見出し画像

便利堂ものづくりインタビュー第12回 後編

答えをもって「ありのまま」を撮る

───本城さんが考える便利堂の写真というと?
「それこそ「ありのままを撮る」ことです。どういう風に撮るか、主観を持ちつつもそれは決して前に出さない。だからといって主観がなければ便利堂の写真は撮れないんです。ここはこんな風に表現しよう、油絵のタッチを出すようになどこだわりを持って撮影しています。修行ってそういうことなんだと思いますね。現場で先輩が撮る様子を見る。現像されたものを見る。あの時にああするとこうなるのかという答え合わせを繰り返す中で目が育っていくし、どんな表現をするのかがわかっていくんです。撮る時はある程度、答えをもって撮らないとだめなんですよ。」

───そうやって便利堂の写真が受け継がれてきたんですね。
「展覧会で本物と見比べて同じ、それが便利堂の写真です。そう頭で理解はしていても、そんな「便利堂調」が本当にわかったのは自分で撮り始めてからですね。一枚の写真は二次元ですが、建物や仏像などの立体は三次元です。何メートルもある立体をたかだか12センチしかない平面のフィルムに閉じ込めないといけない。しかもそこにできる限りの情報を残す。難しいことです。」

───それこそが継承された技術なんですね。
「表現はライトなんです。影ひとつとってもどう表現するのか。立体感をどこまで強調するのか難しいところです。たとえば仏様は木造だけでなく、截金や彩色が施されたものもあり、ライトを当てることによって造形が浮かび上がります。でもやりすぎるとそれは正しい情報ではなくなってしまう。いわば答えのない世界ですが、それでも自分の中にはいつも正解があって、そこに少しでも近づきたいという気持ちで撮っています。」

大切な「物」に優しく

───印象に残っているお仕事はありますか?
「最近でいうと2020年に撮影させていただいた兵庫・法華山一乗寺さんの「国宝 聖徳太子及び天台高僧像」ですね。あれは8×10(エイトバイテン)よりももう一つ大きな11×14というフィルムを使っての撮影でした。緊張しましたね。」

───なぜデジタルではなかったのですか?
「レプリカ作成のための撮影だったのですが、大きな作品ですので、必要な解像度を満たそうとするとデジタルでは分割して撮影することになります。しかしそうすると、お軸を上げたり下げたりすることになって、どうしても大切な文化財に負担をかけることになってしまう。撮影に長い時間がかかり、一日で終わらせることは難しかったはずです。でも大きなアナログフィルムで撮ると分割撮影する必要がありません。やはり撮影させていただく時には「物」に対して一番優しい撮り方を考えないといけないと思っています。」

撮影の様子

───そういうことなんですね。今でもフィルムで撮影されているとは思いませんでした。
「もちろんデジタル撮影がほとんどですから、普段はあまり使っていません。しかもこの時使ったのは前の時代でもなかなか使用していない大きなカメラでした。通常、こうした難しい撮影の場合はポラロイド(インスタントフィルム)を使って「仮のテスト撮り」をし、ライトの当たり具合など、その場で画像チェックをしますが、このサイズはポラロイドがありません。ですから代わりにデジタルで試して、よし、これでいくかと。とはいえ、レンズから入る光が乱反射を起こしていないか、もしも蛇腹の部分に穴が開いていたら光線を引きますし、こわかったですね。アナログ撮影はさすがに久しぶりでしたが無事に撮れて本当によかった。こんなカメラが使えるのも、先輩に教わったおかげです。」

───「物」に負担をかけない撮り方はとても便利堂らしいですね。
「例えば、写真撮影には必ずライトを使うでしょう? ライトにもいろんな種類があります。蛍光灯やLED、ストロボもあるし、昔でいうと写真電球のタングステン灯というものある。これは定常光で見やすいですがものすごく熱を持つんです。だから物には優しくないですよね。僕らは世の中に二つとない物を撮影させていただくので、どんな時も所蔵者の方と同じ気持ちで大切に扱わないといけないと思っています。そうした意味で、最近ではストロボやLEDを導入して物に負担をかけない撮り方をしています。」

変化することに不安はない

───受け継がれていくことと変えていくこと、両方あるんですね。
「それはありますね。例えば金屏風を撮る時に、昔は絢爛豪華な金色を前面に出していましたが、そうすると金の豪華さに絵が負けてしまいます。もしそこに白い鳥が描かれていたら、人の目は金色に引っ張られて白をグレーだと錯覚してしまう。だから今は金を抑えつつ、絵の美しさが伝わるように撮ることを心がけています。僕らはやり方を変えていくことに不安はないんです。むしろ変えていかないとと
思っています。」

───カメラもアナログからデジタルに変化してきました。
「四角いものを四角く撮ることは写真では一番難しいことですが、デジタルの場合、フォトショップの技術があればゆがんだ写真も修整することができます。そんな風に融通がきくところがあるし、デジタルだからこんな風に撮るという方法もあります。ただ、僕らはもともとアナログでやってきたので、もしかするとデジタルだけしか知らない人からするとやり方が違うかもしれません。アナログで培った確かな技術と目を、最新技術と重ね合わせることでさらに広く活かす、それもまた僕らの強みの一つですね。」

───複製、図録のほか、文化財修理報告書など写真工房の仕事は多岐に渡ります。
「寺社などの文化財修理は何十年もの周期で定期的に行われます。どんな建材を使い、どのように修理・修復されたのかを未来の人へ伝えるために作るのが文化財修理報告書です。長ければ10年ほどもかかる工事で、どこをどんな風に修復したのかが一目でわかるように、僕たちは工事前・工事後のどちらも同じアングルで撮影する必要があります。記憶だけでは心もとありませんから、昔は「お堂から何センチ、床からレンズの高さは何センチ、使用レンズはこれ」と撮影場所を伝える詳細なメモを書いていました。今はデジカメでも状況をスナップ撮影できますから便利に使っています。撮影では柱が重ならないよう注意し、狭い空間が大広間みたいに見えないようレンズを変えます。そこもまた「ありのまま」を伝える工夫が大切なんです。後世に引き継がれ活用されるものですから、文化財写真としてしっかりした撮影をしておかなければと思っています。」

撮影場所を記録したメモ
同じアングルで撮影した修復前後の写真

組み立て式大型カメラあります

───そうした写真工房の仕事をyoutubeで配信されていますね。
「やっぱり便利堂の歴史や技術って素晴らしいんですよ。写真工房ではスキャニング事業やガラス乾板の修復など、撮影以外にも様々なプロジェクトが動いていますが、どれも自分たちが声に出さないと世界へは伝わらないことばかりです。文化財の写真の撮り方なら僕たちはどこにも負けませんし、技術者なら一番だと思っています。そんな心持ちの部分をたくさんの人に知っていただきたいなと思って始めました。」

───ということは撮影技術も紹介するんですか?
「僕らが日常でどんなふうに撮影をしているのか、文化財をありのまま撮るためにどんな工夫をしているのか、撮影の小道具も含めてご紹介したいと思っています。昔から写真工房では「こんなものがあったらいいな」という道具は手作りしてきましたから。」

───それは面白そうです!舞台裏をのぞき見するような気持でご覧いただけそうですね。
「そうそう、写真工房には持ち運びができる、組み立て式の大型カメラがあるんですよ。なんとこれ、運搬は4tトラックでするうえ、組み立てに3時間もかかるんですが、これもぜひ世界中の方に見ていただきたいですね。フィルムのサイズは50.8cm×61cmです。小さなフィルムで撮ったものを拡大するのと、もともと大きなフィルムで撮影するのとでは情報量が違います。顔写真を原寸で撮れるほどの大きさのフィルムですからよりありのままを収めることができるんです。例えばこれを使って毎年家族写真を撮りますよ!とかね。これから皆さんと一緒に楽しいことができればいいなと考えています。」

───それは面白そうです!舞台裏をのぞき見するような気持でご覧いただけそうですね。
「そうそう、写真工房には持ち運びができる、組み立て式の大型カメラがあるんですよ。なんとこれ、組み立てに3時間もかかるんですが、これもぜひ世界中の方に見ていただきたいですね。小さなフィルムで撮ったものを拡大するのと、もともと大きなフィルムで撮影するのとでは情報量が違います。顔写真を原寸で撮れるくらいの大きさのフィルムですからよりありのままを収めることができます。例えばこれを使って毎年家族写真を撮りますよ!とかね。これから皆さんと一緒に楽しいことができればいいなと考えています。」

組み立て式大型カメラ

組み立て式大型カメラ野外撮影の様子 を詳しくみる
組み立て式大型カメラ野外撮影の動画
▼ 便利堂写真工房 Youtube チャンネルはこちら


いいなと思ったら応援しよう!