中国 キャラクター名称などの商標先取り対策
日本の漫画やアニメ、ゲームなどの作品名や登場するキャラクターの名前は、芸能人の名前と同様に、商標権を取得して保護を受けることが好ましく、そうした重要な知的財産に関する商標権を中国で第三者に先取りされた場合、中国国内での先使用を主張による非侵害を主張して、或いは不正競争行為を理由に不正競争防止法(中国では、反不正当競争法)に基づき裁判で紛争を解決することになるため、第三者による先取り商標登録を阻止することには大きな意味があります。
良く知られている通り、中国では日本の漫画やアニメ、ゲームなどの作品名やキャラクター名は長く商標先取り出願のターゲットとなっています。ここでは、この種の紛争事案の多い株式会社集英社(以下、集英社)の事例、主に異議申立事件の検証に基づき、そうした名称の先取り商標出願事件について、中国商標局はどのように審査しているのかを概説し、こうした事件に巻き込まれた或いはその可能性のある関係者の参考に供します。
集英社の人気漫画作品は、よく知られている「ONE PIECE」、「SLUM DUNK」、「北斗の拳」、「るろうに剣心」や「キャプテン翼」などなど、かなり数多くあります。中国でターゲットになり出願件数が多い集英社の作品とその出願件数を正確に把握することはできませんが、公示されている商標出願異議申立や無効取消の審決結果によると、最もターゲットになっている作品は「鬼滅の刃」関連(26件)、次に、「NARUTO-ナルト」関連(15件)、「ドラゴンボール」関連(14件)と続き、「呪術廻戦」、「ワンパンマン」、「キャプテン翼」、「遊戯王」、「HUNTER×HUNTER」、「食戟のソーマ」などがそれぞれ1,2件となっています。件数の多い3つの作品は、最近の中国の商標出願ブームとタイミングが合った、或いは中国でその作品を視聴できたことがその理由となっていると思われます。
中国の商標制度は、先願主義を原則としているため、誰でも商標出願を自由に行うことができます。したがって、先取り商標出願が初級審査を経て公告された場合、公告日から3か月以内に異議申立(第33条)でその登録を阻止することが原則となります。その異議理由に利用できる商標法の条文は以下の通りです:
第4条 使用を目的としない悪意のある商標出願
第10条 使用することのできない商標出願(絶対的拒絶理由)
第11条 型番や一般名称など登録することのできない商標出願
第12条 立体物自体の性質や効果に基づく立体商標出願
第13条 未登録の馳名や著名(知名)商標の商標出願*
第15条 代理人などの不正行為による商標出願*
第16条 地理的標識に関する商標出願*
第19条 商標代理人による不正な商標出願
第30条 方式違反、既存の類似商標登録や商標出願(相対的拒絶理由)*
第31条 同一商標の同日出願*
第32条 既存の先の権利を侵害する商標出願*
*の付いた理由を利用する場合、匿名で異議申立はできない。
なお、異議申立期間経過後に発見したり、或いは異議申立に失敗した場合は、無効取消(第44条)で対応することになりますが、悪意の立証ができな場合は登録日から5年間の制限があるので注意しなければなりません。
作品名やキャラクター名の先取り商標出願に対しては、既に先行する類似や同一の商標出願や登録があれば第30条を異議理由に活用することができます。しかし、そうした先願、先登録がない場合は、第32条の既存の先の権利を異議理由に主張することになりますが、その既存の先の権利の対象は、商号権、著作権、意匠権、氏名権、肖像権、地理的表示及び保護すべきその他の合法的な先行する権益とされているので、通常は著作権を考えるのが一般的です。
ところで、作品名やそれに登場するキャラクターの名前は、基本的に著作権の保護対象とはなり得ないことはご存知でしょうか。
作品名(題名やタイトル含む)は、短文の名前で通知を目的とすると理解されており、名称として創作性がないとされており、文字をデザイン化したものを含めて著作権で保護される対象とはされていません。
キャラクターについては、その個別の個性などを表現した作画作品について、著作権が発生することに議論はないですが、その名前については作品名と同様に著作権で保護される対象とされていません。日本ではいくつか判例がありますので、個別に読者においてご参照頂くとして、中国でも原則的に同じ判断となります。
こうしたことから、先取り商標出願の審査や審判において、この点をどのように判断しているかについても、審決書で確認しました。なお、中国の商標出願の審査や審判結果について、一般が知ることができる情報は審決の抜粋要約になるため、権利者の細かな主張や個々の証拠の内容について確認できない事情があることにあらかじめご了解ください。
「鬼滅の刃」関連26件の分析
先取り商標出願の対象となった「鬼滅の刃」関連の標章は15個と比較的多く以下の通りです:
鬼滅の刃に対応の「KIMETSU NO YAIBA」2件、
竈門禰豆子(かまど・ねずこ)に対応の「祢豆子」4件、「NEZUKO」1件、
竈門炭治郎(かまど・たんじろう)に対応の「灶门炭治郎」2件、
胡蝶しのぶ(こちょう・しのぶ)に対応の「蝴蝶忍」4件、
冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)に対応の「富冈义勇」3件、
時透無一郎(ときとう・むいちろうう)に対応の「时透无一郎」2件、
以下はそれぞれ1件のみである、錆兎(さびと)を「锖兔」、真菰(まこも)を「真菰」、これらを組み合わせた「锖兔真菰」、栗花落カナヲ(つゆり・かなを)を「栗花落香奈乎」、不死川実弥(しなずがわ・さねみ)を「不死川实弥」、煉獄杏寿郎( れんごく・きょうじゅろう)を「练狱杏寿郎」、伊黒小芭内(いぐろ・おばない)を「伊黑小芭内」、嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)を「嘴平伊之助」、宇髄 天元(うずい・てんげん)を「宇髓天元」。
出願された区分は、5類、8類、9類(2件)、10類、14類、18類(2件)、20類、21類、25類(4件)、26類(2件)、28類(9件)、35類と比較的広いが、18類は杖など4類似群、25類は衣類や靴など11類似群、28類は民族体操器具(刀・剣)ほか6類似群などに鬼滅の刃の内容に関連する指定商品に集中していることも特徴的である。
出願人は14社と個人1名で、デパート5社、ECサイト店舗と思われる4社が含まれることは特徴的である。関与した出願代理人は11社ある。
鬼滅の刃のキャラクター名の異議事件では、「祢豆子」商標出願43278324(2019/12/23)、指定区分25類衣類ほか(類似群:2501; 2502; 2503; 2504; 2505; 2507; 2508; 2509; 2510; 2511; 2513)の異議決定の(2021)商標異字第87874号(2021/7/13)を商標局は鬼滅の刃関連のリーディングの審決と位置づけている模様で、他のキャラクター名の異議申立や無効取消事件で参照している。商標局は、本件において異議申立人(集英社)が提出した証拠は、「祢豆子」は日本で最も人気のあるアニメ作品「鬼滅の刃」の主人公の名前であり、中国を含む全世界で一定の評判を得ていることを証明しているとしており、「鬼滅の刃」と主人公の「祢豆子」が日本だけでなく、中国を含む世界的によく知られていることをまず認定しています。
そして、商標出願標章の「祢豆子」は、主要キャラクターの竈門禰豆子(かまど・ねずこ)の名前と同一であり、それは独創的あること、そして、名称商品化権としての先行権利の保護を受けることを認定しています。
商品化権については、中国でもこの10年間にその権益を具体的に立法化できてはいないものの認める傾向にあり、本件では著作権者は漫画作品のビデオを公開、販売、開発に関連する事業を行う権利を享受するとし、商標法32条の先の権利の対象であることを確認しています。そして、商品化権の対象に、本件の指定商品の衣類も含まれるため、本件商標出願が登録されると市場での誤認混同、権利者の享受する市場での優位性や取引機会を占有し侵害するおそれがあるとして、32条の既存の先の権利を侵害する商標出願と認定しています。
集英社が提出した証拠には、おそらく当該案件の出願日より前の中国国内でもよく知られた状況を疑問なく立証できる資料が必要十分の量で提出されたと推測します。日本での証拠ではまったく不足であり、「よく知られた」を立証するには中国国内での証拠が証拠全体の70%以上あるべきで、それも実質的なものでなければなりません。
先の権利について、集英社がどのように主張したかわかりませんが、審決に名称商品化権(名称商品化权)としていることから、漫画作品の著作権とその作品のキャラクターであることの立証、そして、商品化権の対象となることにも一定の立証をしていると思われます。名称商品化権の用語のほかにキャラクター名称権(角色名称权)と指摘している場合がありますが、これは氏名権に近い表現であり、商品化権とはやや意味合いが違うように感じていますが、審決上の法的効果に違いはないと理解しています。
審決を確認していると、同一や類似する先行商標がないにもかかわらず、商標法30条を適用している場合があります。この条文の先頭は、「出願が本法の関係規定を満たさない場合」となっており、先取り商標出願の出願人が他にも同様の先取り出願を行っている場合、或いは、同じ異議申立人の関係事案と密接に関係しているが、立証が不足しているような場合に、利用されているもようで、趣旨としては、「明らかに他人の商標の模倣、剽窃する故意があり、正常な商標登録管理秩序を乱し、商標法の欺瞞手段或いはその他の不正な手段で商標登録を取得することを禁止する立法精神に背いている」と認定するためと理解できます。この趣旨の条文としては第44条があるが、異議申立では30条、無効取消では44条を利用すると理解しています。
異議申立する側としては、悪意の商標出願であるとの気持ちもあり、4条1項の「使用を目的としない悪意」や10条1項(7)号の「欺瞞的性格を帯びているもの」や(8)号の「社会主義での道徳、風習を害し(公序良俗)、或いはその他の有害な影響を及ぼすもの」を主張理由にしたいところです。最近の商標局や復審は、こうした先取り出願は10条の対象に該当しないとの判断を下す傾向があります。また、4条の使用を目的としない悪意の立証は商標の売込みでもなければ立証は難しく、そのハードルも高いため、7条1項の信義誠実の原則違反を加えることができる程度かと思います。
以上をまとめると、作品名やキャラクター名称の先取り商標出願に対しては、32条(既存の先の権利)に基づき、作品の著作権とキャラクター名の商品化権の存在を証拠とともに主張すること、先取り商標出願人の出願案件に作品の名称やキャラクター名が含まれる場合は、30条に基づき、正常な商標登録管理秩序の混乱を証拠とともに主張することがスムーズな手続きと考えます。そのほかに、商標審査審理指南の第2章5節にあるような大量な悪意出願の情況が出願人にあるような場合は、4条や7条1項を証拠とともに主張することになります。
ところで、「鬼滅の刃」自体の商標出願に対する異議申立がなく、「KIMETSU NO YAIBA」のみとなっていることには、中国特有の理由があります。「鬼滅の刃」には「鬼」が含まれており、中国の商標実務上は、10条1項(8)号「社会主義での道徳、風習を害し(公序良俗)、或いはその他の有害な影響を及ぼすもの」により絶対的拒絶理由の対象となります。この対象は、不明確な点も多いですが、例えば「骸骨」、「革命小酒」、「鬼吹灯」、最近の事例ではコロナウィルス関連の「火神山」、「雷神山」などもその対象とされています。こうしたことから、本来の権利者である集英社も拒絶されています。
集英社のほかの「NARUTO-ナルト」や「ドラゴンボール」も以上のような状況ですが、集英社の漫画作品であっても、そのキャラクターの中国での周知性(よく知られた状況)を立証できない場合は、異議申立や無効取消に失敗している事案があります。
特に、商標権が10年過ぎて更新されて存続しているような場合は使用もあり、権利が安定しているとの判断がなされるために、明確な悪意性を立証できない限り無効化に成功することは難しい。
最後に、集英社の商標先取り事件を確認していて、次のような商標出願ECサイトが利用されていることが分かりました。①腾讯云计算(北京)有限责任公司、②阿里巴巴科技(北京)有限公司、 ③知域互联科技有限公司、④北京畅得科技有限公司、⑤郑州八戒知产云网络科技有限公司ですが、①テンセント、②アリババはご存知と思いますが、受注から出願処理まで自動的に行うサービスを提供しています。上記のいずれのサービスも年間処理件数が10万件ほどと大きく、悪意先取りの温床になっているように思います。アリババは、冬季オリンピックのキャラクターを出願したとして最近処分を受けていますので、代理人による不正行為も異議理由に追加することも一案と考えられるかなーと思っているのは当職だけではないかもしれません。
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