ジュウトハチ 第三話

○真田家の近く、人気のない路上
   構えてにらみ合う犬川 荘(いぬかわ そう)と木子 中心(きね まなか)
荘「ちょっとまて」
木子「なんスか?」
荘「私が負けたら引き返すとして、お前が負けたらどうする?」
木子「何でも一つ、言う通りにしてやるっス」
荘「敗けたら、語尾に“ヤンス”をつけろ」
木子「なんて?」
荘「敗けたら、語尾に“ヤンス”を付けてしゃべってもらう、少なくとも私の前ではな」
木子「良いっスよ、もっとも」
   木子、体をひねりつつ、荘へ向けて棍を思い切り振り下ろす。
木子「負けはありえねーけど!」
   わずかに体を横に動かし棍を避ける荘。
木子「そらそらそらそら!」
   木子、棍を反転させつつ矢継ぎ早に振り下ろしの打撃を繰り出す。
   避けながら後ろに下がる荘。
荘(よくしなる棍だ…白蝋樹製の本物だな……)
   木子、棍を大きく横に振り払う技、横掃千軍(おうそうせんぐん)を繰り出す。
木子「そらぁ!」
   荘、更に大きく下がり距離を取る。
   木子、宙に飛び上がり、荘の頭部を狙って、全身を使う大きな振りで棍を振り下ろす。
木子「はいぃ!」
   大きな音を立て、棍が地面を打つ。
   荘、振り下ろされた棍の端をがっしり踏みつける。
   マズい、という表情の木子
荘「温まってきた、本気で行くぞ」
   荘、踏みつけた状態から棍の上を走り、一瞬で距離を詰める。
   荘、手にした特殊警棒で、痛みは残るが怪我はしない程度の絶妙な力加減で木子の額に一撃を入れ、脇へ回り込む。
荘「まだやるか?」
木子「この……!」
   棍から手を離し、右手で突きを繰り出す木子。
   荘、その突きを左手の警棒で払い、同時に右手の警棒で(先程と同じ力加減で)木子の額を打つ。
木子「あら?」
   気を取り直し、左手で突きを繰り出す木子。
   荘、今度は右手の警棒で払い、左手の警棒で額を打つ。
木子「あら?」 
荘「上げてくぞ」
   木子、手を挙げて攻撃を防ごうとするが、その度に払われて打ち込まれる。荘は更にペースを上げ、フットワークも併せて木子の全方向から高速で何度も打ち込む。
木子「あらあらあらあらあらあらあらあら」
   個々の威力は低いが、あまりにも数多くの打撃を受け、赤く腫れ上がった顔の木子(コミカルな絵柄で)
荘「お前、もうストライクド・バイ・タイガーに名前変えろ」
木子「嫌っス!そんなスカしたファッションブランドだか小洒落た雑貨屋みたいなの!」
木子「ち……」
荘「ち?」
木子「ちくしょー!覚えてやがれー!!」
   脱兎の如く逃げ出す木子(コミカルな絵柄で)。
   木子、途中で一度立ち止まり、振り向く、涙目で、
木子「でヤンスよー!!」
   木子、走り去る。
荘「律儀なやつだ……」
   警棒を縮め、元に収める荘。
   どこからか拍手する音が聞こえて来る。
林「お見事でした」
   手を叩いていたのは涼し気な目元をしたロングヘアーの美女(林 小豹)。
林「無作法ではありますが、黙したままで拝見させていただきました」
   喋りつつ荘に近づく林
林「しかし、あれだけの速さで、一度も違えずに薄皮1枚だけを打つとは、見事なものですね、エスクリマとお見受けしましたが?」
   荘、やや不審げな表情を浮かべながら
荘「ええ、まあ、そのようなものです」
   林、喋りながら更に近づく、
林「私は林、林 小豹(リン シャオバオ)、今日はよくわからない衝動に身を任せ、ここまで来てしまいましたが、良いものが見られました」
   緊張を高める荘。
   両者、手技の間合いに入る。
   右手の縦拳で直突きを繰り出す荘。
   林は左手で直突きを受け流し、同時に右で突きを繰り出す。
   繰り出された林の貫手が荘の胸を深々と貫く。

○真田家、リビングルーム
   気絶状態から意識を取り戻す真田
真田(駄目だ、このままここに居るとおかしくなる…清海さん、あまりにも無防備に距離を詰めて来すぎる…まあ僕が意馬心猿となったところで、向こうは小指一本でも僕をあしらえるが故の無防備さなんだろうけど)
注釈(意馬心猿:欲情がどうにも抑えにくいこと)
真田「あのっ!」
真田「回覧板を回してきます!」
清海「では一緒に」
真田「いやいやいや大丈夫です、お隣まではほんの数メートル、言って帰って数分かかるかどうかって感じだし」
真田「何かあったら大声を出しますから、その間、家に待機しててもらえれば!それでは!」
返答を待たず、部屋を後にする真田。

○カフェ
   オープンテラスの席に座る犬塚 信(いぬづか しのぶ)と三好 伊三美(みよし いさみ)
伊三「……まあ、ハグの件についちゃ、一回や二回なら実害はねえだろ」
信「そもそも会って間もない相手に、しますか、ハグを?」
伊三「ズレてるとこ、あるからなぁ、姉貴の場合」
信「そうなのですか?」
伊三「持って生まれたあの恵まれたガタイに加えて、三好の家系の怪力だろ?姉貴にとっちゃ自分以外のほぼ全人類が、なんか小さくて可愛いヤツみてえなモンだ」
信「と、なりますと……」
伊三「会うなり姉性本能が目覚めてもおかしくねえな、だいたいあの服だって……」
信「普段からあの服では、ないのですか?」
伊三「んなワケあるか!『つきっきりという事は、身の回りのお世話をすることもあるかと思って』だとさ……ん、どうした?」
   信の視線が道路の方を向いている事に気づく伊三。
   伊三、信の視線の方を見る。
   蒼白の顔で力なく歩いてくる荘。
   荘の所へ駆け寄る信と伊三。
荘「……やられた」
   冷静な表情て、荘の体に外傷がないか改める信。
伊三「打たれた痕は?」
   信、少しほっとした表情で
信「…ありません、毒の形跡も」
荘「気当たりだ」
ナレーション「ここで言う気当たりとは、技を出す際に発するのと同等の“気”だけを、相手に向けて発する事である。犬川が林に気を発しようとしたその瞬間に、林はそれを上回る気をぶつけて来た、あたかも本当に打たれたと錯覚するほどに」
ナレーション「肉体的な損傷こそなかったが、激しい気当たりは犬川の精神力を極限まで消耗させていた」
荘「三度試みて、三度殺された…屈辱だっ!」
   膝をつき、落涙する荘。
荘「いっそあの場で本当に死ぬべきだった!」
   信、泣く荘の顔を両手ではさみ、顔を上げさせる。
   信、冷徹とも取れる評価で
信「泣いている暇はありませんよ、犬川警視」
   荘、我に返る。
信「相手はもう、その場を去ったのですね?」
   涙を拭う荘。
荘「ああ」
信「実際に危害を加えられていない以上、敵と断定するのは早計かもしれませんが、最悪の場合も想定しましょう」
信「犬川警視、あなたが相対した相手を敵と仮定し、警護計画の見直しと戦力増強の手配を、良いですね?」
荘「了解した」
   信、少し表情を和らげ
信「荘ちゃん、死ぬなんて簡単に言わないで」
荘「…すまない」
   信、荘に手を貸し、立ち上がらせる。
信「まず犬坂さんに報告を、そして少し休んでから警護計画を」
   荘、目には力が戻っている、信の話を途中でさえぎり
荘「いや、すぐにやる、この恥もすぐに雪(そそ)ぐ」
   信、笑顔で
信「それでこそ、です」
   信、伊三に向かって
信「三好さん、まずは真田家に戻りましょう、清海さんともお話を」
伊三「ああ」
信「任務に私情を交えるのは禁物ではありますが」
   信、口調は冷静だが、怒りを抑え込んでいる。
信「お友達を傷つけられて、私、少しだけ怒っています」

○真田家隣家
   玄関先、隣家の住人と回覧板の受け渡しをする真田。
真田「では、よろしくお願いします、失礼します」
   隣家の門の外、路上に出る真田。足を止め、考え込む。
真田(このまま家に戻れば、また清海さんと二人きり……なんとか時間を稼がねば……)
   考え込む真田の前に人影が立つ。
   顔を上げる真田。
   目前には、清海と同じくらいの巨体で碧眼の白人女性の修道女(ルイーズ・ウィズダム、通称シスター・ルー)が立っている。
   シスター・ルー、笑顔で、
ルー「コンニチワ、アナタ、サナダサン?デスネ?」
真田「あっ、はい」
   そこへ清海の大音量の叫びが届く。
清海「その女から離れて!すぐに!!」
   猛然と突進して来る清海の目前に3本の指を立てた手を突き出すルー。
   停止する清海。
ルー「3手、アゲマス、打ッテ来ナサイ」
   ルーの言葉が終わるか終わらないかのうちに、至近距離へと飛び込み、心意六合拳(しんいろくごうけん)の鷹捉(ようそく):相手の顔面を両手で打ちつつ体当たりする、と呼ばれる技を見舞う清海。
   更にそこから立て続けに虎撲(こぼく):両手での打撃、烏牛擺頭(うぎゅうはいとう):頭突き、でたたみかける清海。
   吹き飛ばされ、横たわるルー。
   真田、心配そうに近寄ってくる。
真田「大丈夫ですか、あのひと、死んじゃったんじゃ……」
清海「まだです、離れて!」
   ゆっくりと起き上がるルー。
   ルー、のんびりした表情で、
ルー「知ラナイ人ト、戦ウノ、ニガテデス。」
   ルーの表情に凶猛さが宿る。
ルー「デモコレデ、遠慮ナク、戦エマス!」
   常人離れしたスピードで清海に襲い掛かるルー、我流のフォームで無数の拳を繰り出す。
ナレーション「修道女、シスター・ルーことルイーズ・ウィズダムの能力、それは自身の怒りを鍵として、彼女の中に潜在するとてつもない怪力と頑健さを引き出す能力だった」
ナレーション「その名も『怒りの鉄拳(フィスト・オブ・フューリー)』!!」

第三話 終
   


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