菌糸瓶飼育管理の難しさ
菌糸瓶の交換時期の見極めはいつも難しいですね。食痕窓から見える幼虫の状態が良いと、わたしの場合はその状態を維持したくなるので特に交換を躊躇ってしまうきらいがあります。しかし、その見極めを誤ると、新しい菌糸瓶での幼虫の状態がまったく違ってきたりもします。このあたりがブリーダーの勘どころと言いますか、飼育テクニックになるのかもしれません。
幼虫も個体差があるように菌糸瓶にも個体差がある
簡単に言ってしまうとこういうことなんですよね。同じ日に複数投入しても、その後の菌糸瓶の状態は自ずと違ってきます。幼虫にもそれぞれ個性があって、培地の食べ方も違うわけです。まあ、幼虫からすれば「菌糸瓶の仕上がりが一本、一本、毎回違うんだよねー」なんて、もしも喋れるのならそんなふうに言うのかもしれません。なので、押し並べて同日予定どうり一斉交換なんていう管理では、その煽りで落ち零れ個体も出てくると思います。わたしは大量飼育していませんので、個別に状態を観察しつつ管理していますが、やはり、菌糸瓶の状態は幼虫の食餌具合と活性次第で一本、一本違い、管理も個別に対応しないといけなくなります。要するに、飼育餌材とは言え菌糸瓶もまた生き物だという認識が大事です。
菌糸瓶内でリサイクルは起こる
天然腐朽材と同じ環境を菌糸瓶で再現することは不可能だとわたしは思います。特に市販品ではそれとはかなりの違いがあると言わざるを得ません。しかし、それが再現性の限界だとはわたしは考えてはいないので、オリジナル菌糸瓶の製作に工夫を凝らしているところなのです。それでも、あくまで天然腐朽材に近い環境にどれだけ寄せられるか、という段階です。
菌糸瓶で越えられない壁は幾つかあるのですが、最大の難点は、ボトルの内壁面に絶対に隙間ができてしまう点です。これは、ガラス、ポリプロピレン、ポリエチレン、P.E.T.、ポリカーボネイトなどと、どの素材を使用したボトルであっても避けられない物理的ハードルなのです。この隙間発生による弊害の具体的な点については後に述べますが、これと蓋部分の開口面、これに関してはどうしようもないのですよね。
それでも、良質な基材を使用した培地と活性の高い種菌とが揃って上手く仕上げられた菌糸瓶では、幼虫投入後でさえその食痕に再発菌が起こります。この事例はただ幼虫が培地を掘り返したことで起こるショック性の再発菌のことではなく、正味の再分解による再発菌のことです。このような循環が起こる菌糸瓶の状態を最良だとわたしは判断しています。低C/N比化した培地ではそのような再発菌は起こることはなく、バクテリア等による分解によって腐敗に至ります。つまり、腐朽菌にとっての好バランスが保たれている培地でこそ再発菌は起こるので、即ち、それは幼虫にとっても良好な餌環境であると判断できるのです。課題はそれをできるだけ長く維持し続けられること。その環境に幼虫の成長時期を上手くマッチングさせることだと考えます。
菌糸瓶リレーは新旧仕上がりのシンクロ次第
次に用意する菌糸瓶の仕上がり具合(腐朽度合い)が交換前のそれと上手く合致しているか、これが重要なポイントかもしれません。これまでの観察では、幼虫がその差異に過剰に敏感だともわたしは思わないのですが、交換後の落ち着きには違いが出てくるとは思いますし、それよりもやはり、飼育者としては食べさせたい時期にしっかり食べてくれないと成長具合に差が出てくる。要は、幼虫の食欲です。わたしは幼虫が食欲旺盛で培地をよく食べているのならばO.K.と見ています。しかし、ただ、培地を堀り砕いているだけだとそれは怪しいのですよね。なので、交換後2、3日は幼虫の様子をよく見ておく必要があると思います。特に3令初期から中期の時期にはそれが致命的なミステイクになり兼ねないと思います。要するに、この時期の拒食は後で取り返せないということです。このあたりの考え方はあくまでわたしの仮説に則ったものなのですが、詳しくはマガジン——「臨界サイズ受容期を探る」をご熟読ください。
最高の状態は劣化の前兆でもある
上の段落で「菌糸瓶も生き物」と表現しましたが、実際、腐朽菌の活性が良くて培地の分解が進むと、子実体の発生の前兆である原基が培地の上面、或いは、ボトルの内壁面に接する隙間などに発生し易くなります。これは培地の分解が良好である指標であると同時に、劣化の前兆でもあるのですよね。つまり、これくらいの状態を使用適応の上限とわたしは考えています。子実体原基は発芽することなく、そのまま成長が停滞したままのこともあり、その場合は劣化することは稀なのでわたしは放置しています。また、幼虫がこの原基を選択的に食べるので、いつの間にか完食されて無くなっているということもよくあります。
そもそも、菌体膜(菌糸体細胞)はボトルの内壁面に張り付くように蔓延するのですが、これは害菌の侵入を遮断せんがための腐朽菌の防御碧でもあるのですよね。そして、培地の分解が進行するにつれて菌体膜は分厚くなってゆきます。これは、培地の分解による質量減少分の痩せが生じるためです。ボトルの内壁に幼虫の食餌による食痕窓がよく空くのは、幼虫がこの部分の菌体膜が培地の中心部よりも分厚いことを察知して食べにくるからです。特に若齢幼虫がよく食べると思いますが、それは、急激な成長のためにより多くのタンパク質を求めているからではないかとわたしは考察しています。
一方、3令後期以降の終齢幼虫がいわゆる「居食い」という状態に入るのは、一つは冬眠態勢であると思うのですが、もう一つは代謝メカニズムの変化で成長が止まったことにより、殆どタンパク質の摂取が必要無くなり、エネルギー源であるグルコースの原資——炭素——依存体質に変化しているからではないかと考えています。
子実体発生問題
そして、原基が成長しますと子実体の発生と相成るわけですが、これは菌種・菌株によって特性が違って、適応活性温度・湿度次第で違いがあるので一概には言えないところです。温度帯については、その適性から外れた環境で静置保管しているから子実体の発生は無いかと言えば、単純にそういうことではないのですよね。やはり、ここが生き物を扱う上での難しいところで、子実体の発生は物理的なショックで引き起こされ易いことが知られていまして、昔から雷の落ちた木にはキノコが大量発生すると言われます。これは、衝撃的な振動がその要因であるということです。
多くのブリーダー諸氏は、この子実体の発生を避けるためにも温度管理の必要性を重視されている方が多いようなのですが、子実体の発生は、即ち培地に栄養が蓄積された状態を示すものでもあるわけです。ですので、むしろ幼虫の栄養源としての培地を見たとき、これは餌材としては最高な状態だととも言えます。ところが、これは言い換えれば劣化の前兆でもあるわけで、それで、多くのブリーダーは子実体の発生を抑える方向で管理を考えるようです。このあたりの考え方と判断次第ではその後の結果の吉か凶かへの分岐点になるとも言えるのかもしれません。また、環境や様々な条件次第で管理状況が異なるので、その都度個別に対応するしかありません。
劣化の目安
それは、ズバリ、1. ボトル内の隙間、2. 代謝水、3. 子実体の発生、この三つが揃って時間が経過すると起こると考えておいて良いかと思います。つまり、これらが重複して存在するとき、それは腐敗の材料が揃った"Stand-by"状態だということです。
ボトルの内の隙間(それはボトル内壁面に発生します)は培地の分解が進行した状態を示し、その隙間が子実体原基の発生を誘発し、また、空気中のバクテリアなどの腐敗菌の滞留の呼び水となります。そして、尚且つ、腐朽菌の代謝水溜まりの温床となり、その果てに腐敗が始まるというわけで、これが即ち劣化とわたしが定義している状態です。また、大体、この目安の確認ができるのと並行して菌体膜の一部も黄色く変色してくるので、例え子実体の発生は認められずとも劣化状態は判断可能かとも思います。