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常に『パッション』に向かって突き進め!他人に『余計なお節介』は絶対にしてはいけない!

(20240413)

今回は、下記の動画で、またまた『物凄い学び』があったので、ご紹介したいと思います!

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【超有料級】宇宙意識バシャールが教えてくれた5つのこと。2025年7月に起こる事

この動画発信者の大石洋子さんと邪兄さんが、ロサンゼルスで行われた『バシャール氏のセッション』に行かれ、バシャール氏が話された重要なお話をシェアして下さっています。

是非、動画をご視聴下さい!

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(以下、動画内容まとめ)

他人の『失敗する自由』を奪ってはならない。

その人は、それを『選択』して、それをしている。

『こっちがHAPPYだから!』と、その人に言う事によって、『その人が幸せになるとは限らない』から。

そういう事をするのはやめて下さい!
『その人の学び』だから。

スピでは、『スーパーポジティブでいなさい!』という感じだが、『ネガティブさ』も大事!

決して、『ネガティブはダメだから排除しろ!』と言っているわけでは全然なくて、ネガティブもあるし、ポジティブもあるし、
『両方を認めた上で、自分は何を選択して行くのか?』
という事。

しかも、『三角のトリニティ』を大事にしなさい。
全ては『3』だから。

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『フォーミュラ(慣習的な行動・方式)』には、『5段階』ある。

①『パッション=情熱が持てるもの』を選びなさい!
 人、物、出来事等々全て。
 『パッションが持てないもの』を『不安と恐怖』という『ネガティブ感情で選ぶ』事をしているから、『被害者意識』になったり『自己犠牲』が生まれる。

②常に『パッション』に向かって突き進みなさい!
 それに向かえなくなるまで、自分が可能限り、ずっとやり続ける。
 『全力でやり切る』事!

③『結果』を考えない!
 『結果を考える』からおかしくなる。
 結果を考えている時は、『パッションが減っている』時。
 『パッションの塊』だったら、『結果は二の次』だから。

④『ベネフィット(恩恵)を得る』には、どんな事になっても『ポジティブな考えを捨てない』で、結果がどうなろうとも、例え『悪い結果』になったとしても、『次に繋がるかも知れない』ので、『ポジティブ』で居続けよう!
 どんな事があろうが、パッションを消すな!

⑤『何が自分にとって真実か?』を考えて、それを『信じ続ける』事!
 『自分の信じた道』を『パッション』を持って進んで!
 
以上の5つを守れば、『必ず道は開ける!』

これによって、エネルギーが高まり、『シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)』が増えて、『困難』も無くなって来る。

『楽しい事にコネクト』され、『サポート』もたくさん入り、『人生に必要な物だけ入って来る』ようになる。

そして、『不要なもの』に目が行き、『捨てる』事が可能になる。

これを意識しながら、細かく、きちんと守って行けば、必ず人生は『良い方向』に行く!

それは、『全て自分の為』になる。

『シンクロニシティ』が起こる時は、『顕在意識と潜在意識が一致』している時。

『自分の中のネガティブさが邪魔をしていない』という事。

つまりは、『パッションの方向に、真っ直ぐ向かって行っている!』という事。

『感謝のワーク』は、人のせい、誰かのせい、何かのせいにする気持ちを
減らして行くワーク。

『誰かに全責任転嫁して責める=ネガティブさ』を減らす事で、ちゃんと『パッションの方向に向かって行ける』ようになる!

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(動画を視聴しての和多志の感想と実体験)

この動画を視聴し終わって、和多志が1番に思った事は、

「あ~和多志は、散々、周りの人達に必死に尽くし続け、助け守り支え続けて来た事で、『相手達のネガティブさ』をどんどん高めて、『魂磨きを邪魔し続ける』事をやり切ったな~!」

と大爆笑しました。笑

ちょっと前ならば、めちゃくちゃ『自分責め』した事でしょう。

こういう事を何も知らないと、
「和多志は、周りの苦しんでいる人達を、必死に助けているんだ!」
と『相手にとって良い事をしている!』思い込んでいますが、実は、

『その相手自身が様々な困難を乗り越えて魂磨きをしたいと思って、この世に生まれて来た計画の全てを邪魔し続けていた!』

という事だったわけです。大汗;

やはり、『余計なお節介』だったんですね。大汗;

しかしながら、母親からの『死つけと称する根深い洗脳』によって、

「居るだけで人迷惑な和多志は、常に誰かの役に立ち続けていないと、生きていてはいけない!」

と思い込まされており、つまりは、

「自分の事ほったらかしで、常に周りの人達を助け守り支え続ける事こそが『生存戦略』だ!」

と、もちろん『無意識』ですが、そう『洗脳』されていたわけですから、仕方ありませんけどね。

実は和多志自身、元夫が居た職場に行くまでは、実家の家族から『奴隷・サンドバッグ・ネガティブのゴミ箱扱い』されながらも、『パッションに向かって、突き進んでいた』んですよね。

これまで何度も書いていますが、高校生の時に家庭科の先生から、『食品添加物・農薬・合成洗剤』の話を聞いて知り、しばらくしてから、手帳に『自然食品店・自然食レストラン・ヨガ・健康相談室のナチュラルヘルスビルを建てる!』と書いて、高校生の時に起業計画したんですよね。

で、以前、聞いていた、母親が若い時に働いていた職場の栄養士さんの話を思い出して、

「まずは、食の専門家である栄養士の資格を取ろう!」

と思い、実家はド貧乏で、高卒で就職する事が当然だったんですが、本屋さんで『大学・専門学校一覧の本』を立ち読みして、県内で1番授業料が安くて資格が取れる短大を見つけ、帰宅後、両親の前で正座して、畳に頭をこすり付けて、

「頑張ってアルバイトしますから、栄養士の資格を取りたいので短大に行かせて下さい!」

と、必死にお願いしたんですよね。

でも、高校でさえ、

「授業料が高いから、私立は絶対にダメだし、公立でも交通費がかかるところはダメ!
 歩いて通える、すぐ近くの公立高校1本だけ受けて、必ず合格しろ!」

と言われ受験し、幸いにも合格出来たから良かったんですけどね。

そういう状況だったので、両親は、

「いくら『県内で1番授業料が安い』と言っても、うちは貧乏だから、私立の短大の授業料なんて払えない!」

という事で、最初はダメだったんですけどね。

でも、高校の担任の先生からも『学校推薦しますから!』と勧められた事もあり、父親が、

「2年間だし、入学金と授業料はどうにかするから、何しろ、まずは受験して合格してからの話だ!」

と言ってくれて、高校3年になってから勉強し始め(もちろん家では家事と父親の仕事の手伝いが忙しいので、学校の図書室や町の図書館とかで)、どうにか合格し、2年間通って資格を取ったわけです。

余談ですが、入るまで全く知らなかったんですが、その短大は『お嬢様学校』で、周りの同級生はほとんどが、

「勉強なんて嫌いだし、栄養士なんて興味がないのに、親が『短大位は出ておけ!』と言ったから、仕方なく来てるだけ!
 だから、卒業と資格が取れる最低単位を取っておけばいい!
 あとは、バイトして遊びまくる!」

と言う人が多くて、『贅沢だな!』とビックリしたんですけどね。

和多志は、何しろ授業料は、どれだけ多くの教科の授業に出ても同じだったので、時間が許す限り受けたいと、ビッシリ入れ込んで受け、実験や調理の時間が長かった事もあり、朝9時~17or18時位まで、本当に毎日ビッシリ受けていたんですよね。

で、アルバイトもやる予定だったんですが、両親から、

「短大に受かったら行ってもいいが、アルバイトなんてしたら、帰りが遅くなるし、勉強に集中出来ず、留年なんて事になっても、うちには、そんな余裕はないんだからな!
 授業料は何とかするから、アルバイトなんてせず、終わったら真っ直ぐ帰って来て、これまで通り家事と仕事の手伝いをしなさい!」

と言われ、結局、アルバイトなんて出来ず、人付き合い禁止でもあったので、仲の良い友達を作る事も出来ず、高校の時よりも長時間の授業となり、受けた教科が多過ぎて、試験勉強もままならず、成績は悪かったんですが、どうにか卒業し資格を取る事が出来たので、両親には感謝しています。

でも、栄養士は求人自体が極端に少なく、なかなか就職出来ず、結局、起業する為には、経理・コンピューター・自然食品の事など学ばないといけないと思い、データ入力のアルバイトでコンピューター操作方法を覚え、自然食品について学ぼうと思い、チラシを取り寄せ、1番商品にこだわりを持つ自然食関連の職場に手紙を書いて、アルバイトで雇って頂き、その職場に先輩として居たのが、元夫だったわけです。

でも、和多志は何しろ、毎日が勉強で、起業する為に、必死にバイトしたお給料を、食費だけ実家に入れて、あとは青春時代なのに、一切、遊ぶ事をせず、ほとんど起業資金にする為に貯金していたんですよね。

今思えば、あの時が人生で1番というか、唯一というか、パッションに溢れていましたね。(遠い目)

でも結局、今思えば、若い女性だから、職場の男性達から『トイレ代わり』に狙われて、多々色んな事があり、守ってくれていたと思い込んでいた真面目で好青年だと言われていた先輩が、ある時、『ミイラ取りがミイラ』になり、『突然無理やりで妊娠した』という事で。

で、『志半ば』で、『お腹の子の命を守る為だけ』に、単に職場の先輩で、告白も付き合った事さえもなく、何とも思っていなかった男性と、和多志は『自分の人生に幕を降ろし、夢も何もかも全てを諦めて結婚』する事になったわけです。

相手は既にバツイチだった為、婚家の親から、

「最初の結婚にお金をかけて、もうお金が無いから、やりたかったら、そちらでやって下さい!」

と言われ、『両家の家族・親戚を会わせる見知り会』を小さくやっただけで、普通の結婚式も新婚旅行も指輪も何もなく、結婚後は、微々たる結納金を敷金にして、新たなアパートを借り、荷物は和多志のひとり暮らしの家財道具を持ち込み、夫は身ひとつで来て、初日からDV・モラハラが始まり、『生き地獄人生』が『一気に加速』したわけです。

結婚前、相手に妊娠を告げた時は、

「すぐに中絶して、お前は実家に戻って、見合いでもして結婚しろ!
 俺はバツイチだし、お前と結婚なんか出来ない!」

と言われたので、ひとりで悩み苦しみながら考え続け、

「命は守りたいけど、親に知れたら、また責められる!
 誰にも言わず県外に出て、どうにかして、ひとりで産んで育てるしかない!」

と決意。

それを相手に言ったら、

「そんな事をすれば、すぐにバレて、俺が訴えられるじゃないか!
 どうしても俺の子を産みたいのなら仕方ない、結婚してやる!」

と、何故か『上から目線』で言われ、和多志は『誰にも言わず、ひとりで県外に行き、産んで育てる』という『不安と恐怖のネガティブ感情』から、

「結婚すれば、生活費の心配なく、この子を育てられるし、和多志の居場所も出来る!」

と思ってしまい、相手の事を何も知らず、結婚を決めたんですよね。

今思えば、そもそも幼少期からずっと『家族のスケープゴート』にされていた為に、『実家の家族に味方など居ない』、『生きる安心感という土台』が無いまま、常に、

『ド貧乏でお金が無い!』
『家族に頼れて守ってくれる味方がおらず、友達禁止だった為に常に孤独!』
『安心して居られる居場所が無い!』

という『全てがネガティブ状況』の中で生きて来たので、『起業するという夢』以外は全部、

『常に、恐怖と不安の感情で、超~他人軸の自己犠牲・自責思考の奴隷マインドで、相手の立場最優先で、しなければならない!という気持ちで選択して来た』

と言えます。

これでは、『幸せな人生』になるわけがありませんよね?

もう何年前になるかわかりませんが、

『常に恐怖と不安のネガティブ感情で選択して生きると、確実に不幸な人生になる!』

という事を知った時には、自分の人生の全てが腑に落ちて、『心底納得』しましたからね。

それに、離婚後に独学していて気付いた事ですが、生年月日での占いをかじり、元夫と和多志の相性を見た結果、

『元夫から見た和多志は、全てを上向かせ、最高に幸せにしてくれる、最高の相性の相手』

『和多志から見た元夫は、全てを失わせ、どん底に突き落とす、大凶な相性の相手』

みたいに書いてあって、これも『心底納得』したわけです。

元夫は結婚後、家に持ち帰って来た仕事を、本人は毎回、お酒を多量に飲んで寝てしまう為、和多志が徹夜でやっていた事もあってか、しばらくして昇進して管理職となり、結婚当初は、アルバイトだった和多志の方が高かったお給料が、どんどん上がって行ったんですよね。

上司達からもお客様からも、結婚後は余計に信頼され、和多志が正社員で働きたい位の職場だったので、内心、嫉妬していた程なんですよね。笑

でも、元夫自身は、単に冬の間だけのアルバイトとして、母親に勧められて入り、真面目に働いていた為に、人出不足だったので、正社員にして貰えたとの事だったんですよね。

元夫は、最初の離婚をして、ずっと遊んでいたようで、母親や親戚のおばさん達が心配して仕事を探してくれていたようで、結局、母親の仕事でのお客様が、その職場の上司だったので、特に本人がやりたいと思って見つけた仕事ではなかったわけです。

なので、余計に羨ましかったですね。

以前、書きましたが、アルバイトなのに、コンピューターの導入・立ち上げで、夜遅くまでひとり残って働いて、上司から『正社員になれる!』と言われていた事もあり、めちゃくちゃ頑張ってたんですけど、多々あって、その大仕事が終わって、『これからは定時で帰宅出来る!』と思った時には、

「事務の女子社員は1人でいいし、休職していた人が戻って来るから!」

と、和多志はお払箱になってしまい、上司の言葉は嘘だったとわかり、その同時期に突然無理やりで妊娠したりして、本当に、その職場では多々あり過ぎて、『一気にどん底に突き落とされた』感じでしたからね。

で、その結婚によって、和多志は、何もかも全てを失ってしまいましたからね。

なので、やはり実家が『ちゃんと機能する家庭』で『安心安全な居場所』であり、『家族が味方で応援』してくれて、『脳のOS=思考の土台となる認知に歪みが無く、ポジティブ!』という事が、どれだけ重要な事か、おわかり頂けたかと思います。

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そして、『フォーミュラの5つ』の中でも、

④ベネフィット(恩恵)を得るには、どんな事になっても『ポジティブな考えを捨てない』で、結果がどうなろうとも、例え悪い結果になったとしても、『次に繋がるかも知れない』ので、『ポジティブ』で居続けよう!
 どんな事があろうが、パッションを消すな!

…は、特に『受験・就活、恋愛・結婚などに言えるのでは?』と思ったんですよね。

人間って、やはり『自己防衛本能』が原因だと思いますが、『基本ネガティブ思考』らしいんですよね。

だから、受験・就活や恋愛・結婚に、1度でも失敗したら、それ以上、傷付かない為に、
「あ~もう私はダメだ!」
と思い諦めてしまったり、ヤケになったりする人が多いと思うんですよね。

和多志自身も、人間関係が弱過ぎたり、背負い込んでしまう性格の為に、無理が祟って体調を壊したりして、『食べる為の職を転々として来た』し、全く普通の結婚では無かったにしろ、『結婚にも失敗』しているので、

「和多志は、実家や婚家から言われていた通り、何をやってもダメ人間だ!」

と思い込んで、新たな職場に挑戦する事に躊躇というか『不安と恐怖』があって、就活が進まなかったり、離婚後は、余計に『男性恐怖・人間不信』が酷過ぎて、職場でさえも出来る限り男性の居ない、男性と関わらなくて済む職場を探し、男性と話す事も出来る限り避け、エレベーターに男性が乗っていたり、レジや受付が男性のところは避け続けて来たんですよね。

これも、『トラウマ』という名の『自己防衛本能』なわけですが。

で、短期アルバイトや短期派遣職などを転々として来た事に関しては、ずっと『仕事が続かない弱過ぎる自分大嫌い!』だったんですが、だんだんと、その思考が変わって来たんですよね。

一昨年に、短期派遣職で同じ班だった3歳上の男性は、高校卒業後、専門職に就く予定が、近所の知人から『郵便局職員を募集しているから応募しないか?』と言われ、何も考えず応募したら採用されたとの事。

「最初は配達から始まり、年を取ってからは事務職に移動となり、何年か前に早期退職者を募っていて、退職金も多いとの事だったので、それで退職した。
 家も建てて、夫婦と娘の3人暮らしで、仕事をしなくても、悠々自適に趣味をして余生を過ごせるが、妻も好きな職種でパートの仕事をしているし、娘も就職して、昼間は誰も家に居らず、ひとりで家に居てもつまらないから、郵便局以外の仕事を体験してみたいと思い、派遣会社に登録して、短期派遣職で働く事を始めた。
 あなたの話を聞いていると、職を転々として来た事を悪い事みたいに思ってるけど、私からしたら、それだけ色んな職場を知っていて、それだけ知識も豊富だから、羨ましいですよ!
 私も、これから色んな職場を体験して、色んな事を学んで行きたいと思っているので!」

とめっちゃ褒められたんですよね。

で、昨年行った短期派遣職の職場では、30.歳位の女子が、

「私は、毎日、同じルーティンワークをやり続ける事が出来なくて、何か月かやると飽きるし、色んな仕事を体験したいから、正社員として就職せずに短期派遣職にしてるんですよね!
 今は、正社員になったとしても、定年まで安定しているわけではないし、会社に依存する生き方はしたくないし、将来は自分で何か出来ないかと思っているので、それを今、模索している最中という事もあるし。
 だから、職を転々としている事が悪い事だとは、全く思わないです!
 それだけ色んな体験をしているという事だから!」

とも言ってくれたし、これまでも、たま~に芸人さんとかがTVやネットで、

「若い頃は、何をやっても仕事が続かなくて、自分はダメ人間だと思っていたけど、子どもの頃から大好きな事だった『人を笑わす芸人』になったら、アルバイトをしながらの下積み時代も長かったけれど、毎日が楽しくて仕方なくて、今思えば、芸人が天職だったから、他の仕事は続かなかったんだと気付いた!」

みたいな話を、複数の芸人さん達がされていたので、

「和多志も、そもそも『起業』したかったから、『食べる為だけにやっている仕事は続かない』という事なのかもね…」

と納得し、今では、

「これまで、100社以上の職場を転々として来て、体調を壊したり、次の仕事が決まらなかったりして、頻繁に失業期間が長引いて、常にド貧乏のどん底を這いつくばって生きて来て、未だにそうだけど、それだけ様々な職場で、多くの女性達から家族との体験談を聞きまくる事も出来たし、色んな職場の裏話も知っているし、スピでも

『私達の最善の為に、この世は動いている!』
『人生には、無駄な事など、何ひとつ無い!』

とも言われてるし、『かなり勉強になった事は確か』だし、それも、実家や婚家で『人付き合い禁止』だったから、『家族以外の人間関係が極端に少なかった』分、大人になってから、多くの職場に行く事で『人間関係を学ぶ』必要性があったんだろうと思う。
 『自分で、こういう人生を計画して生まれて来た』のかも知れないし、これでいいのかもね!」

と、やっと何年か前に思えるようになったんですよね。

そもそも、世間では『失敗』や『間違い』と言われ、『ネガティブ』に捉えられている事も、『体験のひとつ』でしかありませんからね。

エジソンも言われていたようですが、『失敗』や『間違い』をする事によって、『成功に近付ける』という事ですからね。

幼い頃からずっと、うまく行き過ぎて、『失敗』した事がほとんど無い人は、大人になって『小さな失敗』をしただけで、『心が折れて挫折する』とも言われていますしね。

実際、元夫は、幼い頃から塾通いさせられ、勉強漬けの毎日だったようで、

「俺は、子ども時代は『神童』と言われていたんだ!
 ずっと学年でトップクラスだった!」

と自慢していましたが、結婚初日に義母が朝早く来て、聞かされた話(愚痴)によると、地域1番の偏差値の高校に合格出来たまでは良かったが、入学して最初の実力テストでは、最後から数えた方が早かったとの事で、それで挫折して、1学期だけはどうにか行ったが、夏休みに行方不明となり、そのまま不登校となり、卒業式の日には、

「学校としては前代未聞の事だから、卒業した事にしますから!」

と、『先生が卒業証書を実家に持って来られた』との話でした。

和多志はと言えば、家では宿題さえ出来ない『家事奴隷扱い』だったので、ほとんど勉強出来なかったので、中学校までは学年で真ん中位だったんですよね。

高校は、さっき書いた通り、近くの公立高校1本の受験しか出来ず、そこが運良く、和多志の偏差値より、ほんの少し低い学校だった為、高校に行ったらトップクラスになり、それで自信がついて、短大まで行く事も考える事が出来たので、元夫の話を聞いて、

『失敗なく、あまりにもうまく行き過ぎても、挫折に弱くなるから、失敗も必要だ!』

と学びました。

それと、最近、Youtube動画で、ネドじゅんさんが『左脳の暴走を止めよう!』と話されていますが、これも、

『左脳の自己防衛本能によるネガティブ思考が、パッションを消す作用となる!』

という事で、だからこそ、

『パッションに向かって突き進む為には、瞑想によって、邪魔な左脳の暴走によるネガティブ思考を止める必要がある!』

という事なんだろうなと納得した次第です。

また、かなり長くなってしまいましたが、伝えたい事が伝わりましたでしょうか?

文章をまとめる事が苦手で、特に過去の体験談を書き出すと暴走してしまうので、話があちこちに飛んでしまい、伝えたい事とは関係ないようで、実は繋がっているような話にまで及び、わかりにくいとは思いますが、人生も残り僅かになると、それまでの様々な体験と学んだ知識が繋がって、多くの気付きがあり、全てを書かずにはいられなくなるもので。汗;

どうか、お許しを。

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長文・乱文を最後までお読み頂きまして、本当に有難うございました!
宇宙一大好きです!大感謝です!
1日も早く、世界中の人々が健康で豊かで愛情溢れる平和で穏やかな日々を、幸せに過ごす事が出来る『黄金時代』になりますように!
それでは、また!




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