危険なクラクション
これは自分で会社を始めた頃の話です。
この頃は今と違って
現場に出るとかではなくて
自分は仕事を取って割り振って
利ザヤを稼ぎ暮らしていました。
一応建築関連の会社なので
車を買ったのだけど
作業車ではなく
乗用車としての軽自動車だった。
もちろん予算が無いので中古
半年くらいは正常に
稼働してくれていた。
駐車スペースは
同じ形状のアパート(5階建て)が
何棟もありその真ん中にあった。
冬の寒い土曜の朝5時くらい
コンビニがちょっと遠かったので
車で行こうとエンジンをかけた瞬間
それは起きた
ビーーーーーーーーーーーーー!!
けたたましい音のクラクション
え?
慌ててエンジンを止めると
クラクションは鳴りやんだ
もう一度エンジンをかけると
ビーーーーーーーーーーーーー!!
意味がわからない
次々とアパートのカーテンが開いていく
ちがう、ちがう、これは罠だ。
これは罠なんだー!
とオフレッサー上級大将のセリフが
脳内をリフレインする(銀河英雄伝説より)
クラクション鳴らしているけど
今一番警戒してほしくない男がいるならば
それはイッツミー!!!!
んなぁ馬鹿な話ない
エンジンかけたらクラクション
そんな話なら聞いた事がなかった
もう一回エンジンをかける
ビーーーーーーーーーーーーー!!
さっきよりカーテンが開いている
「うるせーーーぞ!!」
安いアパートだから柄の悪いおじさんも多い
とりあえず乱立するアパート
東西南北に向けて1回ずつは頭を下げる。
とにかく混乱の中にいるし、知識もない
どうしていいかもわからない
もう一回エンジンをかけてみる
ビーー
ちょっとキーを親指でグイっと押し込むと
エンジンはかかったままクラクションは止まる
親指を離すと
ビーーーーーーーーーーーーー!!
「うるせーつってんだろー!」
さっきから怒声をあげるおじさん
西の方角には特に重点的に頭を下げた
これ何に巻き込まれた?
意味がわからない!!
こっちだって被害者なんだよ!!
焦りは憤りを生む
文句のあるやつデテコイヤー!!!!
というか、本当出てこられたら
ひたすら謝るしかない
土曜日の午前中の朝
俺は加害者ど真ん中!
レッカーという考えが浮かばず
鍵を右にひねり続ければ
音は止まるしエンジンはかかる
キーをもったままなら運転できる。
紡がれた加害者の思考は
イケる!!
だが、今じゃない。昼だな
購入した車屋までは
主要道路を使えば10分だが
主要道路は流石に使えない
裏道でいけばいい
15分の運転で到着する。
指に圧をかけつづけるしんどさもあるが
そこは阿呆になればいい
もしクラクションが鳴ってしまい
相手が降りてきたら
焦点を合わせず白目をむき
あわあわあわあわ言ってやる。
涎も垂らそうじゃないか
運転しているとき常に身体を
上下にドゴンドゴンさせよう。
相手のバックミラーには
ヤバイ奴が映るように心がけよう。
そんな前振りがあれば余計なトラブルは
事前に回避できる確率が上がる。
車屋に連絡し、お昼時を狙い
12時ジャストに車屋さんまでの
ミッションインポッシブルが始まる
駐車場でエンジンをかける
ビィーーーーーっ
よし、止まる
口に含んだポカリを程よくこぼし
駐車場を出たらすぐ
もう右手の親指に力が入らない・・・
親指早っ!
2012年流行語大賞があるならば
親指早っ!かもしれない。
正確に言うと
2012年だったかは覚えていない
ビビビ
あぶないあぶない
今のは警戒音でやり過ごせる
何とか慣れて来たけど
親指は物凄くしんどい
7分くらいか、もう指が持たない。
裏道とはいえ、大きな十字路だ
今なら離せる
ビーーーーーーーーーーーー
指の圧が抜けていく
なんだこの心地よさ
指に圧がかからないって
こんなにも晴れやかなのか!
マイナスからの正常は
物凄くプラスに感じた
人生ってこんなにも素晴らしい!!!
シャンゼリゼが歌いたい!
というか指を離すとき
エンジンを切ればよかっただけじゃね?
そのことが脳内を過ったが
気づかない事にした。
俺と同年代の息子、息子の嫁
さらにその親父さんが
3人で経営している中古屋さん
奥さんはチャキチャキだけど気が利く人で
旦那さんはちゃらい営業マン
そして親父さんが整備士
すぐ見てもらっだのだが
「これ直せないわ」
『え?』
えっと言う以外にない。
このまま帰れないし
クラクションだけで廃車?
三菱の自動車なのだけど
三菱に持っていって色々聞かないと
無理とのこと。
困り果てた
『どうしたらいいですか?』
解らないから案を出して欲しい
そしたら親父さんが案を出してきた
「クラクション要らないのじゃない?」
『えっ?』
「線を切ればいいじゃない
俺、クラクションなんて
今まで何十年って運転したけど
一度も鳴らした事ないよ」
本当だろうか?でもあなたそれは
車屋の見解としては正しいの?
確かに言われてみれば
クラクションは鳴らさないな
この頃はドライブする余裕もなかったし
山道を走っていないし
危ない場面にもそうそう出くわしていない
最悪警戒すれば大丈夫かな?
取敢えずその作業を
お願いする他なさそうだった。
手続きがあるので建物の中に入り
書類などにサインをしていて
コーヒーを飲んで、ちゃらい息子と
世間話しをしていたら、
作業が終わったと親父さんが伝えにきた。
オヤジさんはそのままどこかにいった。
奥さんがミカンをくれたので
それを食べて一息ついて
息子さんに車まで案内されたのだが
丁度、どこかに行く親父さんが
俺達の前を車で通りかかった。
ありがとうございます!
そういう意味合いで頭を下げた
声を出しても車の窓を閉めているから
聞こえることはないだろう。
親父さんもそれを感じ取ったのか
俺たちの前を通過するとき挨拶してくれた
ピッー
それは乾いたクラクションの音だった
え?
いやお前えーーーーーーーーー!!
おいこら団塊の世代!!
年配の方には失礼だけども
人生初のクラクションが随分軽快だなおい!!
というか警戒するよ!そのオツムをなっ!!
次に車を買うときはこの車屋さんを避けよう
彼のクラクションは俺に危険を知らせていた。
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