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人は何かを好きなように解釈する ~吉祥を見出す~

エリザベス女王がご崩御なさいました。
100歳まで頑張っていただけるかと思っていました。新しい首相に任命式もたった2日前で、ちょっと体調が悪いかんじはしましたが、自分で立っておられました。
それが突然お亡くなりになって、ショックです。でもまあ、ある意味、世界中の人が望む、ぴんぴんころりっていうお亡くなり方法で、きっと苦しみもあまりなかったのだと思います。人は、何か月も何年も寝たきりのままで、亡くなるのは一番いやだと思います。

女王のお亡くなりになったあと、このように大きな虹が見えたそうです。
しかも、これ場所がもともとのお住まいのバッキンガム宮殿で、二重虹という珍しいものです。


御夫君ととても仲がよかったですよね。


ちなみに、安倍総理がなくなったとき。こっちは、フェニックスに見えると話題になりました。

こちらは、天皇の即位式に虹。

昔から、立派な人が亡くなったりするときや、めでたいことがあるときには、吉兆や奇跡が起きるといわれています。
昔、奈良時代や平安時代などは、珍しい白い亀や白い雉がみつかったとかいうだけでも、改元されたほどです。

釈迦の場合は、すべての動物が嘆いたと言い伝えられています。
こちらは、フィクションですが、「源氏物語」の光源氏が死んだあとは、山に紫の雲がかかったという記述で、源氏の死が語られます。
きれいな色(紫やあかね色、黄金色など)の雲というのは、仏教でいう西方浄土のシンボルのようなものです。
実際に、たいがいの日はけっこう夕方、きれいな夕日ときれいな色の雲が見えます。ある意味、雨や夜中でない限りは、美しい雲は見えるものです。
おそらく、夜の逝去だった場合は、「美しい月が登っていた」と伝えられるでしょう。
こちらは、和泉式部の話で、若い時に奔放な恋の歌人だった和泉式部は年を取ってから、仏教に救いを求めます。尼になりますが、やはり、紫の雲がたなびき、浄土にいった様子が語られます。

特に、和泉式部は、この和歌でも有名です。
「くらきよりくらきみちにぞ入りぬべき はるかにてらせ山のはの月」
月を迷える暗い人生の道の、導きと思っているわけですね。

仏教美術では、このように「来迎図」というのがあります。


西洋でも、だいたい法王がなくなると、「福者」や「聖人」に列せられるかどうかが、話題になります。

ヨハネス・パウロ2世はとても人気のある教皇でした。
当然、慕う人は多く、亡くなられたときはとても皆さんが悲しまれました。それで、当然「福者」で認定して、「聖人」に認定される動きになったのです。

聖人の一覧です。人徳もありますが、宗教弾圧などでの悲劇の最後などでも列聖されます。

(人身売買ばあさんまで、入っていますが、なんせ売買した金は、カトリック本山に送金していたので、まあ、私物化してないってことかもです(苦笑)。なかなか、きれいごとだけではいきません。)

「福者になった後、聖人になるにはさらにもうひとつ奇跡を起こさなければなりません。ヨハネ・パウロ2世は福者になったわずか6年後の2011年5月1日、コスタリカ出身の女性を病から救ったことが認められました。このときも女性は、枕元に立ったヨハネ・パウロ2世の姿を見たそうです。」

こういうのは、ある意味、根強いファンがヒステリーになると、自己治癒力で病気が治ったり、姿を夢に見たりします。ある意味、そういう思いの強い人がたくさん世界のどこかにいると、列聖されるのです。

虹は毎日日本のどこかで、立つものです。ちょうどよい、雨が降って、雨が上がれば、日が差し込む角度で虹は見えます。
もちろん、今回のようにバッキンガム宮殿周辺などは、とてもタイミングがいいものですが。

人には、人類進化上、「真善美」を素晴らしいものとする本能が刻まれています。その本能から見ると、普通に自然にある、美しい雲や美しい虹も、まさに「真善美」です。

一方、心の濁った人は、「偽悪醜」にとらわれているので(あるいは、「真善美」を望んでいても、自分の心に自己中心的な闇やルサンチマンがあると)、空を見たりもしないし、空に美しい雲や虹があっても、気づかないものです。

「気づき」って大切です。脳の働きです。
気づかないと、頭の上に素晴らしい虹がかかっていても、見ないー。
美しい雲も見えない、見ない、見ても感動もしない。

やっぱり、心が晴れやかな人にしか、虹も美しい雲も見えんですわ。

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