ほろ苦い思い出と呼ぶには、まだ時間がかかりそう
※この物語は全てフィクションです
少し前の平成は何かと良い時代だった。今と比べる一言は緩いになるだろうか……。
新車販売メインの自動車ディーラーに勤めていたとき、新人だったこともありミスが多く、事務所の休憩で笑い合っている中、私も混じると、
「お前が喋るな」
と、先輩に睨まれた。それを周りが黙認した。
仕事が出来ない私が悪いのだが、人格否定どころか人権もない良い時代である。
そんなあるとき、商用車のディーゼル排ガス規制がはじまり、新車登録だけではなく継続車検も出来なると言うことで、乗用車ばかりの営業所でもバブルが起こった。
当時メーカーの新型トラックがOEMになったこともあり、本社の意向で各営業所に営業の中から絶対に間違いを起こさないスペシャルな排ガス規制の販売対策担当者が一人、任命されることになった。何故なら、同じ県内でも地区によって登録できる車が違うからだ。
その後、私は頼まれて知人に新車トラックを販売したのだが……。
私は新車販売担当ではなく、全く排ガス規制のルールを知らなかった。当然、販売対策担当であるスペシャリストに頼った。
といっても、その知人の住む地域で登録するなら、どの車種できますか? と聞いたり、注文書を確認していただいたりである。営業所単位といってもバブル状態だったため、忙しかったからだ。
だから、何回か合間を縫ってスペシャリストがあいてるときに聞いた。確認していただいた。絶対に間違いないように。
そして、受注して。
新車生産されてからの登録をする本社の業務から一本の電話。
「これ、登録できないよ」
はあ? もう大問題。法律で出来ないものは出来ないのである。販売店側で引き取るにせよ、登録してなくても未使用車という名の既に中古車。新車と同等の価値はない。しかも架装した特殊車両だった。
「どうしよう……」
と、いってても始まらない、と思ったのは会社側だった。
早速、店長からの事情聴取。様子は知られていたので、私とスペシャリスト。
私はパニクっていた。何が何だか分らない。間違いないように念を押して確認していたのだから。
スペシャリストは、自分は間違えなかったといった。私もそう思った。何故なら、それまで数ヶ月間その営業所だけで乗用車とは別に何十台と一人で確認してきたのに一件も間違いはなかったのだから(当時のトヨタや日産のディーラーから見れば少ないだろうが、ホンダのディーラーから見ても少ないかもしれないが、これでも活況だったのだ)。忙しい中で、「ディーゼル規制より、近くの空港で離発着する飛行機の排ガスが、うちのにんじん畑に降り注ぐ方が問題だ」と、ぼやくような人でも。
ならばと店長が問う。他に聞いたの誰だと。思いつくのは新車登録など行うので詳しい本社の業務課しかなかった。だから名を出したのだが、自分達に責任を押しつけられたと思ったのだろう、その後私は業務の人から嫌われて。
いやいや私が嫌われるのはどうでも良いのだが、車をどうにかしなければならない。知人とは言え、買っていただいた以上、お客様だ。しかも、新車発注し直すにしろ今乗ってるトラックの車検も切れて乗れなくなってしまうし、トラックなので仕事も出来なくなってしまう。
と、中古車部門から代車として中古のトラックを貸してくれると。新車も登録できるトラックを再発注してくれるらしいと。
本当に嬉しかった。何度頭を下げても足りないと思った。お客様である知人への会社の努力だけと思ったが、こんな私へのペナルティも少なく、ありがたすぎて涙が出た。スペシャリストも驚いた表情でよかったなといってくれた。
冷静さを失うのは怖い。そして、植え付けられた常識も。
パニックではないあとなら分るのだ、全てが。残された謎も。
私は怖がりだ。だから、念には念を入れる。
記憶もはっきりしてくる。
私は間違っていなかった。勿論、業務課も。つまり、スペシャリストが間違っていたのだ。
いや、違う。それも違うのだ。
その後の言動だけでなく、前のことも思い返すと、わざとやったとしか思えない。スペシャリストからも別件で多数ずっと嫌がらせ受けてたことが分かった。
そして、この事件。一件も間違えたことないのに、嫌がらせしている気に入らない私にだけ間違える。状況証拠として充分。
ここからは私の完全な推測。
誤発注させて登録できないと発覚後、最悪パターンとして、車検が切れたあとのレンタカー代やら二台目の新車代やら、その他諸々こじれたら慰謝料も含めて、私に何百万と下手したら一千万二千万と借金を背負わせようとしてたのではないかと。
だから、スペシャリストは驚いた表情でよかったなといったのだ。安くすんだなと、別の意味で。
知人とは言え、お客様に迷惑かけてまでやる? 有名メーカーの看板背負っているのに。
最近のビッグモーター事件? スキャンダル? 程ではないにしろ、表沙汰になったら自動車メーカーと販売会社とお客様との信頼関係が壊れかねないことまでして。
イジメなら、せめて個人的に……って、それでも最悪だが。
私は会社をそっと辞めた。なのに、ふとフラッシュバックする。繰り返し繰り返し。何の脈絡もなく、ここでのことを思い出す。嫌いな表情やイントネーションまで細かく。
言い方悪いかもですが、幽霊なんてかわいいです。いわゆる霊障? 呪い? 的に即死できたら、どんなに楽か。生きてる人間が一番怖いは本当です。
※この物語は全てフィクション、ということにしといてください。