掌編小説 いつかの月夜

 仕事が終わり、足早に駅へと向かう。最近涼しくなってきたとはいえ、まだ夏は去っていない。じわりと汗ばむ。

 駅のホームで、電車を待つ。ふと見上げると、屋根と屋根の間に月が浮かんでいた。満月ではない、少しだけ欠けた月。皆には見向きもされなさそうな中途半端なかたちだったが、その不完全な丸が反射させる光は凛としていて、秋がすぐそばにいるのだと感じさせられた。

「月がきれいですね」

 SNSに一言、投稿してみる。自宅と職場の往復をする毎日の中で見つけた、小さなやすらぎ。それが今日の月だった。
 月は、自ら光らない。夜、太陽の光を一身に受けたとき、その姿を見せる。光は影をもたらすが、そんな影を夜の闇がごまかしてくれる。月の光は、影を持たない。月が優しく見えるのは、そのためなのだろうか。張り詰めていた表情が少しだけ緩んだのが、自分でも分かった。

 電車到着のアナウンスが流れる。電車に乗り、空いていた席に座ると、SNSを確認する。いいねが一つ、ついていた。