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【2035 妄想世界】
【2035 妄想世界】
2035年3月某日。今日もお疲れ様。街の片隅にひっそりと佇むタイニーハウス(0円ホステル)には、終電を逃してしまった会社員、旅行で訪れている観光客、家に帰るのがめんどくさくなってしまった大学生、生活に困っている人がいる。彼らはまるで秘密基地のようなロフトの一角で一杯を交わしていた。今日の宿泊者は6名。彼らは様々な理由でこのタイニーハウスに泊まりに来ているが、やはりお金をかけずに、風雨を凌げる室内で夜を越せることが1番の理由。
無料宿、これは、今(2035年)ではもうあたりまえになっている。社会では行き過ぎてしまった資本主義に疑念を持つ人が急増。2030年を過ぎた頃から、疑念を持った彼らの新しい価値観(Give&Give勢力とでも呼ぼう)の台頭によって、社会構造が少しずつ変化している。変化の1つとして、お金を介さない取引が見られるようになった。いわゆる決済によって関係性を断たないような取引、——例えば、近所の畑仕事を手伝ったら、夕食をご馳走してくれた、釣った魚をお裾分けしたら、野菜をもらった、等々。——お金がなくても自分のできることで人の役に立つと、リターンを受け取れる、そんな資本主義からちょっとだけ距離の置かれた、取引構造の前輪ががここ数年で回り始めている。江戸時代に停止して動かなくなってしまった構造に長い紐をかけて、現代世界に引っ張っていると言ってもいいかもしれない。
0円タイニーハウスホステルもその一部だ。寝泊まりのできる空間を0円で貸しているため、利益はほとんどない。頼りはタイニーハウス内に掲載されている広告宣伝少々と、興味を持ってホームページ、YouTubeを観てくださったおかげで発生する広告収入くらいなものだ。それでもOK。理由は明白。泊まってくれた方から色んな価値を享受できるから。ある会社員からは、買い過ぎてしまったお酒とおつまみ。なんとそれらをドイツ人観光客が、美味しい料理に変身させて振舞ってくれたり。もう着なくなった服を大学生が置いて行ってくれたり。その日の宿泊者全員の髪を切ってくれる美容師さんがいたり。とにかく、いろんなことが起きるが常に、宿泊者と宿泊者との間、そして私と宿泊者との間で一切のお金によるやり取りが存在しない。決済がなくなると、そこには繋がりができる。GiveされたらGiveしなきゃ。そんな思いから、人と人との関係性が続いていく。そして、その”間”に入る1つの手段として、この0円タイニーハウスホステルが存在する。——していたい。
どうだろう。
お金があれば、0円ホステルなんかには泊まらない?——いや、たとえお金があったとしても0円ホステルに進んで泊まりに行くだろう。
そこでは、目に見えない大切な何かを発見できるから。
人の役に立ちたい。
これは誰しもが本能的に保有している、かけがえのない価値だ。幸せをお金で買えないことは百も承知。見栄を張るための高級品より、死ぬ間際に自分のことを想ってくれる大切な人のために時間を使い、貢献したい。
だとするならば、お金という呪縛から解き放たれなくてはならない。スキルや商品、サービスに、お金を介して価値をつけていては、いつまで経っても不自由なままだ。
人の役に立つ。そんなシンプルな思いが一番尊い——そして案外モテる。
はず。
より人間チックな生き方を取り戻そうとする人の姿を、私は0円タイニーハウスホステルの片隅から見守りたい。
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