掌編小説 天気雨
すでに葉桜となったそれを見上げると、風に吹かれざわめく葉の隙間から日の光がちらちらと見え隠れした。
日の光にノスタルジーを感じるのは、珍しいことなのだろうか。幼かったあの頃、子供たちは皆、日の光に照らされていたように感じる。一つ一つの出来事がぼんやりと明るく、暖かな日の光に包まれた光景ばかりが思い浮かばれた。
実家の近くに佇む小さな神社に、ブランコがある。それをふと思い出し、近くを通ったついでにふらっと寄ってみたら、目の前にあるブランコは記憶の中のブランコほど大きくなくて、首を傾げながらも懐かしさが勝ってしまい、気付いたらブランコに乗っていた。
軽く漕ぐと、キーコキーコと音がする。その音が何とも心地よくて、しばらくブランコに揺られた。単調な動きを続ける。妙な安心感に包まれ眠気を感じつつ、おもむろに上を見やる。
ブランコに覆いかぶさるかのように、桜の木は生い茂っていた。葉の隙間から見え隠れする日の光は、あの頃の日の光ととてもよく似ていて、もしかしたらあの頃に戻ることができるのではないかとさえ思いもした。
「優佳ちゃん」
いきなり後ろから声をかけられて、思わず肩をすくめる。
「優佳ちゃん、一緒に遊ぼう」
確かにそう聴こえた。小さな女の子のような声だった。近所の子かな? でもなんで私の名前を? そう思い振り返ったが、誰もいない。
不思議と嫌な感じはしなかったが、昔を懐かしむあまり本来は聴こえるはずのない声が聴こえてしまったと思い苦笑していると、頬が濡れた。
雨だった。日の光は相変わらず差しているのに、雨が降ってきた。錦糸のような雨が、さらさらと降り注ぐ。
この雨も、いつかは止む。それが惜しくて、濡れるのもお構いなしに見上げ続けた。
「優佳ちゃん」
また聴こえた。
「優佳ちゃん、また遊ぼうね」
「うん、またね」
雨は、静かに止んだ。