少女舞闘綺伝 ジュウトハチ 小説版 第十四話
出された料理をほとんど平らげた頃には、大輔の腹ははち切れそうになっていた。
食後にはさらに、フルーツの盛り合わせまでが出された。バナナにオレンジ、パイナップルにマンゴー、他にも名前は分からないが、南国産と思しきフルーツが何種類か、それらが手の込んだ飾り切りにされ、美しく盛り付けられていた。
湯気とともに馥郁とした香りを立ち昇らせるコーヒーを一口飲んだトルベリーナは、大輔に言った。
「さてと、まだ正式に名乗ってなかったね、あたしの名前はマリア、マリア・アデラ・バウティスタ・ラミータ、生まれも育ちもメヒコ……メキシコ、よろしくね」
「あ、真田……真田大輔です、本当にありがとうございました、助けていただいたばかりか、食事まで……」
トルベリーナはひらひらと手を振って大輔の話を遮り、言った。
「気にしないで、普段なら、しないんだけどさ、こんなこと、でも何故だか、捨てられた仔犬みたいなあんたを見たら、放っておけないって、そんな気分になったから」
「ラミータさんは……」
トルベリーナは右手の人差し指を立て、小さく振って大輔の話を再び遮ると、言った。
「トルベリーナ、親しいやつはみんなそう呼ぶ、ダイスケもそう呼んで」
「トルベリーナ……さん」
「¡Bueno!、本当はトルベリニータって呼ばれてたんだ、ちっちゃい……つむじ風って……子供の頃にね、でもそう呼んで良いのはパパだけ、だからトルベリーナってわけ」
そう言うとトルベリーナはにっと笑った。
「トルベリーナさんは、どんなお仕事をされてるんですか?」
「会社を経営してる、元はパパが起こした会社で、メインは土建業だけど、他にも色々とね、手広くやらせてもらってるよ、今、日本にいるのも建設車両の買い付けのため、中古のね、なんせ日本製は中古でも物が良いから」
トルベリーナはコーヒーカップを口へ運び、また一口飲むといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「屋敷で見かけたヤクザっぽい連中が気になる?」
「あ、いや、そんな……ええと……まあ……その通りです」
「ふふ、商売柄、多少のハッタリも効かせないといけないからね、こうやって豪勢な屋敷を構えて、買い付け用の現金も結構な額が用意してある、だから警備も自前でやってるんだよ、警備保障の会社も作ってね、腕っぷしは強いけど、生きるのがヘタクソなヤツはどこにでもいるから……あんたの隣の大きな女もそう」
「うるせーよ」
と、無言でフルーツを口に運んでいた武藤松凛が合いの手を入れる。
「ほらね、雇い主にもこの調子だ、あたしでなきゃ、とっくに放り出されてるね」
と、トルベリーナは大輔に片目をつむって見せた。
そしてしばしの沈黙の後、トルベリーナは再び口を開いた。
「さてと、じゃあ今度はダイスケの番、なんであんな所に一人で居たのか、話してみない?」
十勇士と八犬士が共同で使っているマンションの一室、メインのリビングルーム、大きなテーブルに十脚を超える椅子、大型の液晶ディスプレイにホワイトボードまでが置かれ、事実上の作戦本部として使われている部屋。
その広い部屋に、今ははたった二人。
一人は霧隠才華。
時に冷たさを感じさせるほどの整った顔立ちだが、注意深く観察すれば、その顔には、わずかに疲れの色が浮かんでいるのが見て取れる。
もう一人は望月六花、十勇士の一人だ。
浅黒く焼いた肌に、明るい栗色でウェーブのかかった髪。ブレザー型の学校の制服を、だらしなさを感じさせない程度に少し崩した着こなしは、いわゆるギャルと呼ばれるスタイルだ。
そんな見かけとは裏腹な、落ち着きのある声で六花は切り出した。
「まずは本部からの最重要連絡事項からお伝えします――十勇士、全員の投入が正式に決定しました」
わずかな間を置き、才華が応える。
「先の襲撃を受けて、ということだな」
「はい、真田大輔の拉致を目的とした襲撃と、その陽動を目的としたと思われる十勇士及び八犬士に対する同時攻撃、本部はこの一件を、我々への重大な敵対行為であると見做しました、曰く、――全力を用いて速やかに排除すべし――と」
「――全面戦争、というわけか」
少しだけ声の調子を和らげた六花が続ける。
「とは言っても、即時投入可能だったのはアタシと筧さんぐらいで、海野、根津、由利は現在の任務が終り次第、穴山は本部での情報収集と分析があるので保留、とまあ、だいぶ戦力の逐次投入の感はありますが――それと、サスケの投入許可も下りました――以降は現場の判断で、随時使用が可能とのことです」
わずかな沈黙の後、才華が応えた。
「――サスケを投入するような事態はできれば避けたい、特に市街地では」
「ですか、やはり」
「ああ、それに、いずれは大輔様に……サスケについて、明かさないわけにはいかないだろうが、少しでも先延ばしにしたい、少なくとも、今は――」
「気を遣いすぎなんじやないですか、突然何もかも放りだして行方知れずになるような無責任な男に――アタシはちょっとばかりムカついてますよ、今回の件」
「すまない、私の失態だ」
「その点にじゃありません――確かに不注意だったとは思いますが――いずれ十勇士を率いる立場に立つ以上、生き死にの覚悟はしておくべきです――少なくとも、アタシはできてますよ」
逸る様子を見せる六花に、わずかに笑みを浮かべた才華は言った。
「誰もがお前のようになれるわけではない、ましてや、半月ほど前までは、自分がごく普通の人間であることを疑いもしなかった少年だ」
仕方がない、とでも言いたげに、小さく息をはいた六花は言う。
「で、その少年とやらについてですが、今のところ敵の――先日の襲撃者達の手に落ちた様子はないです」
「確かなのだな?」
才華の問いかけに、六花がうなずく。
「八犬士側から提供された情報と突き合わせた結果なので、かなりの高確度です、っていうか、襲撃のその日に、首謀者と目される人物、コペル・アルバの出国が確認されました、搭乗記録は成田からスカルノ・ハッタ」
「インドネシアか……」
「才蔵さんが襲撃者の一人に仕掛けたタグの信号も、同時刻に成田で消失してます」
「ヴァイスと呼ばれていた女だ、同行したのかもな」
「また国内に残ってる連中で、足取りを見失ってない奴らについては、アタシと筧さんが出向いてシバいて来ても良いんですが――」
「駄目だ、大輔様を探し出すのが最優先だ」
「ですよねー、でも、探すにしても闇雲にやるんじゃ、砂浜に落ちたコンタクトを探すみたいなもんですよ……何か目算はあるんですか?」
「それについては、伊三に何か策があるらしい」
同じ頃、大輔が通う高校の、校舎裏の一角。
八犬士、犬塚信と犬山節の二人が、声を潜め、言葉を交わしていた。
「次は犬飼さんが来るそうです」
「現さんかよ……よりにもよって、人探しには一番向いてない人を……」
「本部でも、こういう事態は想定してなかったでしょうから……おそらく、戦闘力で決めたのでしょう」
「確かに、身体能力では一番だからなぁ、あの女」
「いずれにせよ、先日の一件で、本部も腹を括ったようです、残りの人も手が空き次第――」
「全員が揃って一つの任務に当たるなんて、いつ以来なんだろうな」
「少なくとも、私たちの代では初めてですね――我が国の罪なき人々を、犯罪から護るのが私たちの本来の務め、とはいえ、売られた戦争ですから」
「しっかり教えてやらないとな」
「自分たちが手を出した相手が、何者であったかを」
言いながら、信がにっこりと微笑む。
その温厚な性質と人類との付き合いの長さから忘れられがちであるが、犬とは生来の狩猟者であり捕食者なのだ。
信の笑みは何よりも雄弁にそれを物語っていた。
「ところで、大輔さんの捜索の方は良いのか?都内と関東の所轄署には内密で捜索依頼は出してるって話だけど、何ならウチの連中を総動員して――」
と、節が少し焦れた様子で言う。
節が言う「ウチの連中」とは、彼女がリーダーを務めるレディースチーム、女怒羅厳のことだ。
そういう節を制して、信は言った。
「それについては、犬川さんに何か策があるそうです」
大輔はトルベリーナに、澁谷の街角で雨に打たれて座り込むに至った経緯を説明した。
無論、あまり詳しく話してはマズいと思われる部分は上手くぼやかした。
「……ふむ、つまりダイスケは、二つの大きな力を持った勢力から、その親分になれって請われてるわけね、ところがそれだけでなく、敵と目されてる連中の仲間でもあると」
「あくまでも可能性ですが……」
「んで、本当に敵だったら、始末されるかもしれない、味方の手で」
「僕は、どうするべきなんでしょうか」
「知らないよ、そんなの」
「知らないって、そんな」
「まあ、コンセホ……アドバイスならできなくも無いよ、でもね」
トルベリーナはまっすぐに、大輔の胸を、その真ん中を指差した。
「結局のところ、決めるのはアタシじゃない、ここね」
伸ばした人差し指で、優しく大輔の胸をつつく。
「アンタの答えはここにある、いつでもね」
「ここに……」
「今、ダイスケはショックを受けて、ここからの声が聞こえなくなってるのかもしれない……もし聞こえないってんならさ」
トルベリーナは大輔の目を見ながら微笑む。
「ゆっくりしていきなよ、聞こえるまでね」
「……ってなワケでさ、済まねえが、ちょっとばかり力を貸してほしいだ」
昼休み、いつぞやの喫茶店へと呼び出した木子 中心と周 千通の二人を前に、三好 伊三美が頭を下げていた。その隣には犬川 荘も同席している。
「……午後の授業はサボりということになってしまうが、なにぶん非常事態だ、私からもお願いする、力を貸してくれ」
荘も同様に頭を下げる。
「姐さんのたっての頼みとなれば、自分としては一も二もないんでヤンスけど……」
と、語尾を濁しながら中心は千通の方を見る。
「私なら大丈夫だよ、助けてあげようよ、まなちゃん」
「……良いんでヤンスか?」
千通はうなずくと、言った。
「おサボりは良くないけど、困ってる人は助けてあげたい、それになにより……会ってみたくない?その人に」
「よっしゃ!決まりだな!」
伊三美は音を立てて両の手を打ち合わせ、立ち上がった。
朝食を終えて客室へと戻った大輔の、部屋のドアがノックされた。
ドアを開けると、そこには松凛が立っていた。
口を開くなり、松凛は言った。
「ねえ、兄弟になろっか」
「はいぃ!?」
第十四話 終
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