『幸せをじわれる本質的な生き方とは?』由佐美加子さん対談動画より抜粋まとめ
(20240123)
前回も書きましたが、つい最近、ある発信者の方の動画を視聴後に、そのコメント欄を読んでいたら、ある方が『由佐美加子さんの動画』を紹介されていた事から、すぐに、「社長!今日も斬らせていただきます。」の動画を視聴させて頂いて、『由佐美加子さん』を知ったんですよね。
で、検索して、今回ご紹介する動画を見つけ視聴したら、和多志が20代からこれまで長年、『独学し続けて来て気付けた事の総まとめ』みたいな感じの内容で、
「もっと早く知りたかった!」
と思った程に、めちゃくちゃ感動して、まさに、これからの『風の時代の本質的な生き方』でもあり、『有料級の内容』だと思ったので、今回、ご紹介させて頂きます。
対談動画の中で、『由佐美加子さんが話されている後半部分』を抜粋してまとめていますが、かなり長いです。
しかしながら、『私達の魂が喜ぶ、重要な内容』なので、引き込まれる感じで、グイグイ読めると思います。
もちろん、もっと詳しく知りたい方は、『前野隆司氏との対談動画』の全編を、是非ご視聴下さい!
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第8回 人格塾対談|由佐美加子 × 前野隆司(2020年12月14日開催)
(上の動画の57:05位~を抜粋しながら、まとめてみました。)
由佐美加子さんが考える『教育の基本』とは?
人間は『幼児の時に書いた憲法』で生きている。
なので、子どもが小さい時に、『この子の使命は何なのか?』と、データを親がある程度、把握出来て、それに添って支えて行けて、その子を『存在として無条件に認めて、あるがままを愛して』、『感情の扱い方』を小さい時から教えて、『「私は生きているだけで十分だ!」という感覚を持って生きて行く』という事が『基本』というか『土台』だと思う。
その上で、子どもの『自己表現』とか『能力』とかは、子ども自身が機会を見つけて、自分で磨いて行ければいい。
『無条件の自己愛(自愛)』だけは、小さい時に『周りの人間関係と環境の中で培って行くもの』だから、これだけは子ども達に与えられたらいいのにと思う。
特に、『感情を覚えた時』の、周りの大人達のジャッジメントがものすごくて、それが『自己愛(自愛)を欠損させている』と思う。
「泣くな!怒るな!」
ではなくて、
「その時々の感情を、そのまま感じていいんだよ!
その感情が、あなたの『命のメッセージ』なんだよ!」
という事を伝える事で、『子ども自身が、自分で自分の価値を認められる』ようになる。
致命的なのは、『子ども時代に存在価値を否定される』事!
日本では、ほとんどの親がやっている。
「どうして、あなたはあの子みたいに出来ないの!」
みたいな『否定の言葉』が飛び交っている!
『我慢』と『忍耐』を教え込まれる。
しかし、まずは『命がある事は尊い!』という事と、子ども自身が体験している事が『人類に寄与』しているという事を伝える事が重要!
その上で、『色んな表現』があった時に、『人と比べる』という事自体が異常!
『人間が幸せになる条件』とは?
私は、『ありのままの自分』でいい!
ありのまま愛されていい!
何が出来ようが出来まいが、このままで『存在価値』がある!
その上で、私は誰にも無い『個性』と『ギフト』を持って生まれて来ていて、『私独自の人生のミッション』がある。
これが『前提』であり、これだけでいい!
これを伸ばす教育を考えたらいいのにと思う。
『日本の躾け・教育』について
しかしながら、親や教師自体に、『この思考が欠損している』から無理!
なので、まずは、親や教師自身が、『子どもへの関わり方を変えて行く』事が必要だが、教師は『学校のシステム』があるから無理があるので、『親自身が家庭から変えて行く』必要性がある。
しかしながら、母親自身がそのパターンで育って来ているから、『無意識に自分と同じパターン』でやってしまっている。
『無意識な連鎖』が続いている。
海外に行くと、『日本の教育のダメさ』がわかる。
『日本の自己肯定感が世界一低い』と言われているのも、まさに、この教育の結果。
『何かダメか?何が足りないか?』しか言われないし、『人と比較』される。
子ども時代だけでなく、職場でも社会全体で言われ続ける。
質疑応答
質問;約束を守らない事も『個性』として受け止めるか?
<由佐美加子さんの回答>
『受け入れる』と『甘やかす』は全然違う。
自分は本当は欲求があるのに、
「いいよ!いいよ!それで。」
と『自分に嘘をつく』事は、『相手を甘やかす』事。
遅刻で言えば、自分は『時間通りに来て欲しい』のに、その『気持ちを抑圧』して、遅れて来た相手に、
「いいよ!遅れて来たのは、あなたの個性だよね!」
と言うのは『甘やかし』。
まずは、
「あなたが遅れて来ると、私はこんな気持ちになるから、私はこういう事を大事にしたい!」
という事を『相手にわかって貰う』事が大事だし、同時に、
「相手は、どうして時間通りに来ないのか?」
を『理解しようとする』事も大事。
「約束の時間通りに来るのが正しいでしょ!」
ではなくて、『お互いの気持ちを理解し合う』事が必要という事!
理解し合えたら、人間は『共感能力』があるから、『協力し合える』し、お互いに『どうしたら歩み寄れるか?』を考える事も出来るようになる。
しかしながら、私達は、
「こうあるべき!こう振る舞うべき!」
と思ってしまい、『本当の自分の気持ちとは違う言動をしてしまう』事がよくある。
『人格者』が危ないのは、
「『美しくて正しくて良い』みたいなものだけなんです、私は!」
というのが一番ヤバい。
それを目指そうとなると、そうでない『反対側の自分が全部抑圧される』事になる。
『闇に葬られたもの(シャドー)』にも『光』が当たらないといけないので、色んな問題が起きる事になる。
これが『分離』。
両方に均等に光が当たる状態が『中庸』!
良い悪いなく、『あるものがありますよね!』という『器』として受け入れられる。
『同意』でもなく『合意』でもなく『甘やかす』でもなく、『あるがまま』を『あるとして見れる』事。
質問;『価値なしモデル』で生きて来て、周りに合わせて生きて来た。
生き方に疑問を持ち、エリート街道から降りたら、生きやすくなった。
『価値なしモデル』が『統合』するには?
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※『価値なしモデル』とは、由佐美加子さんの15年以上にわたる人間探求が結晶化した『メンタルモデル』のひとつ。
『痛みの分離から統合へ向かう人』の進化のテクノロジー。
詳しくは、公式サイトや共著本2冊をご覧下さい。 ↓ ↓ ↓
ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー 由佐美加子, 天外伺朗(単行本) – 2019/8/31
無意識がわかれば人生が変わる - 「現実」は4つのメンタルモデルからつくり出される - 前野 隆司, 由佐 美加子(単行本ソフトカバー) – 2020/5/26
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<由佐美加子さんの回答>
『価値なしモデル』とは、『克服行動』が得意!
努力して乗り越えようとする、戦って勝ちに行こうとする感じ。
何の為に頑張って『自分の軸』を無くして、『人の期待に応えている』のか?
『自分は存在価値が無い!』、『ここに居るだけでは認めて貰えない!』と思い込んでいる。
だから、パフォーマンスで証明して、それで人に認められた時に、
「自分は存在価値があると認めて貰えるはずだ!」
という思い込みが、『価値なし』の原型。
『価値なし=顔なし』
どんどん『自分』を無くして行って、『この社会が設定するポジション』を辿ろうとする。
だから、『優秀な人達』が多い。
『ゴール』が明確な内は頑張れる。
『ゴール』に対して疑念が無く、頑張り続ける事が出来る。
『ゴール』が見えなくなった時が苦しく、パニックとなり、とん挫する。
身心が壊れる。
『統合する』には、『自分の時間を取る=自分に時間を使う』事。
『何の意味もない=価値が無い事』をやってみる。さぼる、遊ぶ。
『自分を満たす事』をやってみる事。
ずっと、スケジュールを詰め込み、動き過ぎたと思うので、『止まる』事が必要!
質問;『価値なしモデル』に『日本の教育は最悪』だと思った。
<由佐美加子さんの回答>
現代社会では量産されていて、『大企業の7割は価値なしモデル』になっている。
『優秀で、自分を捨てて、組織の目的に向かって突っ走れる人達』が、重用(ちょうよう)されて来た社会。
つまりは、『没個性』。
これでは、個人は幸せにならない。
『認められる事で居場所が確保出来る』のは、『欠陥欠損モデル』。
『価値なし』は、オーラがすごい。
(次の質問は、質問内容が詳しくわからず、返答されず略)
質問;個々人が『正義感』を手放したら『世界は変わる』と思うか?
<由佐美加子さんの回答>
私は、「『正しいor間違っている』は早く消えろ!」と思っている。
質問;『集合意識、無条件の愛、宇宙と繋がる』などは目に見えないが、客観的にどう評価するか?
<由佐美加子さんの回答>
『無条件の愛』があると、『物事を良い悪い、正しい間違っている』で見なくなる。
あるがまま、「そうなんですね。」と『全てを受け入れる事が出来る』ようになる。
自分が、それに『賛同出来ない』としても、「そう思ってるんだね。」と受け取れる。
『愛=需要(受け入れる)』だと思う。
『受け入れる』と『理解出来る』。
『人に対して、好奇心を持って理解しようとする事』が、『愛』じゃないかと思う。
人のどんなふるまい方、考え、あらゆる思想、色んなものを持たずに
「そう考えるのは、『その人の何かの理由が内側にある』んだね!」
と受け入れる。
質問;『認知する』為に、1番有効な『知覚』は何?
<由佐美加子さんの回答>
『認知』は、『その人の内側の信念=その人の世界から出来ている』と思うので、『自分の内側の世界が、どう作られているか?』を知る事。
質問;『コロナ以降、更に大きな変化に繋がる事が起きる!』と言われているが、どんな事が起きると思うか?
<由佐美加子さんの回答>
これまでの『所有、物質的なものとかの、重い感じの価値の土の時代』から、『情報、繋がり、ネットワーク、モビリティという価値観の風の時代』に変わって行く。
『精神性、心の問題、ウェルビーイング(well-being)の健康、幸せにフォーカスが向く事』が顕著になると思う。
(※『well-being』とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態の事を指す言葉。)
質問;『意味のない事をする判断』が難しい。
<由佐美加子さんの回答>
『本人にとって価値がないと思っている事』をやるといい。
『他人がどうか?』は関係ない。
質問;僧侶をしているが、由佐さんのお話は仏教の考え方に近いと思う。
『生存本能』とは、『仏教』でいう所の『所有とか執着』なのかなと。
そこから脱却すれば、『無意識的な人間』、『深層的な人間』が見つかりますと。
『自己』をいかに忘れて行って、そぎ落として行くか。
蓋を開けてみたら、実は『本当の自分なんて無かった』と言われている。
インド哲学だと『業』とか『カルマ』と言う。
西洋の方は、『自由』とか『独立』とか強めのメッセージがあるが、西洋の方には、どう説明されるか?
<由佐美加子さんの回答>
スピリチュアリティの『三位一体』の思考で行くと、『統合』されているもの。
西洋のスピリチュアルは、外に『神』を置いている。
『スピリットは神です!』と『信仰する対象物』になっている。
神は『自分達よりマシな存在』ですよ。
『神を分離させて物事を捉えている』事が土台。
『修行して克服した暁(あかつき)には神になれる!』という像を作った。
『克服とは、ダメなものを直して行く感覚』になる。
『本当の統合』は、いいとかダメとかの『二元性が無い』状態。
『解脱する』とか、『克服する』とか、『修行した暁(あかつき)には何者かになれるんじゃないか?』って、エゴ的には『目標達成』なので、『物凄く満たされる』が、でも、これは『分離』だし、『自分を嫌悪する』ようなものに対しての『抵抗として克服している』ので、やはり『心の平穏』は訪れない。
私は、
『どうやって抵抗・克服を、人間の内側で終わらせて行くのか?』
『具体的に何をしたら、良いor悪いの内在化している分離の線を薄めて行けるのか?』
に1番興味がある。
でも、これは『宗教的』にはウケない。『修行が無い』から。
私は、
「人間なんて、修行に行かなくても、毎日、修行じゃん!」
と思っている。
『男性が創り上げた宗教観』って、『修行してマシなものになって行く』事に『賛美』する。
『あるものは美しくあるんだよ!』と見て行く方が『統合しやすい』のではないか?と思う。
日本人は、『魂は空に行くんだよ!』という感覚を知っているから、『魂は内在化する』事を知っている。
ネイティブアメリカンも日本人に似ていて、『スピリットが宿った身体が人間』という認識。
質問;『日本人の集合意識』が『恐怖』から視点を外し、『愛』へとフォーカスしたら、コロナ後に起きる凄い事がソフトランディングしますか?
<由佐美加子さんの回答>
『起きる現実は変わる』と思う。
『不本意な現実』って、どうして起きるかと言えば、『自分の内側にある分離を統合する為に起きている』から、『統合されれば起きない』と思っている。
『起きる事は作り変えられる』と思う。
多くの人達が『恐れ』から外れて行って、
「私達は全てと繋がっていて、起こる事が必然で、全て起こる事が起こるように起きているだけです!」
と生きる事が出来たら、『起きる事も変わる』し、『消費の仕方』から『生き方』から、全部、変わって行くと思う。
私は、『そこに1番希望がある!』と思っている。
質問;ありのままでいいのであれば、人は変わる必要はないという事?
<由佐美加子さんの回答>
人間は常に『あるがまま』を直視して、それを『感じているだけ』で、自然と変わって行く。
逆に、『あるがままを感じようとしない』から変わらない。
人間を変えるものは『体験』。
『外側の世界』を持っているから、人間は『変容』する。
『外側の世界をどう感じるか?』が変わって行くと、人間は『内側』はもちろん、『あらゆるもの』が変わって行く。
本当は、『どんな瞬間も変わり続けている』けれど、それを『感じ取れない』程に、『感じる』事をしていない。
そこが問題!
質問;自分は「頑張ってもダメだ!」と思っているが、『魂が喜ぶ生き方』とは?
<由佐美加子さんの回答>
『何かをする』事ではなく、『感じられる』事。
『自分はありのままで、ここに存在していい!』という『安心感』がある事。
「何が出来ても出来なくても、何にチャレンジしても、自分はありのままで大丈夫だ!」
と『自分自身が思える』事。
「あ~本当に、それは大丈夫なんだ~!」
と感じた時に満たされ、じわっと『味わう』と、涙が出るような感じ。
刺激を受けた『歓喜』という事ではない。
「本当に生きてて良かった~!ここに居て良かった~!」
という感覚になる。
『じわっと思える感覚になる』事=『じわる』。
華々しい事ではなく、偉大な事を成し遂げる事ではなくて、
『自分が、この世界に居て良かったと思う、満たされる感覚』
が、『自分の内側から込み上がって来る』感じ。
私達は幼児期から、
「誰かが自分を認めてくれたら、自分も自分の事を認められるし、誰かが自分を愛してくれたら、自分も自分をやっと愛せる!」
という思考になっている。
それを終わらせて、
「私が私を愛する事によって、私が世界を愛せる!」
と軸を反対にひっくり返す。
私達は、ほっとくと、ずっと幼児のままで、
「誰か、自分を認めてくれる人が現れたら…」
みたいに待っている。
そうではなくて、『それは自分で出来るんだよ!』という事を、『自分が理解』して、『その自分を創り出す』為に、
「『そんな自分に、どうやって関わってあげたらいいのか?』という事を学んで行けたらいいですね!」
という事が、『大人として成長して行く』という事だと思う。
『自分で出来る』ようになると、不思議な事に、『外側は何も変わっていない』のに、
「自分って、こんなにも愛されていたんだ!」
と思えるようになる。
だって、『自分の内側』が、
「私は認めて貰えない!」
と確定しているから、外側でどんなに賞賛されても『聞いていない=スルー』している。
「自分は、ありのままでいいんだ!」
と『自分の内側で思える』と、外側も『ありのままでいい!』という『体験』がやって来る。
元々、愛されていたけれど、『自分の内側』が、
「愛されない!」
だから、『全部、受け取らず、それを跳ね返す』事をしている。
無意識に、『否定的な言葉』は受け入れ、『肯定的な言葉』は跳ね返している。
まず、『私が私を受け入れ愛する』事。
『恐れ』とは、『体験したくない』事。
『絶対に無い!』ようにしたいから、最初からやらない。
チャレンジして、ガッカリしたくない。
『チャレンジしない』のは、『体験も無い』という事。
でも、『過去にネガティブな感情を味わったから、二度と味わいたくない!』のはわかるが、『全く同じ事は起きない』し、『最悪、死にはしない』から、『チャレンジ=体験し続ける』事が必要!
(次の質問は、質問内容が詳しくわからず、返答されず略)
質問;『自然界のあるがままの姿は変わる事』なので、自然物である『人間も、自分の心が発する声に従って変わる事があるがままの姿』ではないでしょうか?
<由佐美加子さんの回答>
人間も『内側の世界』は変わり続けて行っている。
『ずっと同じ人』は居ない。
常に『初めて会う感覚で、その人の事を見れる』と面白いと思う。
人間は『プロセス』である。
質問;『じわる』という事は、没頭している事とは違いますか?
<由佐美加子さんの回答>
『行為』では無く、『状態に発生するもの』。
『自分の内側』で、
「あ~生きてて良かったなぁ~」
と満たされて、『幸せを感じられる』事。
『生きている喜び』という事。
『アドレナリン』ではなく、『オキシトシン』や『セロトニン』の方。
『繋がりを感じられている状態』だと思う。
質問;『あるがまま』と『我がまま』の違いは?
<由佐美加子さんの回答>
『我がまま』は『自分さえ良ければいい!』という事。
『自我意識の分離状態』が作り出している意識。
人間は、『自分の身体=魂の器を生存させる事』が本能的には1番重要!
『器=身体』が無かったら体験出来ないから、『器=身体』を死守しようとするのは当然!
『自分の内側』に1番強く持っているもの。
でも、『自分さえ器=身体が生き長らえればいい!』と言っても、『人間は自分ひとりでは生きられない』という宿命だし、『全ての繋がりの中で生かされている存在として生きている』わけだから、実際には『我がまま』って無理があると思う。
やはり、『私達は、周りとの繋がりの中で、相互に依存しながら生きている存在』なので、『人間の本質である言葉ではない』と思う。
『あるがまま』というのは、『あるものが、ただある。』と『受け止める』事を差している。
全て万物は『あるがまま』として捉える。
そこに対して、『変えよう!』とか、『支配しよう!』とか、『コントロールしよう!』とかの『執着がない』状態。
『全て受け入れてます=ビーイング(being)』
対談最後の由佐美加子さんのメッセージ
私の願いは、
『どれだけ、自分の人生が美しく織りなされているか?』
『どれだけ、人間の内側に、本当に全ての世界があるのか?』
というのを、みんなが「そうだよね~!」と思って生きられるようになったらいいなと思っている。
『人間は邪悪だ!』とか『色んな問題がある!』とか見られていて、行動にはそういう事が起きるが、『それは、その人なりの合理的な内側の理由がある』というのを、『批判とか間違っているとか、良くないとか正しくないとかの言い方』ではなくて、どこまでも、『人間が、何故、そう振る舞わざるを得ないのか?』を『理解したら必ずわかる』。
そういう風に人間が繋がって行って、その『理解し合う事』こそが『愛』だと思っているので、それをベースに『人間社会の繋がり』が、そうなるだけでも、みんながもっと生きやすくなると思う。
『自己否定、自己批判、自己憎悪』みたいな事をして生きるのではなく、何の証明もしなくていいし、頑張りたかったら頑張ればいいし、表現したかったら表現すればいいし、ベースは全ての人達が『あるがまま』で、『本当は、そのままで美しく出来ているんです!』っていうところが、『教育』とか『人間関係の基本』に早くなればいいのにと思っている。
『そう出来なくなった人達の内側に、何が分離しているから、そうなったのか?』という事さえ、『本人が理解』出来れば、人間は『行動』も、あっと言う間に変わる!
それを『罰したり批判したりする社会』が悲しいなと思う。
『違う関わり合いを模索して行けたら』と思っている。
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世界にないものは、あなたの中にある | Mikako Yusa | TEDxHimi
TEDにも登壇されています。是非、ご視聴下さい!
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ここから、『和多志の実際の体験談と気付き』を書いていましたが、かなり長くなってしまい、内容も濃過ぎたので削除しました。
別の機会に何かで発信したいと思います。
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長文を最後までお読み頂きまして、本当に有難うございました!
宇宙一大好きです!大感謝です!
1日も早く、世界中の人々が健康で豊かで愛情溢れる平和で穏やかな日々を、幸せに過ごす事が出来る『黄金時代』になりますように!
それでは、また!