日常茶飯@房総
2023年の2月末、東京都板橋区から千葉県東金市に引っ越した。
2000年、音大入学と同時に東北の地方都市から上京し、人生の半分以上を過ごした東京を離れるのは、ずいぶんな思い切りを要する決断に思えるけれど、実のところ、勢いとノリに負うところが大きい。引っ越すまでの経緯を時系列で書くのは割愛するが(書くほどのドラマではないのが実情)、大学時代から20年来演奏しに通った、大網白里市(東金市の隣)の土地管理会社である大里綜合管理株式会社の現会長との出会いが、この地域との縁の発端と、引っ越しを決めた理由だ。
縁というのは不思議で、大網は毎月来るたびに、幼児期を過ごした宮城県の古川に雰囲気が似ている気がして、なんとも言えぬ安堵感を感じていた。ゆっくり呼吸できる感じというか。(いつか東京から離れてこの辺で暮らすのもよいかも…)と、うすらボンヤリ考えてはいたが、「いつか」は突然来た感がある。引っ越しを決めてから引っ越すまでたぶん2ヶ月くらい。周りも自分もビックリだ。
そんなわけなので、いざ、引っ越してからも(果たして本当にこれでよかったのだろうか)と不安に襲われることもあるが、もう引っ越してしまったからにはしょうがないし、どんな決断も何かしら自分にとって意義のあるものだと信じて、ここでの日常を楽しく過ごそうと思っている。
いや、実のところ、田舎での生活はとても心地よい。世間一般が思い描く「田舎暮らし」は、土をいじって野菜を育てたり、自然を散策したりといったものだと思うけれど、私の田舎暮らしはそういうのからは今のところ程遠い。何か野菜を育てたり、早朝起きて自然豊かな近所を散策してチャクラ全開、なんてこともしたい気持ちはうすらボンヤリある。が、現状、東京にいた頃と変わらず夜型だし、早朝、この上なく美しく鳴く鳥たちの声にうっとりしながらも、うだうだ寝てる。東京への長距離移動に疲れ果てて、寝支度をするのもめんどくさくてそのままソファで撃沈なんてこともしょっちゅう。うだうだと明け方までドラマを見てしまったりとか、そんな体たらくではある。それでも、田んぼに映える夕日の美しさとか、ある日突然猛烈な勢いで鳴き始めるカエルの音とか、旬の野菜を道の駅で安く買って(もしくはご近所さんからおすそ分けいただいて)おいしく食べるときの幸せとか、雨の日、東京から戻って来たときの土の匂いとか、九十九里浜から見渡す水平線のシンプルなダイナミズムとか、最近では白子たまねぎのとんでもない美味しさとか、そういったことが1年以上経ったいまでも、五感を刺激し続け、(やっぱり、引っ越してよかったかも)と思うのだ。それと、この地域の人々の暖かさも。毎月のチェロとピアノのコンサートに来てくださる常連の方々の暖かさには、いつも力をもらっている。人との縁の有難さを日々感じている。東京の友人たちとの関係も、気軽にご飯食べに行ったり、飲みに行く機会はめっきり減ってしまったけど、突如外房に引っ越した変な私と相も変わらず付き合ってくれて、感謝感謝。家族も、「あんた変わってるね」と言いつつ、自由に生きさせてくれている。本当に頭があがらない。
今、湯澤規子さんの著作「焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史」を読んでいて、そこで取り上げられる、明治末期から20世紀初頭の日本の女工さんたちの「日常茶飯」の記録とか、100年遡った19世紀アメリカのローウェルの機織り工場の女工さんたちが綴った詩や日記というものに、ものすごく感銘を受けている。主に女性が担ってきたシャドウワーク・家事や、日々生きるための「食」といった、いわゆる「日常茶飯」=声なき声は、歴史のなかで取るに足らないものとして軽視されてきたが、マスターナラティブに収斂され埋もれてきた日常茶飯のライフヒストリーの中に、今を生きる私たちが知って学ぶべき歴史の沃野が広がっている。『わたしの「女工哀史」』の作者・高井としをや、中村屋の創業者・相馬黒光、アメリカ留学した津田梅子、魚津の米騒動を率いた魚津の「おかか」たちの、historyの俎上に載ることのなかったherstoryは、時間を経て、いまの私たちに必要な物語だなーと思う。シスターフッドに時代は関係ない。
SNSの時代、世の中には人々の日常茶飯が、動画や文字や写真で公開されて賑わっている。自分はSNSには消極的で、Facebookもほとんど見ないし、instagramも気まぐれに投稿するくらいでほとんど人のを見るばかりだが、この本を読むにつれ、「あー、私も日々を綴ってみようかな」とうすらボンヤリ思い立って、3年ほど無の状態で放置していたnoteを始めてみようと思う。
せっかく始めるので、私の本業のチェロとか、音楽のこととか、私がメンバーとして活動しているNPO法人いろはリズムのこととか、書く気力があるか書く前から自信ないけれど、おいおい書いてみようかな、と思っている。
よろしくお願いします。
kyonga
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