家族の病気が発覚
「ああ、口の中に腫瘍ができているね」
「しゅ、しゅよう?」
フランス語で腫瘍を意味する tumeur がわからなくてバカみたいに聞き返した。
「そう、腫瘍。つまり癌だよ」
年配の獣医さんはそう言って、14歳ならしかたないね、と付け加えた。
目線が低い車イスのぼくにも見ることができるようにと、獣医さんが患部の写真を撮れるようにしてくれた。ルルちゃんの左上顎奥歯の周囲が凄く痛そうなことになっている。
【下に口の中の患部の写真を載せています。苦手な方は閲覧注意でお願いします】
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この年齢のネコには珍しいことではないそうで、分析結果が出てからでないとはっきり言えないがと前置きしつつも、見たところ予後は良くなく、悪性の場合、出来ることはないという。それを聞いて友人夫婦の愛猫も口の中の腫瘍で昨年亡くなったことを思い出した。
ショックだった。
暫く前のこと、妻が「ルルちゃんお口くちゃいね」って話しかけていて、そのときはあまり気に留めなかったけれど、ここ数日なんだか元気がないと思ったら唾液に血が混じっているのを妻が見つけて、慌てて近所の動物病院に電話した。
ルルちゃんにとって動物病院は8年ぶりだ。あのときは二泊の入院で元気を取り戻したし、それ以降は病気知らずだったので、今回もあまり深刻には考えていなくて。ただ心配していたのは、体重10キロの大きなネコなので、暴れずに小型犬用のバッグに入ってくれるかどうかだ。
けどそれは杞憂だった。本当に調子が悪いときは抵抗しないものなのかもしれない。
車イスの膝にバッグを乗せ、不安げなルルちゃんをなだめながら、うちから10分ほどのいかにも動物使いっぽい老獣医師のところに連れてきたのだった。
「とにかく検査をしましょう。夕方5時半に迎えに来てください。」
そう言われて動物病院を出たけれど、まっすぐ帰る気になれなくて入った朝の混んだカフェで夫婦で少しメソメソしてしまった。
いつかはお別れしなければならない日が来るのは頭ではわかっている。わかっているけれど…。とにかくルルちゃんにストレスを与えないようにしよう、と話し合った。
家に帰るといつもは迎えに出てきてくれるルルちゃんが、当たり前だけど居ない。
それだけですごく殺風景な部屋になった気がする。
ルルちゃんが本当に居なくなってしまったら、どんなに寂しいんだろう…。
子供の頃から家にネコがほとんど常に居たんだけれど、腎臓が弱ったり猫糖尿病とかはあっても、口の中の癌というのは初めてで見識がなかった。昔は出入り自由にさせていたので、死期が近づくとネコは死に場所を探して家出をしてしまう。気が付かなかっただけで、口の中の癌で亡くなった子もいたのかもしれない。
今はもう実家には猫が居ないけれど、最後に老衰で亡くなったクララは19年生きた。その記録に並んで、あわよくば更新して欲しい、というのが夫婦の願いでもあった。
約一年前に妻が撮ったあくびの写真を見直す。今になって見ると奥歯の周囲が少し赤いようにも見える。このとき気づいていれば何か出来ることがあったのだろうか。
聞くところによると猫科の動物は虫歯にならないらしいけれど、その代わり歯石は付きやすいし歯周病は非常に多く、そうなると命にも関わるそうだ。長年ネコと暮らしていたのに不明を恥じるしかない。
早くルルちゃんを連れ帰りたい思いで、緊張しながら夕方迎えに。
レントゲン写真によると左上顎の骨がだいぶ無くなってしまっており、やはり悪性である可能性が高いとのことだった。
ルルちゃんの口の中の組織と歯が入った小さな箱を渡されて、これに分析費58ユーロの小切手を同封して指定のラボに郵送するようにと獣医さん。そういうことがセルフサービスなのがフランスらしい。
「どのくらいで結果がわかりますか?」
「10日くらいだね。それまでこの抗生物質を1日1錠あげて。犬用って書いてあるけど猫も大丈夫だから」
(今日は1月24日の金曜日だから10日後は2月3日頃か。)
「それから、彼はおそらく眼もよく見えていないよ」
見えていないわけではないけれど、動体視力が弱そうだと以前妻も言っていた。でも今は眼よりも命に関わる病気のケアを優先しなくては。
ケージでふーしゃー言うルルちゃんを妻がなだめて犬バッグに入れ、だいじょうぶだよ、がんばったねと声をかけながら連れて帰った。
家に着いてバッグから出すと麻酔が覚めきっていないのかフラフラで、歩こうとしてはよろよろ倒れるのを繰り返してかわいそうだった。
組織と奥歯をとられたダメージで、さすがに朝よりもずっと元気がない。
(このままどんどん弱っていってしまうのかな)と思うと怖さを感じたけれど、家族を不安にさせたくなくて口には出せなかった。
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