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京島の10月|17. たまにはメガネを外して

久しぶりにこれといった用事の入っていない日。オフライン併催のミーティングがあったが、自宅からのリモート参加とさせてもらった。長いこと時間のかかっていた原稿に手を入れ、ようやく校正に回す。タイムマネジメントがまだまだだ。

10月に入り、普段よりも意識して街で歩いたり、イベントに参加したりするようになった。それぞれとても楽しいし、夜もずっと続けていたいくらいなのだが、体力が追いつかない。かならず日記に街の様子を書くという行為は、自分が健康であり続けることが前提だったのかと、残り半分を切ったこのタイミングで気付かされた。

今日はゆっくり1人で過ごそうと思い、ほとんど自宅にこもって過ごしていた。窓の外からは近所の人たちが、この辺りの家の変遷について話す声が聞こえてくる。今、筆者が住んでいる家は築50年とかの一戸建てで、元々は何軒か続いていたという話を聞いた記憶がある。

京島に引っ越すことを決めて、意外と1軒家でも借りられる金額であることを知り、不動産屋で見つけた物件だ。凸工所までは歩いて10分ほどで、風呂トイレ別で3部屋付きという好条件。独りには余りある間取りを堂々と持て余しながら暮らしている。

直前まで前の家族が住んでいたらしく、家のあちこちにはその生活の痕跡が残されている。柱に貼られたステッカーや、扉に下げられたままの防虫剤の抜け殻など、不動産屋としてそれでいいのか?と思わなくもないが、このあたりの雑さも込みでの価格と暮らしだろうと受容した。

夜になり、今日は誰とも会わなくていい日にしようと思い駅前の吉野家へ。テレビで京島の物件がされていたことを思い出し、TVerで再生しながら、牛すき鍋定食を食べる。売ればお金になるのに住み続けられる家みたいな切り口で、他の区も合わせて都内の三事例が紹介されていた。二つの家には高齢の男性が住んでいたが、最後の京島ではゴリゴリの若者が出てきて、あまりにも「らしい」風景に笑ってしまった。

資産価値で言えばとか売ればいくらとか、メディア的な表現がグロテスクだなと思いつつ視聴していたら、コの字のカウンター越しに友人が座っていた。オフの日に出会ってしまったような感覚で、変に恥ずかしい。お互いイヤホンを外さないまま、また今度ね的なジェスチャーでやり取りし、会計を済ませて外へ出た。

散歩コースとして、スカイツリーをぐるりと回り、1駅分ぐらいを往復すると、ほどよい運動になる。すっかり秋めいて、夜の散歩も楽しくなってきた。SNSで1年ぶりにEXPO中の芋煮会が開かれることなどを知りつつ歩く。

帰り道、数軒の居酒屋が営業終了するという張り紙を見つけた。高齢化などの理由もありそうだが、道路の拡幅によって移転するという記述もあった。今日は街とは無関係に過ごそう、なんて思いながら散歩をしていたが、そんな道でさえ、こうした歴史や動きと繋がっているのかと気付かされる。

その場所に住む以上、多かれ少なかれ、街との関わりは生まれてしまうのだ。その全てを気にしていると、今の僕のように気疲れしてしまうかもしれない。なんというか、見えすぎる眼鏡をかけてクラクラしてしまうような感覚だ。ほどほどの鈍感さを持ちつつ暮らすことが、住民としての処世術なのかもしれない。 

このnoteは「すみだ向島EXPO2023」内の企画、日誌「京島の10月」として、淺野義弘(京島共同凸工所)によって書かれているものです。


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