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Vol.3 2016/Poom 〈今のところnoteでまだ誰もレビューしていない名盤たち〉

2016(2016) Poom

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 Poomはフランス発のポップデュオ。現在ネットで聞ける音源は2014年にフレンチハウスの大御所プロデューサー、ユクセック主催のコンピに参加した際のシングルとこの「2016」というアルバム、そしてその1年後に発表したシングルのみで、その後の音沙汰はない。明らかになっている情報が少ないうえに、日本でパワープッシュを受けてるわけでもない(かといって人気がないわけではなくて、YouTubeでMVが100万再生を突破してたりはする)。


 僕は彼らの曲、というよりこの「2016」というアルバムが生涯ベスト級に余裕でランクインするくらい好きなんだけれども、ぶっちゃけ人にオススメしづらい。というのも、紹介しようにもフックが見つかりづらすぎるのだ。Poomの良い要素を列挙することは簡単だしそれを今からやるんだけれど、彼らの好きな部分なんて一言「曲が良い」、これに尽きる。独りよがりの感想にしか聞こえないかもしれないけど、僕がオススメして聞かせた人間は(音楽オタクかどうかを問わず)皆口を揃えて「曲が良い」というので間違いない。


 思うに、物事には良し悪しのジャッジとは別に「褒めやすい/褒めづらい」という基準があって、音楽だと「The Velvet Underground&NIco」や「Loveless」のように一聴して革新性が分かるようなものや、「Blood on the Tracks」や「London Calling」のように特定のジャンル内で傑出していると大衆から広く認められているものは概して褒めやすい。どうしても具体的な表現からは離れてしまうが、「第三者から見て革新性及び傑出度が高く、それを語る際の言葉をこちら側に多くもたらせてくれるもの」が褒めやすい作品には備わっていると、僕は推定している。端的に、街の中華屋で提供されるちょっと美味しい中華そばと、新進気鋭のシェフがタンポポの綿毛から作る結構マズイヴィーガンラーメンだったら、味の良し悪しは別として後者の方が語るうえでの言葉をたっぷり用意してくれるし、恐らく大衆の目を引く。SNSの普及によって市井の声量がかつてないほど巨大な現代では前者の価値も見直されているし、これらに対する批評も充てられてはいるが、それでもやはり語彙力の差に押し切られてしまうことが往々にしてある。


 Poomは間違いなく街中華の中華そば。語るための言葉が見当たらない。ただ一つ「曲が良い」という言葉以外には。街中華の域の中にある、とてつもなく美味い普通の中華そば。この「曲が良い」という感想はあまりに漠然なものに聞こえるし、人に紹介する際のフックとはなりえない。そのせいでPoomを布教する機会を何度逃してきたことか...


 なりふり構ってられない僕は勧め方を変えた。それもあまり良くない方向に。

「え、それ聞くならPoomでよくね?」


 実のところ、僕がこのnoteを書いているのには2つ理由がある。1つは単純にこのアルバムが好きで、このアルバムの詳細なレビューをしているnoteを知らないから。もう一つはこのアルバムのサウンドがここ数年(特に邦楽)のシティポップのムードを2016年の時点で完全に貫いていて、金字塔を飛び越えてトレンドセッターのような扱いを受けて然るべき作品なのに、そのような見方を全くされていないという嘆かわしい現状に端を発したものだ。数十年後に現在のシティポップムーブメントを振り返った時に、このアルバムが参照されないのははっきり言って嘘。そのくらいの自信がある。


 そろそろ具体的なサウンドについて触れていこう。


 一聴すればわかるとは思うが、彼らのスタイルの下地にあるのは70'sのファンキーなディスコとAOR、そしてこれらの音楽をリアルタイムで踊れる音楽として再定義したアシッドジャズが思い当たる。こうやって書くと単なるオシャレな音楽の焼き直しだと捉えられるかもしれないけど、Poomはここにベットルーム・ポップの成分を大胆に導入した。これはある種の発明で、都会的で開けたイメージを持つディスコやAOR・アシッドジャズと、内向的で閉じた空間で作成されるベットルーム・ポップの食い合わせが驚異的に良いという前例として、これは最良のアルバムだと言える。志向している方向はまるっきり逆なのに、音楽的な親和性はこの上なく高い。「あの頃」の音楽が描いていた都会の幻想を匂わせつつも、温かみを決して欠いてはいない。


 M2の幻想的なストリングスとため息交じりの歌声で浮世からの離脱を演出したかと思いきや、すかさず次のM3でファンキーなカッティングを響かせて空から摩天楼へ凱旋する。このアルバムの裏テーマは「演奏の喜びが伝わってくるギターのカッティング」だと個人的には思う。ギターを演奏する人間ならすぐに伝わるニュアンスだ思う。怪しげなムードを湛えるM5ではオーケストラルポップとDTMの旨味を自家薬籠中の物として統御している。ここからファンキーさに拍車をかけていく様はハイライトの一つ。


 「フランスはこんなのが流行っているのか⁉」と思って10年代のフレンチポップスを聴き漁ったがそういうわけでもなく、特異点に近い存在だったりしたのかな、とも思った。しいて言うならこの3年前に同じ年代の音楽を下地にしたDaft Punkの「Random Access Memores」が挙げられるかも、ただDaft Punkの方がよりルーツに忠実な作り方をしている印象がある。Poomはルーツの選び方というよりもむしろ解釈の妙が光っている。


 最後に、彼らの唯一Youtubeで見ることができるパフォーマンスを。陳腐な表現だけれど、高尚なエロさが醸し出されている名演だ。今流行りの音楽を追いかけている邦楽ファンにこそ届いてほしい。




 

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