エイベックス最後の夜。渋谷で上司が最後にくれた言葉。
僕はかつてエイベックスの営業マンだった。
2018年に新卒入社。
エイベックス・エンタテインメント株式会社のアライアンス営業に配属され、そして2019年の1月に退職した。
起業を志して、僕はエイベックスを辞めた。
新卒1年目。
芸能界という特殊な業界で、激動の日々を過ごし
仕事に忙殺されながら、慣れない東京での生活を送っていた。
当時、僕は毎日がツラかった。
とにかく分からないことだらけで、仕事ができず多くの人に怒られた。
詰められるなんて当たり前。
深夜まで一人で残業し、それでも出来が悪ければ翌朝詰められた。
エンタメが好きな人は、エンタメのためにがむしゃらになれる人は、それでも頑張れたのだと思う。
だけど、僕はどうしてもエンタメのためにアツくなれなかった。
エンタメのために、自分自身に対してドライブをかけることができなかった。
そんな日々の中、2018年10月にある出来事により、
僕は起業を志すことになる。
大学時代とは違い、ある程度「社会」というものや
「これからの人生」といったものへの情報が蓄積されたため
『起業』は僕にとって何がなんでも成し遂げるものになった。
翌日に起業コンサルと半年間で30万円の契約を交わし、
起業のために何をするべきか、そもそも自分のビジョンとは?
など、土台となる部分を仕事の合間に固めていった。
そして一か月後の11月半ばに、僕は上司に退職の意向を伝えた。
「入社1年未満で辞めるなんて勿体ない。3年は頑張ってみろ」
こんな感じで引き留められるかもしれない、と僕は思っていたが、
上司の言葉は以外なものだった。
「遅いよ。いつ起業のために動き出すのかと思ってたよ」
予想外の反応に僕は一瞬反応できなかった。
起業について、確かに上司に軽く話したことはあった。
だけどそれは少し前の1 on 1で、「将来の目標は?」みたいな話題の中で
起業して、自分の組織で仕事をしていきたい、と語った程度だった。
まさか上司からそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
反応のない僕を見かねて上司は
「それで、いつ辞めたいの?」
「あ....できれば最短で辞めたいです」
「分かった。明日にでも人事に話を通しておくから、何も心配しなくていい。人事から手続きの連絡がきたら、また2人で話そう」
それだけ言って、その日の話し合いは終わった。
それから退職までの手続きは問題なく進んだ。
人事の担当者から僕宛に連絡がきて、この書類にサインするだとか、
保険の話や、PCやスマホなど各種貸与品の返却期限の話、
有休消化の話を済ませた。
担当していた案件を全て終わらせ、
最後の有休消化に入る前日、オフィスで上司から「京都に帰る前に2人で飲みに行こう」と言われた。
有休消化最終日の2019年1月15日
上司は僕を渋谷の叙々苑に連れていってくれた。
今日でエイベックス社員ではなくなること
約1年間の東京生活が終わること
関わってくれた人たちと、きっともう会えなくなること
色んな感情が混ざり合い、僕は上司に会う前からずっと落ち着かなかった。
先に叙々苑で待っていると、10分後に上司が店に到着した。
たった10日会わなかっただけなのに、何故かその日はとても久しぶりな感じがした。
美味しい焼肉を食べながら、2人で沢山の話をした。
エイベックスでの仕事はどうだったとか。
一番好きな仕事は何だったか。
ここで何を学ぶことができたか。
そして、これから僕が歩む道について。
上司はいつもと同じように、静かに僕の話に耳を傾けてくれて、
そしてゆっくりと自分の考えを伝えてくれた。
それはとても素敵な時間だった。
とても安心して話せる3時間だった。
店を出て2人で煙草を吸いながら、タクシーを待っている間
上司は最後に一言、僕にこの言葉を残してくれた。
「俺は、お前が部下で本当に良かった」
たった一言、そのアツい言葉に僕は何も言うことができなかった。
きっと僕は泣いていた。
「京都でも頑張れよ」
と、僕の背中を叩いて、上司はタクシーに乗って帰って行った。
僕は精一杯の声を振り絞り
「今までありがとうございました!」
夜の渋谷で1人、遠くに過ぎ去るタクシーに向かって、感謝の言葉を叫んだ。
「僕は、あなたが上司で本当に良かった」
あのとき言えなかったこの言葉は、
僕がKYO-KAプロダクションのCEOとして夢を叶えたとき、
東京に行って、上司に伝えたいと思う。
上司がくれたあの言葉が
今も尚、僕の背中を押してくれている。