随筆|旅の途中
これは旅の途中にあった話だ。
目的地も定めず自転車を走らせて、今日で三日が過ぎようとしている。
銀行でお金を下ろしたあと、百円ショップで旅に必要なさまざまなものを買った。コンパスと日本地図は特に役に立つ。この二つがあって初めて計画的に走ることができるのだ。
旅をしてみて一番驚いたのは、走っているとすぐに腹が減ってしまうということだ。
一日五回は何か腹に入れないと、自転車をこぐ足に力が入らなくなる。食べ物は人間にとってのガソリンだということを実感する。
意外だったのは、日本には野宿できる場所が少ないということだ。いくら広い場所があっても、人間は木とか壁とか、何かそういうものの側でないと、落ち着いて眠ることができないものだ。これも旅に出て初めて実感したことだった。
それに公共施設がない場所での水の補給にはかなり神経を使う。それでも、
「水?ほい、たんと取ってけ」
大抵はこんな風に言って快く分けてもらえる。
とはいえ、
「なに?水?だれ、あなた?だめ、だめ!なに言ってんの」
こういう拒絶に遭うことももちろんよくある。
何回経験しても、毎回少しどきどきしてしまう。
こうやってたくさんの家に立ち寄るうち、こう思うようになった。「家とその家に住んでいる人は何となく似ている」と。
静岡県のとある古びた木造の家に立ち寄ったときのことだ。最初はやはり少し緊張していた。だが、その家のおばあさんに話しかけたところ、意外に親切に。
「あんた、どっから来た?でけぇ荷物をつつんでぇ。」
そして、
「ほら、これも持ってけ」
と、食べ物までくれたときは、慌てた。
それから、そのおばあさんと少しその土地のことについて雑談をした。そうしているうち、日も暮れてきたので、そこを立ち去るときに、
「本当に助かりました。ありがとうございました。」
とお礼を言うと、おばあさんは、
「はい、はい、気ぃ付けてね」
と言って、見送ってくれた。
ところで、もし、私を家に例えたら、一人旅の旅人の目にどんな家に見えるだろうか。あのおばあさんの家のように見えるといいな。
ああいう人になりたいな。暗くなりかけた道を続けながら、私の心には一つの明るい灯がともっていた。
平成二十二年 晩冬