ガクッと来ないよう必死!
(20241228)
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20日(金)夜8時過ぎに、警察から『実家の兄が亡くなっていた』という連絡があって以降、また色んな苦しかった体験が頭の中を駆け巡り、なかなか眠れず、食事も喉を通らないというか、葬儀や手続きなど、あとの事を色々とやらなければならないので、頭一杯になって、食事を忘れる感じになっていて、ほとんど眠れず、食べてもいない感じの1週間だったんですよね。
で、やっと26日(木)、娘の仕事が休みの日に、娘の車で警察に行き、兄と対面し、火葬と納骨まで済ませて帰宅。
もう年末の為、手続きとかも来年になるので、一旦、今後の予定は考えないようにして、頭を空っぽにして少し休もうと思いましたが、何もしないと放心状態になって、それこそ兄のように、父親の死去後に一気にガクッとなったのと同じようになって寝込んだりすれば、来年の手続きや実家の後始末を、全部、娘に背負わせる事になってしまうので、無意識に、このnoteを書きまくっている感じになっているんですよね。
読まれている方々からしたら、
「絶縁していた兄が、突然、亡くなったというのに、よく文章を書いていられるなぁ…」
と思われている事と思います。
そう言えば、以前、アメリカに住まれていて、アメリカのリアルを発信されている、和多志より年上だと思われる、ある日本人女性のYoutuberさんが、突然、元気だったご主人が亡くなったと話されていて、しばらく発信を休まれるかと思いきや、休まず、毎日、いつも通りに話されている姿を見て、
「ご主人が亡くなったのに、いつも通りに気丈にしていられるって、すごい!」
と思った事があったんですが、その方も、発信する事が生き甲斐な感じなので、気落ちしないように必死に、いつも通りにされていたんだなと、自分が同じような状況になってわかりました。
和多志自身、子どもより手が掛かったDV・モラハラ・サイコパス人格夫に振り回され、必死に世話をしながら、ワンオペで髪を振り乱しながら育てた3人の子ども達のうち、離婚時に、上の子2人を無理やり引き離された時も放心状態となり、1年以上、何をやっていても涙が溢れ続け、目の前にあるものも見えずに探し回るというような精神状態になった体験がありますし、誰にも頼れない母子家庭となり、ひとりで必死に育てた末娘が、反抗期が酷過ぎて横道にそれ、結局、中学を卒業してしばらくして出て行き、友達の家を転々としていたようで、のちに、ひとり暮らしをするようになって、離れて行った時も、いつものように『自分責め』しながら、長く、うつ状態になっていた体験があります。
なので、もう、そうならないようにと、無意識に、自分の気持ちを文章に書き出す事で、ガクッと落ち込む事を阻止する為に、必死に踏ん張っているのかも知れません。苦笑
実家とは、17年も絶縁して離れていたので、既に、絶縁した時点で、
「やっぱり和多志には、最初から(味方という意味での)家族もおらず、実家も無かったんだ!
和多志からしたら、世界一尊敬し誇りに思っていた両親と兄だったけれど、3人からしたら、和多志は『娘・妹』ではなく、単なる『奴隷』としか思われていなかったんだろうな…。
とうとう『命を認めて貰う事』も出来なかった。
和多志には家族は居なかったと思うしかない…。」
と思い、全てを諦めたんですよね。
なので、両親がそれぞれ亡くなった時も、もちろん『たくさんの後悔』はありましたし、後々、思い出して胸の奥が痛み落ち込む事も多々ありましたが、疎遠・絶縁状態で長く会っていなかったし、子どもの頃から『色んな事に対して諦める事』に慣れてしまっているせいもあってか、幸いに、そこまでガクッとなる事は無かったんですよね。
でも、今回はさすがに、亡くなった時の状況も両親とは全く違う『孤独死』でしたし、父親の死去後にやり取りした手紙では、兄は元気そうで、いつも通り強気の言葉が並んでいて安心していたのに、突然の事だったし、それに1番は、いくら頭では『家族は居なかったと思うしかない!』と諦めていたとしても、
「あ~もう、和多志を産み育てて頂き、長年、関わって下さった実家の3人の家族は全員居なくなり、和多志1人になったんだ!」
と思った時、急に『寂しさ』がこみ上げて来て、これまで長年の色んな苦しい体験も次々と頭に浮かんで来て、ひとり家で、声を上げて号泣してしまったんですよね。
和多志は、幼少期からずっと、多分『和多志を守ってくれる味方』が周りに誰も居なかった為か、『孤独』には慣れてしまっていて、実家や婚家の家族と一緒に居ても、心は孤独だったし、実家を出てひとり暮らしした時も、『寂しい』と思った事は無く、子ども達と引き離されても、末娘が自立し離れてひとり暮らしに戻っても、どんな事があっても、『ひとりになって寂しい!』と思った事が、ほとんど無かったんですよね。
『寂しい』という状況が当然の中に居続けたので、感情がマヒしていたのかも知れません。
むしろ、ひとりの方が、家族に気をすり減らしながら、必死に動き回って家族の世話をし続ける事も無く、ありのままで居られるし、全て自分で決められて自由だし、体調が悪い時も、家事(や家族の世話)をしなくても誰からも怒鳴られずに、ゆっくり寝て居られるし、何しろ、精神的に1番楽なので、『ひとり・孤独』には、本当に慣れてしまっているんですよね。
余談ですが、母子家庭になったあと、母親から、
「お前は強いよ!
私は、どんな事があろうが離婚も出来ないし、母子家庭になるなんて、怖くて考えた事もない!」
みたいな事を言われた事が、1度だけあります。
たまに、父親と兄が、夜、交通安全の講習会?や地域の集会に行って、母親ひとりになった時などは、結婚中や母子家庭時代に、電話がかかって来て、
「ひとりになって怖いから電話した!
2人が帰って来るまで、電話を切るな!」
と言っていた程に、母親は、かなり気が強かったにも関わらず、寂しがり屋でしたからね。
今思えば、誰も『ひとりで強く生きたい!』なんて思わないし、実際、『ひとりで強く生きる』事なんて、誰にも出来ませんよ。
でも、そうせざるを得なかったので、仕方なく、無理やり必死に、ひとり(=心は孤独状態)で生きて来ましたけどね。
『ひとりで強く生きなければならない』ように和多志を育てたのは、母親なんですけどね。苦笑
これまで、様々な職場で仲良くなり、楽しく話せる人が出来たとしても、その職場を辞めれば、だんだんと連絡もしなくなるので、スマホの電話帳には、かなり登録していますが、全く連絡していないんですよね。
和多志の潜在意識の中に、『和多志は居るだけで人迷惑!』という母親からの洗脳が根深く残っているからこそ、頭では『それは、子が親から離れて行かないようにとの洗脳だった』とわかっていても、未だに、なかなか人と親密になれないのだろうと思います。
でも、今回はさすがに、実家の家族が誰も居なくなったという事で、『寂しさ』の感情がこみ上げて来て、
「もし、娘に何かあったら、本当に和多志ひとりになってしまう!
娘と会いたい!娘と話したい!
もっと早くに自分の親子関係の異常さに気付いて、自分の人生に集中し、本当に大好きな相手と自分の温かい家族を作っておけば良かった!」
と大後悔したんですよね。
全ては、『あとの祭り』ですし、元夫のように何度結婚しても、そもそも親子関係で『本物の愛情』を体得していない毒親育ちの人間は、相手選びの段階から、同じ、心にポッカリ穴が開いた愛着障害の相手や、親と似たような支配的な相手を引き寄せるので、うまく行かなかったと思いますから、もう自分の人生を丸ごと受け入れるしかありません。
で、納骨まで済み、ひと段落した時も、本当に『人恋しい』と言うと、いやらしい感じに聞こえますが、
「和多志も、温かい人間関係の中で、尊重され大切にされながら、決して一方通行ではなく、お互いに助け守り支え合いながら、毎日、皆で明るく楽しく幸せに余生を生きたい!」
と、やっと人生で初めて、60過ぎている今、思うようになったんですよね。
もしかしたら、最期に残っていた兄も亡くなり、目には見えないけれど、3人からの『呪い』というか『呪縛』が、やっと解けたという事なのかも知れないと思いました。
別のnoteに書こうと思っていますが、結局、和多志は、幼少期から長年、あまりにも両親と兄を大切に思い尽くし過ぎたからこそ、人付き合いをしなかった両親と兄は、和多志ひとりに、かなり『執着』していたのだろうと思いますからね。
その3人からの、現世での『執着』という『念』の波動が、離れても、ずっと和多志に来続けており、『和多志が親しい人間関係を作らない』ようになっていたのかも知れないと思いました。
良くも悪くも、『想い』や『念』って、『相手に届く』と言われていますからね。
量子力学的に考えても、『想いや念の波動』が、ずっと来ていたのかも知れません。
それが無くなった事で、
「これからは和多志も、兄のように孤独死にならないように、特に、似たような境遇の友達をたくさん作って、お互いに助け守り支え合いながら、毎日をみんなで和気あいあいと楽しく幸せに生きて行こう!
その方が、和多志も娘に執着しないでいいし、娘の精神的な負担も軽くなれば、娘孝行出来るし!」
と思った次第です。
来年からは、『新たな次元の世界になる』と言われており、これからは『横の繋がりの共生社会になる』と言われていますので、似たような境遇の仲間達が集まれるコミュニティを作って、活動して行こうかな…とも考えるようになりました。
これまで、様々な派遣の職場に行きましたが、『親の世話の為に、とうとう結婚も出来ず独身』という女性達も、結構、多かったですからね。
本当に、幼少期から色んな事を考えさせられ、長年、たくさんの事を学び気付かせて頂いた、実家の家族達でした。
兄が亡くなったと聞いてから、当日だったか、その後だったか忘れましたが、何より成仏して欲しいと、家で手を合わせ、あの世に行った兄に話をしたんですが、その時、既に恨み辛みなど一切無く、『長年の感謝の気持ち』を口にしていました。
両親と兄から『大間違いな生き方』を洗脳されて育った為に、本当に心底『生き地獄人生』を這いつくばりながら孤独に生きて来たので、楽しかった事や幸せだった事は、ほとんど記憶にありませんが、そのお陰で、本当にたくさんの事を学べて気付く事に繋がり、しっかり『魂磨き=心の成長』もさせて頂けたし、『この世界の大嘘』にも早くに気付けて身を守る事も出来ているので、今では、心底感謝しています。
逆に、和多志の方は、ありのままを抑え込まれて育った為、ずっと我慢し続けて、自分の気持ちや意見を言わずに、全て相手達に合わせて生きて来た為、家族以外の他人達も含め、和多志のありのままの言動によって、『相手達が学び・気付く事が出来なかった=和多志との関係性では魂磨き=心の成長が一切、出来ず、逆にどんどん怠惰で傲慢になって行っただけ』だったので、心底、申し訳なく思っています。
よく『ダメンズ製造機』などとネットでは言われていますが、和多志は、一切、満たされなかった『命の承認欲求』の為だけに、幼少期から長年、誰かれ構わず、皆に尽くしまくっていたので、余計なお世話ばかりし続けた事で、相手の怠惰な部分を引き出す『ダメ人間製造機』だったのかも知れません。苦笑
最近、ネットで『人間関係の問題の根っこは、ほとんどが承認欲求!』という情報を見ました。
和多志自身の体験からも、『親子関係や夫婦関係での愛情飢餓』と『承認欲求』が、『根本原因』なんだろうなと思います。
話は少し逸れますが…、
当日の記事にも書いていますが、12月21日冬至の日のミトキに、
『世界中の私達の集合意識で、明るく幸せな世界へと、地球を次元上昇させよう!』
みたいなイベントがあったようで、和多志はもちろん現地には行きませんでしたが、家で、その時間に一心に祈ったんですよね。
そしたら、翌朝、精神的なものも多分にあるかも知れませんが、更年期の症状なのか、長年、身体がダル重状態だったのが、軽くなった気がして、空気まで清々しくなった気がしたんですよね。
そして、兄の納骨まで済ませたあと、『寂しさ』がこみ上げて来たと同時に、より身体が軽くなって、もちろん、また若い頃のように走り回って、複数の事を同時にやれるようにまではなりませんが、頭の中もスッキリして、以前より動けるようになって来た感じなんですよね。
確実に、世界は変わって行っている気がします。
これまで長年の『支配主従社会=ピラミッド社会』から、『皆、平等に、お互いに助け守り支え合いながら、楽しく幸せに生きる共生社会』へと変わるタイミングだからこそ、『親子が支配主従関係』だった和多志の実家も、兄はまだ70歳だったのに、宇宙が『強制終了』にされたのかも知れません。
これからは、今までとは真逆で、
『愛の無い人は生きて行けない、愛を基盤とした世界になる!』
と言われていますので、和多志も強制終了にならないように、自分を自分で愛し心を満たし、『命の承認欲求を満たしたいが為の無理やりな言動』ではなく、『本物の愛ある言動』を心掛け、和多志の人生体験で学び気付けた事によって、少しでも『社会貢献』が出来るよう、何らかの活動をして行きたいと思っています。
何しろ、一気にガクッと来ないように、これからは、より自分を信じて、新たな世界で、温かい人間関係を構築しながら、楽しく幸せに生きて行けるように、自分を奮い立たせて、前向きに生きて行こうと誓った今日でした。
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長過ぎる駄文を最後までお読み頂きまして、本当に有難うございました!
宇宙一大好きです!大感謝です!
1日も早く、世界中の人々が健康で豊かで愛情溢れる平和で穏やかな日々を、幸せに過ごす事が出来る『黄金時代』になりますように!
それでは、また!