帯位置でかわる美しさ
美しさというのは、時代によってどんどん変化しています。
洋服も新しいものが毎年出て、10年前にかっこよかったものは今ではもう時代遅れ。
着物の柄にも一応流行はあるけれど、まだ移り変わりはゆったりかもしれません。
そしてさらに気にも留められないほどゆっくりゆっくりと変わっている、「着付け」。
「着付け」が昔に比べてかなり変わっているということは、実はあまり知られていないことなのではないでしょうか。
100年前の着付けと今の着付けが違うこと
着付け師という仕事柄、そして着物が単に好きなので、江戸時代の浮世絵や明治・大正・昭和初期頃の着物の人の写真や絵画をみたりします。
そこで気付くのが、着物の着方の違いです。
現代では着物はきつく縛るように着て、まっすぐな直線的な美しさが着物の美と思われているようですが、100年前は全く違うように見えます。
どなたもゆったりと着ていて、襟なんかもちょっとぐさぐさ。
おはしょりもふくらんでいて、現代だったらたぶんNGな着付けです。
帯の位置も腰の低めの位置にあり、頭ももちろん日本髪なのでバランスが今と全く違います。全体的に低めの重心ですね。
洋服文化の価値観をそのまま着物にシフトしてきた
対して現代の着付けでは、洋服文化の影響から、帯はウエスト位置にしめるようになっています。それも昭和の時代から比べても、どんどん高い位置になってきています。
「ウエストが高い方が足が長く見えるから、帯を高く締めてほしい」ということは近年お客様からも言われることです。
そこではっと気づくのが、昔は「足が長いこと」=「スタイルがよくていいこと」ではなかったんだな~ということです。
「足が長いのがいい」という価値観は、西洋文化が入ってきて彼らの背の高さとの違いに圧倒されるようになってからではないでしょうか。
もともと西洋人が足が長いのは、狩猟するのに適しているようにそうなっていったものだと思うのですが、要するに彼らにとって「手足が長い」=「生きる糧を得やすい」ということだったので、手足の長さにポジティブなイメージをもっていたのだと思うのです。
対して日本人は農耕民族であり、どちらかというと腰を低く重心をしっかりとる、足腰の強さのほうがむしろ重要だったのじゃないかなと思います。
そういうことから帯を腰にしめていたのではないかと思うのです。
実際腰の位置に腰ひもをしめると腰が安定し、丹田も意識されます。
「手足が長い」≠「美しい」時代の美的感覚とは
浮世絵や昔の時代の写真を見ていて思うのは、着物を着るときの美しさのかなめは、腰の位置と日本髪にあったのではないかということです。(髪を垂らしていたさらに昔の時代はまた違うのかもしれませんが)
現代のように「足を長く、帯高に」という洋服的なバランス感覚とはまったくちがう美的感覚があったと思われるのです。
現代の小顔とは真逆のように、日本髪はそのボリューム感で頭を強調します。かなりデコラティブです。
しかし腰の位置が低めの場合、この日本髪のボリューム感が帯との絶妙なバランス感を醸し出しているように思えます。
頭が大きく、重たい印象な変わり、腰部分の帯がしっかりとしていると安定感があるのです。
これで帯位置が高かったら、バランスが上部に集中してしまい、安定感にかけます。倒れやすそうに見えます。
「黒留袖は帯が低め」の意味
私が着付け学校の生徒だったころ、黒留袖の授業では帯をあまり胸高にしないようにと注意を受けました。
そして以前結婚式で黒留袖を着た母も、「ここの着付けの人(のやり方)は苦しくはないけど帯が上すぎるわ」とこぼしていました。
「黒留袖は帯が低めの方がよい」とはどういう意味なのでしょう?
それは、帯が高いのは「若い子の着方」であり、「落ち着きを表すために重心をおとした帯の位置の方が既婚者の着付けとしては適している」という考え方なのではないでしょうか。
そこには「若い子の美しさ」とは違う、年齢を重ねたからこそ表現できる「美しさ」があるということ。
黒留袖は既婚者の第一礼装です。
結婚式では花嫁・花婿の親族や仲人さんが着る、花嫁についで格式の高い気品のある装いです。
正直黒留袖はほかの華やかな着物やドレスにはない、「品格」と「落ち着き」と「迫力」があるように思えます。
なんだか分からないけど、「かなわない」感があります。
それは結婚して家庭の中心におさまり、家をまわしている女の重みと迫力です。
その黒留袖に、高い帯位置は浮ついた感じで合わないということなんでしょう。
着物を着るときにはいつもと違う自分の美しさを探す
着物も時に洋服っぽく帯高に、足長に見せるのもいいかもしれません。
それはそれですてきです。振袖なんかもちょっと帯高の方が映えます。
でも、帯の位置を変えるだけでも今までとは違う自分の美しさを表現できるかもしれないと考えるのは、すごくワクワクすることに思えます。
特に私のように身長が150cmほどで手足もさほど長くない、洋服選びに苦労する人間にとっては、着物で今まで考えていた美しさとは別の美を見つけられるかもしれないと考えるとウキウキします。
手足の長さ、小顔、背の高さといった今の美しさの基準とは別のところで自分の美しさを発見する。その手掛かりに着物がなってくれたらいいなと思います。
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小松英恵