「場の連続性」と「〈生〉の連続性」とはなにか――【用語集】『〈自己完結社会〉の成立』
「場の連続性」と「〈生〉の連続性」 【ばのれんぞくせいとせいのれんぞくせい】
特定の歴史的事実が、〈自己存在〉への明確な連続性のもとで「意味のある過去」として捉えられる際に、両者を媒介する二つの要素のこと。
「場の連続性」とは、その過去の事実が、〈自己存在〉が立脚している何らかの“場”(それは土地でも、家でも、地域社会でも、国家でも、惑星でもかまわない)を起点として、“かつてそこにあったはずの場”として想像されること。
「〈生〉の連続性」とは、その過去の事実が、かつてそこにあったはずの“人間の〈生〉”(〈この私〉と同じように何かを感じ、何かを思い、生き、そして死んでいった過去の人間による)として想像されること。
なお、こうした時空間的な連続性を実感するための実践的な手段として、「時間の地図の比喩」や「一世代25歳の比喩」がある。
このページでは、筆者が2021年に刊行した『〈自己完結社会〉の成立――環境哲学と現代人間学のための思想的試み(上巻/下巻)』(農林統計出版)に登場する用語(キーワード)についての概略、および他の用語との関係について説明したウェブ版の用語集のnote版です。
(現在リンク先は、すべてウェブ版を借用していますが、徐々にnote版に切り替えていく予定です。