書店のナッジ
かつて人々の笑顔で溢れていた町の小さな書店「岩崎書店」。
時代の流れとともに客足が遠のき、店主の岩崎さんはお店の未来に悩んでいました。
そんな岩崎さんのもとを、幼い頃によく店を訪れていた奈地さんが訪れます。
行動経済学を研究する奈地さんは、「ナッジ」という、人の行動を優しく後押しする手法を岩崎さんに提案します。
はたして、ナッジは「岩崎書店」を再び活気のある場所に生まれ変わらせることができるのでしょうか？
2人の対話を通して、書店再生の可能性を探ります。
奈地さん「叔父さん、お久しぶりです！夫がお店のことを心配していたのでお邪魔しました」
岩崎さん「よくきたね。そうか、心配かけてるね」
奈地さん「まさか…？閉店とか、考えてるんですか？」
岩崎さん「最近は客足も遠のいちゃってなあ。昔は近所に学校もあったし、子供向けのコーナーも賑わってたんだが」
奈地さん「そうでしたよね…私も小さい頃、よく絵本を買いに来てもらってました。あの頃は、いつも人でいっぱいでした」
岩崎さん「懐かしいなあ。でも、時代は変わる。今はみんな、ネットで本を買う時代だから」
奈地さん「ネット書店は便利です。でも、岩崎書店には、ネット書店にはない温かさがあると思うんです。本を手に取って、ページをめくる。あの感覚は、やっぱり特別ですよ」
岩崎さん「そう言ってくれるのは嬉しいが、気持ちだけでは商売は成り立たないんだよ」
奈地さん「何か、いい方法がないですかね…あ、そういえば、私最近、ナッジっていうの研究してるんです！」
岩崎さん「ナッジ？なんだそりゃ？」
奈地さん「えっとですね、簡単に言うと、人の行動をちょっとだけ後押しする仕掛けのことなんです。お店にちょっと工夫を加えるだけで、お客さんの行動を自然と変えられるかもしれないんですよ」
岩崎さん「行動を変える？具体的にどんな風に？」
奈地さん「例えば、お店にカフェスペースを作って、そこで読書用に選ばれた本を置くのはどうでしょう？リラックスできる空間で、新しい本との出会いがあれば、お客さんもきっと嬉しいと思います」
岩崎さん「カフェスペースか。確かに、最近は本を読みながらお茶できる本屋さんも増えてるみたいだな。でも、うちの店にはそんなスペース…」
奈地さん「ちょっとしたスペースでいいんです。窓際に小さなテーブルと椅子を置くだけでも、雰囲気はガラリと変わりますよ。あと、そうですね、テーマ別のミニ棚を置くのも面白いかもしれません。『疲れた時に読む本』とか『雨の日にぴったりの物語』とか」
岩崎さん「テーマ別の棚。いいかもしれないな。お客さんも選びやすくなるだろうし、俺も新しい本の発見ができそうだ」
奈地さん「時間帯による特典も効果的かもしれません。例えば、平日の昼間は比較的空いているでしょうから、その時間帯に来店したお客さんにはコーヒー割引クーポンを配布するとか」
岩崎さん「平日の昼間は主婦の方が多いから、コーヒー飲みながらゆっくり本を選んでもらえるのは嬉しいだろうな。…でも、それって、昔からやってることじゃないか？別に新しいアイデアってわけでもないだろう？」
奈地さん「そうですけど…でも、ナッジの考え方を加えることで、もっと効果的にできると思うんです。例えば、『15分読書棚』なんていうのはどうでしょう？短編小説やエッセイ集、詩集など、短時間で楽しめる本を集めた棚です。『1話完結』『5分で読める』といったキャッチコピーをつければ、忙しい人でも手に取りやすくなると思います」
岩崎さん「15分読書棚…面白いな！確かに、最近はゆっくり読書する時間がないって人も多いだろうから、ちょっとした隙間時間に読める本があると喜ばれるかもしれない」
奈地さん「それから、ちょっと変わったアイデアとしては…『未完読書コーナー』なんていうのはどうでしょう？？」
岩崎さん「未完読書？なんだそりゃ？」
奈地さん「あの…買ったはいいけど、最後まで読まれずに本棚に眠っている本って、結構ありませんか？そういう本を集めて、『なぜ読み切れなかったのか』という知的好奇心を刺激するポップをつけて展示するんです」
岩崎さん「ははは、確かにそういう本はたくさんあるな！でも、そんなコーナーを作ったら、売れ残りの本ばかりになってしまうんじゃないか？」
奈地さん「いえいえ、逆に『私なら最後まで読める』という挑戦意欲を掻き立てるかもしれませんよ。それに、なぜ読み切れなかったのか、他の人の感想を共有できる場にもなりますし。新しい本の選び方のヒントにもなるかもしれません」
岩崎さん「そういえば昔、電子書籍リーダーに、どのページまで読んだかを記録する機能をつけたことがあったんだ。しおり位置の分布図を作ってみたら、結構面白くてね。読者の行動パターンが見えてくるんだよ。それを紙の本の選書にも活かせるんじゃないかと思ってね」
奈地さん「電子書籍のデータって、宝の山かもしれません。読了時間マッピングなんかも作れたら、面白そうです」
岩崎さん「読了時間マッピング？」
奈地さん「はい！本の厚さって、読了時間と必ずしも比例しないじゃないですか。だから、本の厚さだけでなく、実際の読了時間を表示するんです。『この週末で読める本』とか、もっと現実的な選書ができるようになるし、『他の読者の平均読了時間：約3時間』みたいに表示すれば、計画も立てやすくなります」
岩崎さん「本の厚さを見て、買うのを躊躇することもあるからな。読了時間があれば、もっと気軽に本を選べるようになるかもしれない」
奈地さん「それに、他の読者の読了時間を見ることで、『みんな、こんなに時間をかけて読んでるんだ！』って、モチベーションアップにも繋がるかもしれません。社会的証明っていうんですけどね」
岩崎さん「最近は新しいことに挑戦できてなかったかもしれない。やってみるか。これからもアイデアをもらえるかな」
奈地さん「じつは私、いつかナッジの協会を作りたいって思ってるんですけど、なかなか具体化できなくて...。でも、叔父さんのお店で実践できたら、それが第一歩になるかもしれません」
岩崎さん「よし、じゃあなおのこと、ちょっと力を貸してくれ！」
奈地さん「喜んでー！」
岩崎さん「居酒屋かよ」
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