セミの羽化をさぐる
2021年6月4日
今日は雨降りの日。前日から大粒の雨の中をカメラと一緒に散歩することを楽しみしていたが、しとしと雨だった。
セミの羽化(ちょっと古い話だが)
セミの羽化は何度か見てきた。特にアブラゼミの羽化は簡単にみつかりました。その幼虫が土の中から出て来るところも見たかったし、写真も撮りたかった。この出会いはなかなかのものでした。明るい時間帯に、アブラゼミが鳴いている桜の木の下を、丹念に何か所も見て回りました。土の表面の穴を幾つも見て回りました。「なるほど」と違いに気づきました。
ちょっと考えてみると、セミの幼虫は土の中から出口を作るので、出た穴とこれから出て来る穴の表面の形状に違いが出来ることに気が付いたのです
そう思える穴を静かに覗くと、幼虫の姿が一瞬見えました。ここでよしとカメラをセットして待ち続けました。暗くなり夜の10時ころになっても幼虫は地表に現れませんでした。諦めて翌日に再挑戦をすることにしました。
次の日も幾つもの穴を探しながら、これからと思える穴をペンライトで照らしてみました。さらに違いに気が付きました。目が白く見える幼虫と黒く見える幼虫が、これからと思えるそれぞれ穴に潜んでいたのです。
「そうか」土の中では見る必要が無いので目は白色で、地表に出て成虫になるためには黒くなる必要があると思いました。地表に出た後の穴の形状はだいたい丸い穴でした。これから出て来ると思える穴の形状は星型の様で、穴の中心に向かってギザギザしているのです。
目が黒い幼虫の穴を見つけました。見つけた瞬間に幼虫は地中に戻って行ってしまいました。でも目の黒い幼虫は、今夜羽化のために地表に現れるだろうと思いカメラをセットしました。
午後8時ころ暗闇の微かな明るさの中で、幼虫の触覚2本だけが現れ、何かを感じ取るかのように動きだしました。「来る」と思いカメラのレリーズシャッターの方に手を伸ばしたその時、幼虫は地中に下がってしまいました。
「何故」そうなったのか考えながら、もう一度カメラの方に手を伸ばしてみました。「そうか」微かな光が手の動きを影にして、幼虫の触覚の上を横切っていたことに気付きました。
カメラの向きを変えて待つこと30分位に感じたころに、再び触覚だけが地表に現れました。触覚が地表の安全を確認するまで、私も息を殺して動きませんでした。数秒後に幼虫の大きな爪の片方が出口の穴の淵にかかりました。
「出て来る」と思ったが、確実に出る気配を私も感じ取るまで動かず待っていました。穴の淵に両爪がかかり、黒い目をした幼虫が顔を出してきました。「まだ早い・シャッターは」と、幼虫の体の半分が地表に出た時に1枚目の写真を撮りました。
幼虫は桜の幹に向かってまっしぐらでした。昔のカメラで2枚目の写真を写そうとしたときは、幼虫の歩くスピードがとても速く感じました。幼虫は桜の木の幹を登り、枝に移り枝先の葉の裏で動かなくなり、無事に羽化をしました。
この様な時間は、自分も自然の中に溶け込んだ様で、自然との一体感に浸れます。ここで写真を見てもらうと、写真を見た瞬間に「分かった」となってしまいます。どうか、セミの初鳴きを聴いたらセミの羽化を是非「さぐって」見てください。「分かった」が「さぐる」ことで更に深く理解できます。
セミの生態を理解することだけではなく、「さぐる」方の感性で、美しさや神秘性など、その人自身でないと受け止めることのできないことも沢山有ることでしょう。
「心が純白な幼少年時代に」
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