泥棒に入られた話
2018年の10月下旬。
私は子ども2人を連れて、実家の母の家を訪れていた。夫の長期出張のため、母親宅で一緒に数週間過ごしていた。
新築を建てて7、8年経った母の家。
建てた家というのは洋風モダンで、リビングから二階にかけて吹き抜けている。なので二階から下を覗くと一階のリビングの大部分が見える。
あれは深夜1時半を過ぎた頃だった。
母も私も子ども達も二階に寝ていた。
リビングにあるダイニングテーブルは木製で、中に物が収納できるように開き扉がついている。木なので閉める時は特有の音がする。よっぽど気を付けて慎重に閉めない限り「カタン」という音がする。
その夜、カタンと鳴った。そして、レオ(今年亡くなったが当時18歳。飼っていた猫である)がニャーニャー鳴いた。
私は普段から眠りが浅いのか、外で緊急車が走っていたり、さほど大きくない地震があったり、、小さな物音だけで目を覚ます。木の扉の音は確かに鳴った。
母は割と夜遅くまで何かと、片付けやら掃除やらをしているヒトなので、『まだ起きてるのか』と思っていた。
でも、レオがあまりにもニャーニャー鳴くので布団から出て、吹き抜けからリビングを見下ろした。そしたら……懐中電灯で足元をゆらゆら照らして歩く、男の姿が見えた。
一瞬、兄が夜中にサプライズでもしたくて帰って来たのかと思った。それしか心当たりがない。兄は2人いるが、下の兄はそういうサプライズをしても不思議ではない。しそうである。
ゆっくり歩く男の周りに、少し距離はとっているが、男を見上げながら同じペースで進むレオが見えた。ニャーニャーニャーニャー鳴いている。さすがレオである。ヒトが好きで興味津々なのである。
男は驚く程、気にしていない。
家中にレオの鳴き声が響いているのに堂々とした様だ。おそらく、この家の構造を把握出来ていなかったのだろう。お前の姿は丸見えだ!今、思い出しても、他人の家に入り込むという図々しさに怒りが込み上げる。
私が布団を出てから30秒程の出来事。私は覗いているその場から「え?」と声を上げた。男が天井だと思っている方から声を出したからか、男には届かなかったようだ。
心当たりが兄しかないが、残念ながらその可能性は小さい。暗闇でも見えた肩周りのガッチリ体型は、兄とは違っていた。恐怖心を抱いた。そしてその声が届いていない事に、何故か怒りも湧いた。誰の家に入り込んでいる!?母が一生懸命建てた…母の家だ!!
今度は聞こえるように「誰っ?」と声を上げた。低い声で。その瞬間、大きく右回りで振り返り一目散にリビングの窓から出て行った。
経験した事のない光景に呆気にとられる。
そこでやっと『泥棒…?』と思考が追いつく。一階へ。レオの元へ。
出て行った窓の前に来ても、怖くてカーテンをめくれない。その時は、恐怖心の方が勝っていたからだろう。そこから二階の別のスペースで寝ていた母に声をかける。
母は寝ていたようだ。
「え?どうして?カギなんてどこも開いてないでしょ?」
…思い出した。
その2日前。私はその窓から外に出た。子どもの雨ガッパを干すのにベランダへ。出るための出入り口としての大窓だ。鍵をかっていなかったかもしれない。
その後110番し、想像より早くはやって来ない警察官を待ち、その夜中から朝方まで取り調べを受けた。
110番した際に、木の扉の音や飼い猫の鳴き声がきっかけとなり気付いた事を伝えたが、電話に対応した警官も言った事を何度も聞き返した。わずか2分程の出来事なので猫の鳴き声はとても重要で、何度も伝えることになったが、「ペットの猫ちゃんの事は忘れて下さい。」と言われた。それは、その状況を全然想像できていないし、被害者の気持ちを汲み取ってもらえてないと思え、不快だった。
関係のない部屋や二階にある物入れ部屋も写真を撮られ、家の構造など書類提出などに必要なものかもしれないが、山ほどの警官が来て、中には「へぇ、こんな風になってんだねぇ」なんて警官同士で話し合ったりしていて、そんな態度にも腹が立った。
そういう事にひどく私は敏感だ。
その後一週間は、夜、ゆっくり眠れなかった。こっそり窓を覗く。人影がないか。
警察からも何の音沙汰なく月日は流れ、夫の仕事のため母のいる地元を離れた。
そして今年6月、電話で母は喜んでいた。
「家に入った泥棒!捕まえたんだって!!」
他の空き巣か何かで捕まって、余罪を調べた結果、同一犯だったよう。一安心ではあるが、あの夜の警察官の対応には未だ、スッキリしない。
こんなに頭にくるのは、期待しているから。警察官だった父を誇りたいから。警察官である兄も、そんな対応して欲しくないから。
被害者は傷ついています。非日常にかなり疲労しています。慣れ仕事を見せられると非常に悲しくなります。どうか、寄り添って下さい。お願いします。
信じられない事件がたくさんあるが、その一つ一つに被害者が必ずいるということ。忘れてはならない。
現在、母の家はセキュリティ会社にガチガチに守られている。あと、レオの霊にも。