#23 天征く方舟 / Celestial Voyage
I. 前日譚: ナイトドライブ
突拍子もなく思い付きで単独行動するのはいつものこと.そして大抵その動機は,何かの模倣,また或いは,何かに感化されたものであることが殆どである.
今宵の動機は読んでいたBL漫画で,21時過ぎに受けが車で攻めを家まで送っていくシーンだった.こういうの受けが運転する側なのなんか良いよね(語彙力)
翌日普通に私は仕事だったが,同居人は明日1限がないのでまあ大丈夫だろう.そう思い,これに感化され,その時ちょうど21時過ぎ,手に持ったBLを閉じ,髪を乾かし終えた同居人を引きずって車に乗せて出発した.
取り敢えず大阪辺りまで行って帰ってくるかと思って高速に乗って南下していると,唐突に連れ出されて若干不機嫌な同居人が何もせずに帰るのは許さぬと圧を掛けてきたため,適当に星空でも観に行くかと,当初は寄り道等含めても往復3時間程度を想定していたが,思いっきり予定を変更して,前々から行きたかった夜景スポットに向かうことにした.往復で約6時間である.
向かうは奈良県吉野郡野迫川村.離島を除けば日本で最も人口の少ない村である.無論星空を邪魔する無粋な光はない.周りを1,000m級の山に囲まれた,いかにもな場所である.そんな地のなかでも更に僻地,和歌山県との県境も目前という端の端にあるド辺境である.その名を鶴姫公園という.
結果的にこの選択は大正解だったと言えよう.翌日の仕事中の眠気など代償としては安いものだと思えるほど,美しく,溜息の出るような,そしてこれが今まさに自分の眼に現物として映っている光景とは思えないような,そんな絶景が広がっていた.
これに感化されて書いたのがこの曲というわけである.輝かしい星を表すには,やはりニ長調の他に適任はいないだろうということで,今回はニ長調を採用した.そして基調を16分音符にし,星々の表現とする.
なお,副題のCelestial Voyageについて,英語の発音に則するならばvoyageを[vɔíɪdʒ](無理矢理カタカナにするならヴォイィッジ)と読むべきなのだが,ここは日本語の慣例に従ってフランス語風のヴォヤージュと読むことにしてほしい.
II. 解説: 3-3-2とテンション
冒頭,Allegro stellare.船のゆったりとした漕ぎ出しである.この曲では終始この「付点八分+付点八分+八分」ないし「3:3:2」のパターンが基本のモチーフになっている.8小節目は,左手が動かなくなるのが2拍目裏なので,いつもなら右手で動きを持たせるために二分+四分+四分とするところだが,この3:3:2の流れを汲んで,ここは付点四分+付点四分+四分とした.
ここのコードはG6 > > Dadd9/F# > > Em7 > F#m7 > G6 > Asus4.なんとなくなのだが,ひとつづつ上昇するようなコード進行(e.g., IV > V > VIm)や下降するような進行(e.g., VIm > V > IV > IIIm)は,個人的には「広がり」のイメージがある.だからこそ自然とこの進行を選択したのだろう.顔を上げるほど,舟が高度を上げるほど,星空が徐々に広がっていく.
[A]からは一気に動く.休符が多いので歯切れ良くいきたいところ.ダンパーペダルは外していい.3拍子+4拍子の変拍子.多めのテンションノートは不規則にキラキラと光る星を思って入れている.[B]からは4拍子のところが5拍子に変わって更に動きを増す.
……ところで,少し脇道に逸れるが,しばしばこのnoteで「テンション」という語を使うことがある.そもそもこの解説は音楽を齧ったことがある人向けに書いているものなので,音楽を全く齧ったことのない人にまでリーチするとは思っていなかった.そのため何となく使っている「テンション」がそのまま「気分の方のテンション」だと受け取られてしまったことがあった.このnoteで使っている「テンション」は「テンションノート」,すなわち,「あるコードには通常含まれないような特殊な音全般」を指す.
閑話休題.[C]はテンションの多さが目に見えて分かるだろう.骨格はG > A > F#m > Bm > Em > F#m > G > Aなのだが,実際にはテンションまみれなのでGadd9 > Asus4(6) > Dadd9/F# > Bm7 > Emadd9 > F#m7 > G69 > Asus4となる.変拍子ではなくなったのだが16分音符がずっと入るようになるので更に動きが増えることになる.
[A],[B]まではところどころ星がキラッ,キラッと光る感じなのだが,[C]からは一気に目に入る星が増えて,何ならイメージは天の川である.それ故に[C]以降の伴奏ないし場合によっては右手にはそういう川のように水が流れるイメージもあるのだ.
[D]は冒頭の旋律.星々の中を航海する舟に再度じわじわと焦点を合わせる.コードが掴みにくいが,結局のところテンションマシマシなだけで冒頭と同じ進行である.[E]は軽い繋ぎ.ペダルを外して休符を意識したいところ.
[F]からは俯瞰のイメージ.広がっていたのは視界だけではないのだ.[B]までは視点が一人称視点だったのだが,[C]-[E]はちょっと引きで,横から見るくらいの距離感だった.[F]は完全に遠くから,星の大海を征く舟を目で追う光景である.ここの左手弾くの大変なんよね.
進行は前半は特筆することもない.逆に俯瞰で見るからこそ余計な飾り(テンション)は入れずにシンプルに三和音かせいぜい1テンション程度.普通にG > A > D/F# > Bm > G > A > Bm > D.後半が少し変わっていて,G > A/G! > D > A/C# > Bm7 > A > G > Gm! > Dsus4(9) > Dとなる.こういうV/IVとかIVmとか,完全に手癖なのだが,響きが好きだから使っちゃうよね.
[G]-[H]は難易度の割に弾いてて気持ちいい区間.コードがまた変で,オンコード(所謂分数コード)まみれである.Dsus2 > A/C# > F#7/A# > Bm9 > B♭7 > Dsus4/A > D/A > G6 > Dadd9/F# > FM7 > Asus4/E > A/Eとなる.イメージ的には星々の合間を縫うように,縦横無尽に駆け巡る感じ.カ○ビィのスターシップみたいなアレね.コードに合わせて旋律にも非和声音が入るのってえっちだよね.
[I]は[A]とは基本的に同じなのだが,Asus4をところどころ混ぜている点がポイント.特に動機はなく,ただ好きな響きだから入れているだけだが.[K]は全く[B]と同じ.
[L]は[E]と同じく軽い繋ぎで,1オクターヴ上げているのと,[M]の出だしに左手を加えている点が異なる.[M]はほぼ[F]と同じなのだが,後半が若干変わっている.1点は,D > A/C# > Bm > Aの下降系を,BmスタートのBm > F#/A# > A > E/G#にしている点.これに伴い主旋律も変えている.もう1点は最後のコードだけDからAに変えている.[N]から[D]の変奏に繋ぐのだが,こうするにはDだと終止感が強すぎるからだ.
[O]で,本来なら[A]の音域まで戻りたいところだが,直前までやっていた[N] の音域からいきなり下がるのはちょっと違和感があったため,メロディーラインを魔改造しつつ手なりで降下して[A]-[B]に合流する.そして最後,[Q]で舟は消え入るように星の彼方へと吸い込まれていくのであった.
III. 楽譜&音源配布
ここに書いてあるルールを守ってくれれば使途は問わない.
《楽譜ファイル (PDF)》
《高音質音源ファイル》
WAV形式のCD音質 (44.1kHz/16bit, 1411.2kbps)
《並音質音源ファイル》
MP3形式のストリーミング音質 (320kbps)
IV. あとがき: 命名の話、再び
以前,桜花の記事の中で命名に関する話をした.もう少しこれについて付け加えようと思う.まさかの第二弾である.
命名の際,特に曲名に関しては,まさか私程度の者がそうなるとも思えぬが,万が一のことも考えて,検索結果を汚さぬような命名を心掛けている.そういった曲名は覚えにくくはあるのだが,ほぼ一意に私の曲であることを同定出来るという利点もある.
だからこそ,実在の単語そのままによる命名は本当に少ない.「なきむし」「Cafuné」「幽寂閑雅」「月影」「アロンダイト」「マグニ」の6曲のみである.このうち,わざと平仮名にしている「なきむし」と,競合らしい競合が見られなかった「幽寂閑雅」「アロンダイト」「マグニ」を除けば,「Cafuné」と「月影」のみである.
もう一点考えるのは英語の命名.邦題の一部または全部を訳すか,邦題をもとにするパターンが当然主流.例外は「なきむし (Loved)」と「死性姦 (A Wanna-Be Artist)」ぐらいなものだ.訳すパターンでも,単に直訳するというわけでもなく,「生命の呼び声」は「呼び声」部分をカットして「Vita」だし,直近でうpした「世界樹に希望を託して」も動詞形ではなく名詞形の「Hopeful Yggdrasil(希望に満ちた世界樹)」だし,「幽寂閑雅」に至っては適当な語がなかったので造語した.
では今回はどうだろうか.実のところ当初は「天翔ける方舟(あまか - はこぶね)」という仮タイトルで,「Spica: Noah's Ark」だった.ただ「翔ける」というほど軽い感じの出航を思い描いたわけでもなかったのでもう少し落ち着いたものはないかと考えた結果「征く」に落ち着いた.英題については,当初はSpicaという,昔読んだ小説の題として知って語感が好きでずっと覚えていた星の名を冠し,舟の感じを同行者と聖書の有名なアレの名を拝借してNoah's Arkとしよう,と思ったのだが,ここ2回noteで同居人の話をしていた手前,また惚気かと思われるのも癪で,一から考え直すことにした.
思いつく限りの英単語を書き並べた.星関係ならstar, starry, heavenly, stellar, starlight, stardust, starlit, terrestrial, celestial, astronomy,航海関係だとark, sailing, voyage, ship, navigation, vessel, boat, cruise, steamer, submarine, mate, chart, nautical, navy, Nautilusあたりが思い浮かんだ.この中から,語感と好みでcelestialとvoyageを選定して今回の命名に到った.
曲に対して最適な命名をしてあげるために,とにかく我々曲書きというのは,物書きでもないのにある程度の語彙力を求められる.日本語だけならいざ知らず,英語のそれですら求められる.そのためにそれなりに本は読まねばならないし,色々な人の話も聞かねばならない.
しかも,新しい語彙を得たところで,それを覚えていなければ使えない.そのため,私の手帳には,語彙をただ書き留めておくだけのページが存在する.誰かの話に出てきた語彙,何かの動画で見た語彙,何かの本で得た語彙,なんでもかんでも,とにかく,少しでも印象に残った語彙であれば書き留めておく.
見返してみると,こんなん絶対に創作に使わんやろといったような語彙(例えば「膕(ひかがみ)」)もしばしば見受けられるが,実用性だけ考えていては面白味がないのでこれはこれで良いだろう.
大事なのは,自分の表現の引き出しを可能な限り多くすること.そして,それは音楽制作にしても命名にしても言えることだ.少しでもその手立てが多ければ,その分意図したことが伝わりやすくなるかもしれないから.
V. クレジット
作曲・執筆・動画編集: kyoka (@kyoka20011218)
浄書・被害者: Noah
見出し画像: フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)
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