの取り組みです。綿100%のガーゼと並んで、今後「かや」が素材のひとつとしてみなさまに思い出していただけるようになるといいですね。

―――もう、そうなっているのではないでしょうか?
だとうれしいですね。実は最初、私たちは手織りの麻ばかりを使ってものづくりをしていました。しかし時代とともにかやのよさに気が付き、よし、麻とともにこれも活かしていこうと思いました。こんな風に時代とともに変わっていくことはこれからもたくさんあると思います。けれども「日本人の心を持った人たちが生み出すもの」というところは変わりません。女性の働
きやすさをサポートしつつ、これからも女性目線の柔らかなものづくりを続けていきたいと思います。

井上企画・幡
昭和63年創業。日本の原風景の残る奈良の美しさと、地場産業である麻などの織物を後世の人々へ伝えようと起業。日本人の繊細な美意識に基づいた、暮らしを彩る心地よい商品を数多く生み出している。本店「Lier幡」のほか2店舗の直営店や写真美術館「HIM 井上博道記念館」を運営している。


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