あこがれていたセリフを言おう
アニメ「PSYCHO-PASS」に出てくる雑賀譲二(さいがじょうじ)というキャラクターの言葉で大好きなセリフがある。
そのセリフは、雑賀先生が自身の家を訪れた主人公たちにコーヒーを振る舞うシーンにボソッと登場する。
「飲み物はコーヒーでいいかな。」
「まぁと言ってもな、コーヒー以外ないんだ。」
めちゃくちゃかっこいい。
なんでもないシーンでのセリフだが、雑賀先生のただ者ではない雰囲気と低く渋い声で、魅力あふれるセリフになっている。
このセリフにずっとあこがれていた。
いつか私も使ってみたいと思っていた。
そして今日、そのセリフを使う絶好のチャンスがやってきた。
バイト先にお客人がやってきたのである。
お客人には、私のいる事務所とは別の控室で待機してもらって、そこで仕事をしていただくことになっていた。
私は、何か飲み物でもと思い、いつものインスタントコーヒーが入っている棚を開けた。
すぐに、コナンがひらめいたときに出る線が私の後ろを横切った。
雑賀先生のセリフを言うチャンスだ。
幸い、この棚にはコーヒーしか入っていない。
完璧なシチュエーションである。
私は雑賀先生になりきり、かけていない眼鏡をクイッとあげると、テノールボイスでお客人に尋ねた。
「飲み物はコーヒーでいいですか?」
お客人がこちらに顔を向ける。
そしてこう言った。
「あ、いえ、結構です!ありがとうございます。」
かけていない眼鏡が割れた。
動揺した私は、「承知しました!」と言った。
一番ダサい。
つい今までテノールボイスを出していた私の中の雑賀先生は消え、かわりに挙動不審イエスマンが出てきてしまった。
用意していた「まぁと言っても、コーヒー以外ないんですけどね」というボソッとしたセリフは、外に発されることなく、心の中でコーヒー粉のように溶けていった。
私はひとつの紙コップに粉を入れて湯を注ぎ、事務所へ戻った。
いつものコーヒーのはずなのに、少しだけ苦く感じた。