高層ビルの片隅で
「次の時間、昇格面談の練習がある。でも、管理職になりたくない」
山本さんが呟いた。そうだよな。わかるなぁと思う。
私は時々女性3人でランチをする。
「上司は皆、昇格が嬉しいことだというけれど、私は辞退したいんだ。管理をする立場になるのは、まだ早いかな。」
彼女は、寂しい目をしながらスープを口に運んだ。
言葉ひとつひとつが胸にささる。きっと管理職に憧れがないのだろう。
隣にいた彼女の先輩が
「偉くなると少し自由になるけれど、そんなに辛いなら次の時間辞退する方向で相談しようよ」と言った。
私の会社は修士や博士卒業の理系男性が9割の大企業だ。
60人ほどいる部署の中で女性がたった2人。チームには1人しかいない。
簡単に入れる会社ではなかった。
私も凄く勉強したし、きっと他の人もそうなのだろう。1人で何でもできると思っているからか、個人主義なところがある。女は喋ってストレスを解消する生き物であるというけれど、嫌なことがあっても共感されない環境の中にぽつり1人いるのは、孤独との戦いなのだ。
「昇格面接のために年休をずらしてほしいと連絡がきて、無視しようかと思った」
今にも泣きそうな顔をしながら山本さんは言った。
彼女の気持ちもわからず、昇格が年休をずらすほど重要なことだと思い込んでいる上司が許せなかった。
「きっと昇格おじさんは、私達の気持ちなんてわからないんですよ」
「昇格おじさん(笑)」
でも、よく考えるとおじさんたち1人ひとりは、良い人ばかりだと思う。組織構造の問題なのか、誰が悪いとかではなく、システムが複雑でコミュニケーションコストもかかる。決裁のためにスタンプラリーをしている間にだんだんとやる気が削がれるのだ。
その中で、書類を沢山作り、上司の意見をききながら部下を守る中間管理職に憧れをもたないのは、そりゃそうだろうと私は思った。
「私達にとって昇格って何だろうね」
山本さんがスープをまた口に運ぶ。
嬉しいことではないと思う。
だって、例えば私の夢は、偉くなることではなく、好きなことを仕事にして温かい家庭を作ることなのだから。
「天気もいいし、散歩にいきませんか?」
3人、ニコっと目で合図をして、テーブルを片付け腰を挙げる。
その瞬間13時のチャイムがなった。
一瞬静まりかえる。
「面談練習、キャンセルしちゃおっか。ゆっくり考えよ」
山本さんの先輩が携帯を手にとる。
「もしもし、13時から急なミーティングが入ってしまいました。直前に大変申し訳ないのですが、山本さんの面談練習の日程を変更して頂きたいです。」
青い空に雲が流れている。音楽をかけながら私達はゆっくり歩いた。
「あの木、なんかプーさんみたい」
「ほんとうだ!」
こんな先輩たちが管理職にいたら私も憧れを抱くのかなと思う。
チラリと山本さんの方を見る。
彼女は、プーさんの木を嬉しそうに眺めている。
「いこっか。また頑張ろ」
巨大高層ビルの入り口に向かい、3つの小さな影が歩いていく。
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この記事は、文章を学ぶ中で「8割の女性が管理職になりたくない=成長意欲ない」は完全にピントがズレている」のような記事について、私ならどうかくだろうと考えて書いたものです。これまで、2回(アイディアを生み出す身体、かわいいカフェ巡り)論理的に文章を書いてみたけれど、凄く文章を書くのが辛かったので、今回は思い切ってガラリと変えてみました。こういう小説風の書き方のほうが私は書きやすいなってことがわかりました。次の回は、日本舞踊についてのインタビュー記事を舞台風に書きました。
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