死を考える事は、生きかたと逝き方を考えること
自分の身内が亡くなると辛い。悲しみが、後悔が寂しさが、とにかくどうしようもなくなってしまう程切ないものです。だから、人は死を意識したくないし、そんな辛い話をしたくないのは、よくわかります。
人は、普段毎日の生活の中で、 いろんな事を考えながら過ごしますよね
例えば、目の前のテレビ番組、そして 試験、就職、子供のこと、介護、老後の事、、。
そして人生の最終段階に死があります。
そう、人生の最後に考えることは間違いなく
死ぬことです。
いや、こんなマイナーな事は今は考えたくない
病んでる?もっと今を前向きに考えよう
と、言われる方もおられるでしょう
それも、わかります。
それでも
人は、愛する人や周りの誰かが死んだ時に
いちばん、人の一生について考えるのでは
ないでしょうか
悲しみと同時に、いつか自分にも
100%の確率で訪れる死を考えた時、
これからどう生きていこう
誰の為に、誰を守る為に生きよう?
最期を迎える時まで今の自分でホントにいい?
その時が来るまでに、これだけはやりたい
例えば そう考えて自分を振り返る事は
自己成長と自分らしい生き方に
必ずつながります。
だから、誰もが死を考えることには意味がある
そう思うのです。そして
今は医療の充実の中で
食事が入らなくても胃瘻で栄養を入れられる
呼吸ができなければ、人工呼吸器がある
腎臓が働かなくなれば、透析ができる
これで、生きる時間は延長することができるかも
しれません。だけど、本当にこれで良いかと
思うこともあります。
人の最終段階の医療は各自が選ぶことができる。
だからこそ
自分の生き方も逝き方も、自分で選んでいきたいものですね
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