『アリス・イン・ワンダーランド 稽古初日』配信開始!
『アリス・イン・ワンダーランド 稽古初日』の配信が開始された。この公演は2024年7月20日(火)に行われたもので、“腹筋善之介の全力疾走コース”WS受講生たちがパワーマイムで「アリス・イン・ワンダーランド」という作品を立ち上げる稽古の初日の様子を観てもらおう、という内容だ。台本は事前に貰っていたが、どのような演出をつけたり稽古の進め方をしていくかといったことは全く知らされておらず、本当に稽古の初日だった。
どのようにして作品が作られるのか、演劇関係者ではない一般のお客さんには稽古の様子は想像しにくいだろうし、それなりに経験を積んだ演劇人であってもパワーマイムでの演劇の作り方は他とは全く違うので、興味深い内容になっているかと思う。
是非ぜひ観てみてください。
配信購入ページ
https://duobus.jp/product/alice2/
そもそも、僕がこのワークショップを受けるようになったのは、パワーマイムの技術はPeachboysに役立つかも知れない、と思ったからだった。WSを受けてみようと思った時点では、失礼ながら惑星ピスタチオの作品は映像でも観たことがなくて、風の噂で聞いた情報からパワーマイムとは“舞台上に無いものをあると言い切って力づくで舞台上に存在させる”技法(?)だとか、何となくのイメージを抱いていた。Peachboysも平台一枚の素舞台で童貞の家から居酒屋、教習所から謎の研究所、地下300階のターミナルドグマまで表現する力技集団なので、よくは知らないけど勝手に相性が良いのではと思って応募したのだった。入った時は2023年の4月でその1年後にPeachboysが最終公演を迎えるとは思ってもいなかったのだけど。
残念ながらPeachboysでパワーマイムを披露する機会はなくなってしまったが、ピーチに常連で出てくれてた先輩俳優たちは僕より一周り以上は年が離れているリアルタイムで惑星ピスタチオを観ていた世代なので、僕が今パワーマイムのWSに通っていることを伝えると、俺も当時めっちゃパワーマイムを真似して研究したよ、という話をしてくれた。何となく、Peachboysのルーツを学び直しているような気持ちにもなって嬉しかった。
僕は大学の演劇サークルで何となく演劇を始めて、何となく小劇場でキャリアを重ねてきた人間なので、誰かから明確に芝居の作り方というものを教えられたことがない。小劇場に立ち始めた頃に、演技プランという言葉を初めて聞いて、そうか、そんなに具体的に演技って組み立てるものなのか…と衝撃を受けたぐらい、何も知らないまま舞台に立っていた。
その後、色んなワークショップを受けたり、現場を重ねていくうちに、自分なりの芝居の組み立て方というものを考えられるようにはなったけど、腹筋さんの教えてくれるパワーマイムは今まで自分の中にあった理論とは全然違ってて、構築のためのスピードが段違いで早いし、実践的で難しく、面白い。
この稽古初日でもやっていた(配信ではカットされてるけど)腹筋さんのやるストレッチでのパフォーマンスで、立った状態から前屈で手が地面につかない人に対し、腹筋先生がその人の体からギュッとナニかを引っ張るような動きを何箇所か行うと、何故か地面につくようになるというものがある。気を送ってるのかなんなのか原理は不明だが(腹筋さんはその人の身体に触れないし、その人の死角である背中にもその動きをやる)、曰く無意識を取り払っているらしい。人間は元々赤ん坊の時は体が柔らかいのに、大人になるにつれて身体が硬くなっていくものと認識するせいで、硬くなってしまうのだという。
正直このパフォーマンスは謎だが、こうした無意識への働きかけ、というのはパワーマイムの根幹にある考え方だと思っている。
パワーマイムの特徴はスピードだ。お客さんの認識よりも俳優は早く切り替えて表現していかなければならない。そのスピードでお客さんの想像力の回転は回っていき、俳優はその回転を引っ張るようにどんどん変化していく。それはその俳優の普段の生理では遅すぎるので、自らの生理ではない一段上のギアを意識してスピードを出さないといけない。そのため、自分の意識でこねくり回したキャラクターは出す暇がない。普段の自分とはかけ離れた回転の中で思いつくアイデアをその場で表現する。それは無意識の反応に近いものだけど、そこで初めてその俳優本来の生理が作用して、その人自身の個性が発揮される…ということなのだと思う。
昔、それこそ演技プランを組み立てるってどういうことなんだ?と思っていた時期に行ったワークショップで、役としての自分・役者としての自分・本人としての自分の視点で自分の行為をデザインする、という方法を教わったことがある。
役としての自分の視点は、台本で設定された役が何をするかという考え方。どういった心情でどういった動機でそこにいるのか、など。
役者としての自分の視点は、俳優の視点でその場で何をすべきかという考え方。ミザンスや照明の当たり方、お客さんからどう見えたら効果的か、など。
本人としての自分の視点は、その場にいて本人は何を感じているかという考え方。役とは違うけど自分だったらこの状況は凄いイヤだと思う、など。
その3つの視点が常に存在するから、それらを組み合わせて演技を構築すると良いと教わった。この考えは、自分としては非常にわかりやすく、芝居を組み立てる上での基礎になっている。
パワーマイムで特徴的なのは、お客さんの見え方への意識が強いことだと思う。役として居ることより、俳優としてどうお客さんに見えているか。
俳優はどうしても自分の生理的な反応というものを大事にしたがる。その方が自然な芝居なんじゃないか、という意識が働くからだ。
しかし、パワーマイムはそんなものは一旦無視する。身体一つで全てを表現しないといけないので、ゆっくりとした感情だけ見せられても、舞台上で俳優が一人で何かやってるぐらいにしかお客さんは感じないからだ。何にもないところで世界が展開するにはお客さんの想像力が必要だ。想像力を回転させないと始まらない。そのために、自分のことは置いといて、まずはお客さんを惹きつける。自分の意識を越えたスピードでお客さんの想像力を広げていく。回転させていく。お客さんの目と脳が開き切って初めて、ゆったりとした間が効いてくる。緩急でまたスピードを上げる。その繰り返し。
腹筋さんはそんなスピードで膨大な台詞の一人芝居をやるのだが、どうやって台詞を覚えるのかと言うと、全て映像にして覚えているのだという。芝居を組み立てる時も台詞を口にして返すことより、脳内でどういう風にやったら面白いかシミュレーションしてる時間の方が長いという。自分の中の引き出しでプログラミング言語のように構築して、どうやったら面白い映像になるかをひたすら考えるのだという。
まぁもう、そんな感じでWSでは腹筋さんが今まで培ったノウハウの全てを教えてくれるのだが、圧倒されっぱなしだ。腹筋さんの素晴らしいところは、自分の持ってるものは全て伝えるから最終的にはそれらを踏み台にして更に凄いモノを創り出して欲しい、と後進のために惜しむことなく曝け出しながら、とても越えられそうにもない壁として君臨していてくれるところである。漫画に出てくる師匠キャラみたいでカッコいい。
“腹筋善之介の全力疾走コース”面白いので、もっと受講生が増えたら良いと思う。