福田翁随想録(36)
銭には危ない戈がある
この世のなか確かにお金がなくては何をするにしても動きがとれないが、地位や立場に寄り掛かって不当な利益を独り占めしたり、庶民感覚では到底納得できない甘い汁を吸っているのを知るとやり切れない。
政治家なのに国造りの理想を忘れ、庶民の味方をするでもなく、株転がしやお金集めに奔走しているのを見聞きしていると、とても愛国心など持ちたくても持てなくなる。
日本銀行は国税庁と同じ役人仲間という意識なのか、長年お目こぼしだったように思える。日銀の独善ぶりにも大鉈(なた)をふるってもらいたいが、今まで目をつむってきた国税局の怠慢も糾弾したい。
何千坪の豪邸に入っておりながらその辺の長屋並みの税金しか払っていないのを不審に思わないのだろうか。また税金を調査する役人が特定企業とつるんで納税額を適当に減額してやったりするのを知ったら、表彰を受けた真面目な優良納税者は泣くだろう。
銀行の親玉は宴会に招かれても勿体つけて遅く現れ、案内される前から勝手に宴席の上座に坐って当たり前の顔をしている。
集めた金をろくな担保物件もないのに我が物顔で手前勝手に貸し付けたり、貸した先の企業に大きな顔をして乗り込んでいって経営指導する。ところがいずくんぞ知らん、自分自らが落第坊主だったではないか。何のかんばせあって国民の税金を仰いで手前のミスを糊塗しようとするのか。しかもその態度たるや横柄癖がついているので心から謝っている殊勝なところが見えない。
私が現役の頃、どこでどう間違えたのか、税務署から二度税金を請求された時があった。社風としても納税は名誉なことと心得ていたからなんの後ろめたいこともない。抗議すると担当者がお詫びに飛んできた。しかしこれに満足せず、税務署長に社に来てもらい、説明と陳謝をしてもらった。
われわれ納税者は納期に遅れたら延滞金を支払わなくてはならないが、税務署のこのような過失にはなんの罰則もないらしい。私は私憤ではなく納税者の心情を考えての民意を代表しての叱責をしたつもりだった。
おそらく署長にしてみたら、一時熱い風呂に入ったような我慢で済んだであろう。帰路の車中ではさぞかしケロッとして軽やかな気持ちだったに違いない。
「金銭乏しければ世に立ち難し」と太宰春台(江戸期の経世学者)に言われなくとも分かっている。
金へんに戈(ほこ)を重ねて銭と書く
この字にさとれ 今の世の中
と教えたのは、一休和尚だった。五百年前のこの一首は言い得ていて、さすがである。
われわれの脳みそは理性らしいものを持ち、今日ここまで過ごしてきてもあまり高尚にならないのみか、かえって悪知恵の方が際立ってきた。
「和同開珎(わどうかいちん)」は慶雲五年(和同元年七〇八年)に鋳造された日本最古の銭貨とされていたが、最近の発掘で「富本銭(ふほんせん)」(推定六三八年頃)とやらが見つかり、和同開珎よりさらに七十年あまり前に鋳造されていたことが明らかになった。
その翌年の和同二年には、もう偽金が作られている。「利を追い私作濫鋳して公銭を紛乱」させた犯人は、斬刑に処せられたという記録が残っている。
偽金、偽札は造っても容易に足がつくもので割が合わないのだが、千年前も今も欲に目がくらんで馬鹿なことを繰り返している。
黄金に対する魅力に憑りつかれるのは、古今東西、いついかなる地でも同じようで、こんな面白話がある。
西アジアのミダス王はデオニソス神に手に触れる物すべて金にしてもらいたいと願った。願いは叶えられたが、食べようとしたパンまでが燦然たる金に変わるのを知って発狂するよりほかなかったという。
傘寿近くなった病院長がなにを思い違いをしたのか、収支虚偽申告をして数億円誤魔化していたというニュースが報じられたことがあった。違法に得たそんな不浄な金でどんな素晴らしい事業を起こしたとしても成功するわけがない。黄金など冥途の土産になるわけでもなく、法を犯したら安住できるのは刑務所の冷たい土間しかないのだ。
「小隠は陵藪(りょうそう)に隠れ 大隠は朝市に隠る」(王康琚の詩「反招隠」/詞華集『文選(もんぜん)』)という詩句がある。七賢人(晋時代の七隠者)のように竹藪に逃げて暮らさずとも、皆と同じようにこの浮世で一向差支えないはずだ。
世の中不安定になって誰も信用できないというのでタンス預金が増えに増え、世界最大の千二百兆円に達したと言われているが、実はこれは怪しい話だと私は睨んでいる。
かつて銀行の不良債権は七十兆円だとする大蔵大臣の答弁が真っ赤な嘘だったように、千二百兆円も嘘くさい。その実態が不明で、なにから形成されているのか誰にも説明できない。
このあるのかないのか全くわからない黄金の幻影に、早くも資金運用してあげるという甘いささやきが国内だけでなく、外国からもきているらしい。
近い将来、これらの欲深き金銭亡者の何人かが手痛い目に遇うことになるのかもしれない。
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