ナッジ vs ハラスメント
「やる気を出させる」という名目で、実は逆効果になっている施策。
私たちの身の回りには、そんな例が意外と多いものです。
今回は、心理学の一分野である「ナッジ」を趣味で研究している広告代理店勤務の奈地さんと、大手IT企業のマーケティング部門に勤める森本さんの会話を通じて、「そっと後押しする」ナッジと「強制する」ハラスメントの違いについて考えてみましょう。
仕事を通じて知り合い、時々こうして話し込む2人。今日も仕事帰りのカフェで、興味深い会話が始まります。
奈地さん「森本さん、お久しぶりです!新規案件の打ち合わせ、今日はどうもありがとうございました」
森本さん「いえいえ、こちらこそ。でも、この後お時間ありますか?実は相談があって」
奈地さん「ええ、大丈夫ですよ。いつものカフェでよければ」
森本さん「はい、お願いします」
奈地さん「あ、この前は婚活の話でしたよね。その後どうですか?」
森本さん「ああ、それはまだ全然です。今日の相談は会社のことなんです。人事部が始めた『社員のやる気を出す施策』が、逆効果になってるんじゃないかって」
奈地さん「へえ、具体的にはどんな?」
森本さん「『今月の業績目標未達成の社員は、全員土曜日に研修です』とか。『やる気のある社員とない社員の差が一目でわかるよう、実績を廊下に貼り出します』とか」
奈地さん「うわぁ…それは」
森本さん「ナッジ研究されてる奈地さんから見て、これってどうなんでしょう?」
奈地さん「ああ、それ、典型的な『ナッジとハラスメントの境界線』の話ですね。実は私、この違いがすごく面白くて…あ、また長話になりそう。ごめんなさい」
森本さん「いえ、今日は時間ありますから、ぜひ聞かせてください」
奈地さん「本当ですか? じゃあ遠慮なく。実は人の行動を変えようとするとき、大きく分けて2つのアプローチがあるんです。ナッジという『そっと後押し』と、『強制』。人事部の方は後者を選んでしまってるんですね」
森本さん「なるほど。確かに『強制』って感じがします」
奈地さん「例えば、うちの広告代理店でも似たようなことがありました。締切を守らない社員が多いって問題があって…」
森本さん「ああ、それ私たちの業界でもよくある話です」
奈地さん「最初は『締切を守れない人は始末書』っていう案が出たんです。でも結局、別のアプローチを取りました。締切の1週間前に『ここまでできました』って進捗を共有し合う15分のティータイムを作ったんです」
森本さん「へえ、効果はありました?」
奈地さん「はい。誰も強制されてないのに、みんな準備してくるんです。お茶を飲みながらの気軽な共有だから、プレッシャーも少ない。これ、境内理論っていうナッジの一種なんです。神社の境内に入ると自然と静かになるでしょう?あれと同じ…あ、また話が長くなってきた」
森本さん「面白いです!それって『ナッジ』で、始末書は『ハラスメント』…という理解で合ってますか?」
奈地さん「その通りです!ナッジは選択の自由があるんです。『こっちのほうが良さそう』って思わせる。でも、最終的な選択は本人に委ねる。ハラスメントは…」
森本さん「選択の自由がない」
奈地さん「そうなんです!さすが森本さん、のみこみが早い。実は他にも面白い例があって…」
森本さん「是非聞かせてください。私たちの会社の社員食堂でも、なんかナッジっぽいことやってるんです」
奈地さん「えっ、どんなことですか?」
森本さん「デザートの置き場所を奥に下げて、サラダバーを手前に出したんです。そしたら、なんとなくみんながサラダを取るようになって」
奈地さん「それ、素晴らしいナッジです!誰も『サラダを取れ』とは言ってない。でも自然とヘルシーな選択をしやすい環境を作る。私、こういうの集めて、いつか協会を作りたいんです。『ナッジで働きやすい社会をつくる協会』みたいな…あ、また話が長くなってすみません」
森本さん「協会ですか!面白そう。その話、もっと聞かせてください」
奈地さん「えっ、いいんですか?実はまだ漠然としたアイデアで…」
森本さん「はい。マーケティング部門にいると、ナッジって身近なんです。でも体系的に学ぶ機会がなくて。そういう協会があったら、私も参加したいです」
奈地さん「本当ですか!嬉しい!実は他にもいろんなナッジの手法があって、例えばザイアンス効果というのは…あ、また長くなりそう」
森本さん「大丈夫です。今日はゆっくり聞かせてください。この前の婚活の話の時も、ナッジの話がすごく参考になったので」
奈地さん「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく。例えば返報性という効果もあって…」
森本さん「あ、それって『何かもらったら、お返しがしたくなる』というやつですよね?」
奈地さん「そうです!さすが森本さん。こういう話が通じる人、なかなかいないんですよ。実は返報性には面白い研究結果があって…」
(奈地さんの話は、まだまだ続きそうです)