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非常識人 第三十六話 ムショ6

幸福とは与えられるものでは無い。
自らが気付く物だ。

生を受け、眠りにつくまでの間。
一般的な人の死への途中経過を例に出す。

目や耳、体の節々の機能。体力。思考力。

元々与えられていた当たり前を歳を取るごとに当たり前に失う。

当たり前を無くして初めて人は自分が幸福だった事に気付く。

愚かな生き物だ。
当たり前な事など何一つ無い。

内掃工場での一日。

AM 4:00過ぎ。目が覚める。
読書や書き物などをして時間を潰すことは不可。
眠るには眩しく、起きるには暗い常夜灯。

何も考えずに過ごす。

AM6:30。起床。

点呼。朝食。食器口に手を伸ばす。

卵かけご飯風ソース
納豆
きなこ

朝食の人気メニューナンバー3だ。

AM 6:45。
工場に出る。

整列。

「◯◯さん!五指を揃えなさい」

朝からうるさいオヤジ。

整列の際には指を伸ばさなければならない。

さながら出来の悪い軍隊だ。

内掃工場は「当たり」の工場だった。 

人間関係は比較的良好。
というより癖のある人が少ない。

お互いに気が合わなければ話さない。
関わらない。
気が合う人が三、四人いれば十分に暇は潰せた。

刑務所内の掃除をする仕事。

歩き回ることで気分転換にもなる。

バレたら不正講談で調査になり得るが、コソコソ小声で会話もし易い。


いわゆる「変な人」が多い工場は、通称モタ工だ。

作業自体が困難な高齢者や睡眠薬などを服用している人間ばかりの工場。

刑務所に入る人間が皆が皆極悪人では無い。


二度目の飲酒運転での物損事故。
道交法違反。

一万円を返さない友人に「返せ!」と言っても開き直られたので1発殴り、貸していたお金だけを取り返した結果。強盗致傷。

示談金目的の美人局の被害者。
内容から全て全くの冤罪。
最高裁まで無罪を主張。
付いた罪名は強制わいせつ。

班長となる人間や態度良好の受刑者ほど1番の極悪人だ。
長くいないと位も上がることはない。

長期刑の人間ほど重宝される。


ちなみに班長の刑は18年。
殺人だ。

新人のオヤジより刑務所に詳しい。
刑務官が受刑者に仕事を聞く。
変な構図だ。

休憩や昼食、シャワーを挟み作業を終え部屋に戻る。

入浴も毎日可能だった。

コロナの影響もあり全て独居だ。
雑居の人間関係の煩わしさも無い。

PM 4:45。お待ちかねの夕食だ。

カレー。
パックの豚と鶏肉の冷凍食品ハンバーグ。
プリン。
冷めたファミチキを三ランク下げたようなチキン。

人気メニューだ。

ぜんざいは二週に一回、土曜日の昼食だった。
大きなコッペパンを漬けて食べる。
飲み物はコーヒー牛乳。

食しか楽しみと言える楽しみが無い。

皆でメニュー表を回し読みする。

「テレビ視聴ー!テレビ視聴ー!」

号令が掛かれば即座にテレビを付ける。

CM。
小さな画面越しのマクドナルドやケンタッキー。涎が出る。

PM 9:00。消灯。

布団で顔を隠す事は禁じられている。
まぶたの向こう側が少し眩しい。

繰り返す日々。

娑婆よりも楽。
だが楽しくない。

おもちゃの兵隊になった気分だ。

「海を超えた国では徴兵制がある。まだマシだ」

そのように考え気を紛らわす。

時計のない精神と時の部屋。

冬の寒さをメリヤスでしのぐ。
正月を楽しみに過ごしていた。

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