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僕だから出来ること

 秋祭り、楽しんでいる周囲の人を余所に1人歩いている。その場に混ざれない自分なのに、秋祭りを楽しんでいる人達を羨ましくも思う。僕の本当の気持ちはどっちなんだろう。僕も彼等のように何も考えずに楽しめら・・。その前にもっと人と馴染むことも出来たらな。1人でいることが気楽でそれを選んでしまうのに、楽しんでいる人達を見たらなぜか取り残された気持ちになる
「ねえお父さんあのりんごあめ食べたい。」
「りんごあめか、良いな。じゃあお父さんと分け合いっこしようか。」
「うん。」
 子供の無邪気な笑顔が見える。僕はそっと良かったなと呟く。りんごあめはお金にしたらたった数百円も出せば買える。でもそのたった1つのりんごあめは、この子供にしてもお父さんにしても限りなく高い価値のあるもののように思えてならない。あの時のりんごあめと何十年後かに振り返る瞬間、そんな記憶として残ることを願う。
「そうだ、やっぱり2つにしよう。」
「えっ、分け合わないの?」
「いやこれはお母さんとお姉ちゃんの分だ。」
「分かった。」
 この家族は普段からすごく仲が良いんだろうな。両親の関係も子供との関係も。僕はどうだろう。もう30歳も過ぎたのにたった1人。このままで良いのだろうか。でも僕にはなかなか誰とでも仲良くなる素質がない。
 仕事も介護職だから年収も高くない。現代社会を考えると有名な成功した経営者との距離も近くなった。その人達もSNSもやっていれば、下手をすれば直接DMを送ることだって出来る。その一方で近くなった分、僕の立ち位置というのも比較することが多くなった。給料日前になれば貧しくなった財布。給料が入っても1ヶ月これで持つのかと不安になる。こんなことで働いているって言えるのか、将来への希望なんて抱ける訳がない。
 自分って一体何なのだろう。この目の前にいる家族は経済面の不安なんてないのかな。でも僕のように経済的に余裕がないなんてことはないだろう。きっとそれなりの水準で生活をしているだろう。
「でも買うのはこれだけだからな。」
「えー。」
「その分お父さんが楽しませてやるから。」
「せっかくお祭りに行けるからって楽しみにしていたのに。」
「ごめんな、お父さんお金がないんだ。」
 その言葉にハッとする。父親の表情を見るとこの人の心模様が伺える。このお父さんのごめんなにどれだけの思いがあるのだろう。どれだけ悔しさや情けなさを感じているのだろう。子供が楽しみにしていたことを叶えてあげられない。そこに悲しさを感じないわけが無い。この人の性格からすれば何か事情でもあるのか。
「ごめん待った?」
「あっ、いや今りんごあめを一緒に買ったところだよ。」
「そう。こっちはベビーカステラなんだ。」
「えー美味しそうだな。大きいのを買ったの?」
「そうなんだけど、それがね、そこの店員さんを助けてあげたらもらっちゃった。」
 この微笑ましい会話が僕の心を癒してくれる。
「もらった?助けたから?」
「そう。店員さんにイチャモンをつけようと絡もうとしている人がいたから、強引にこれ下さいって大声で叫んであげたの。それでどのサイズにしようか迷っているフリをして、わざと時間をかけてやったらそのイチャモンをつけようとした人が業を煮やして去って行ったの。それが嬉しかったのか店員さんが1番大きいサイズのをプレゼントしてくれた。」
「すごいな。よく考えたね。」
 この女性の行動は僕も感心してばかりだ。
「だって絡もうとしている割に、よく見ると急いでそうだったから。だからわざと時間をかけたら、言いたくても言えなくなるでしょ。だからそう仕向けてやったの。どう?予想的中でしょ。」
「いや待って、それはよく考えているし、すごく尊敬に値する行動だとは思うのだけど、頼むから恨まれないようにだけ気をつけてくれ。やっぱり心配になるからさ。もし後でその人に言い寄られたらどうするのさ。」
「ごめんて。」
 この男性は本当にパートナーの人を愛しているのだろう。言動を見た限り性格が繊細なんだろうな。それに対して女性の方は肝っ玉が据わっていて、そういう関係だから補い合えていると思う。
「私も頑張ったんだよ。お母さんに大きいの方が良いとか、やっぱりお父さんは食べないだろうから小さいのでも良いんじゃないとかいろいろ言ってさ。」
 そうか、この子も自分に出来る事を考えた結果、その行動に至ったんだ。
「そうか、偉かったぞ。自分とその人がどんな関わりでもいつもその人を大事にしなさいって言っているもんな。」
「うん。」
「よしじゃあ、あそこのベンチに座る人が誰もいなさそうだから、座って一緒に食べようか。」
 4人でベンチに行く後ろ姿を1人見送る。この家族の5年後、10年後を想像してしまう。子供達はどんな風に成長しているのだろう。反抗期になれば両親に対する態度も変わってしまうのかな。
 僕はこの家族が羨ましい。こんなに幸せそうな家庭ではなかったから。両親はいつも仕事に忙しそうだったし、一緒にいてもいつも喧嘩ばかり。家事や僕の育児のことで押し付け合うことばかり。僕は両親にとっていつも邪魔者なのかと思っていた。仕方なく発言すると、あなたには何も出来ないのだから黙っていなさいと頭ごなしに否定する。そんな子供時代だった。
 あのベンチに座っている人達には考えられない世界だろうな。
「ちょっとトイレに行ってくる。一緒に行こう。」
 子供達2人でかけっこをしながらトイレまで走っている。お姉ちゃんの方は弟の甘えを受け入れているのかな。でもお姉ちゃんの本当の気持ちはどうなのだろう。他の瞬間では甘えたり出来ているのかな。
「走るのは良いけど、周りをちゃんと見るのよ。」
「怪我もしないようにな。」
「分かってるよ。」
 お父さんが本当かなと言いながら2人を見送っている。
「それでどうする?このままじゃ家計のやりくりも大変よ。」
「そうだな。ごめんな、俺が全然売れないからバイトの給料だけじゃ難しいよな。俺もう芸人辞めようかな。」
「違う、そんなことを言いたいのじゃないの。芸人はどんなことがあっても続けて欲しいの。ただ子供達も学校に行くようになってから何かとお金がかかることも多いでしょ。それにこれから熟に行きたいとか、私立の中学校とかに行きたいとか言ったら、どうやってそのお金を出すのかも悩むしさ。」
「そうだよな。俺のバイトとパートじゃきついもんな。」
 そうか、この人達はこの人達で抱えた問題があるのか。お父さんの芸人活動がもっと大きくなれば解決するのかもしれないけど、そう簡単に上手くいくものでもない。かといってその活動を極力減らすとなると、それは奥さんももしかしたら子供達も望んでいないこと。誰にとっても納得いかない結果になってしまうだろうな。
「そう、子供達に妥協させたことばかりもさせたくないしさ。」
「そうだよな。でも自分達がどうやったら今以上に余裕を持てるようになるのだろうな。」
「そうね、でも前々から思っていたのだけど、今ってどこかに所属していることが多いじゃない。晃平だったら芸人の事務所もそうだし、バイト先の会社もそうだし、私だったらパート先の会社じゃない。これを自分達主体に出来ないかな?自分達で判断して、自分達で動くことが出来るように。」
「会社じゃなく自分達で決めて活動していくってこと?」
「うん、これからって個人の時代でもあると思うの。だから自分達で何が出来るかってもっと考えて、これまで通り会社にも所属するけど、どこかに依存しない部分も作れないかなと思って。晃平個人でも良いし、家族全体でも良いのだけど、そういうのがあればもっとあの子達の将来の選択肢も増やせると思うの。」
 お父さんも納得はしているけど何から手をつければ良いのか分からないのか返事に困っている。でも僕はこのお母さんの肝っ玉据わった気質とお父さんの優しさがあれば大丈夫なんじゃないかと僕は無責任に思う。もちろん本人達として不安もよく分かるし、ただでさえ大変なのだろうけど。
「自分達に何が出来るかか。」
「うん、まあどうしたら良いかは分からないのだけどね。でも何か出来る事があるんじゃないかと思うの。」
「分かった。僕の方でもちょっと考えてみる。」
「まあ私達親はそれ程お金をかけることも少ないと思うのだけど、子供には自由に選ばせてあげたいからさ。」
「そうだね。お姉ちゃんが俺達のことを考えて自分の希望を押し込めてしまう傾向があるから、こっちから好きに選んで良いんだよと言ってあげないと。それにそれだけの状況を作らないと素直に言わないだろうし。」
「そうなの。あの子はしっかり者だけど、だから我慢している面も多いと思う。私達の会話もちゃんと聞いているしさ。だからどうしたって我慢が先に来ると思う。でも私達の本当の望みはそこじゃないよね。あの子にももっと自由に選択出来て、これがやりたいと素直に言える環境を私達が作る方が良い。その方がきっとあの子も将来もっと幸せになる。」
「俺もそう思う。親として頑張ろうか。」
 そうこうしている内に戻ってきた。
「さっきのりんごあめとベビーカステラ美味しかったね。また来年も来ようね。」
「そうだな。」
 彼等は去って行ったが、これからどんな歩みをしていくのだろう。いつか偶然に再会出来たら嬉しいな。再会できるだけじゃなく、もっと関係性を築けると良いな。
 そうだ何か買って帰ろうか。少しお腹も空いた事だし焼きそばで買って帰ろうか。

 ベッドから天井を見つめる。あの家族も悩みを抱えている。あの場ではお金の面での悩みを話し合っていたけど、他にもいろんな悩みがあるのだろう。夫婦間でもあるだろうし、あの時会話に出ていた子供の将来や教育という面でもあるのかもしれない。どこにだって誰にだって悩みはあるもの。
 でも僕があの家族を見て1番好きなのは夫婦間でも親子間でも助け合う心があること。彼等は1人1人が味方で、助け合う存在なのだと思う。彼等のそんな心情が好きだ。
 一方で僕の悩みが大きく自分に迫ってくる。
 僕の悩みは将来への不安。職種や仕事内容自体には不満はない。もちろん良い事ばかりではないけど、それはどの職種でもつきまとう。そんな裕福な生活は必要としないが、もう少しくらい欲しいのが本心。お金の面で不安になったり、苦労することは避けたい。もう少しあるだけで、心の安定に繋がるし、必要の無い不安からは離れたい。
  じゃあ自分の副業で何がしたいだろうか。自分の性格を考えると不特定多数の人と仲良くすることは出来ない。でも限られたコミュニティーの中では打ち解けることは出来る。それに打ち解けた中であれば、その人の話を聴くことも好きだ。実際話を聞いてもらって助かったとか、話しやすいとか言われたことも何度もある。
 じゃあここで誰かの役に立てないかな。同じ介護職でも日々苦労している人は多い。それは同僚や上司かもしれないし、対利用者かもしれない。もしくは利用者の家族のことだってある。それならばそうやって人付き合いや仕事のやり方で問題を抱えている人に、そっと寄り添うようなサービスをしてはどうだろう。また僕もそうやって生きていきたい。
 その職場以外の人に少し悩みを打ち明けられたり、時に愚痴を言えることで心が落ち着くこともあるだろう。どうしたら良いか学びたい人に自分だったらこうする、自分は過去にこうしてきたということが参考になることだってあるはずだ。別に僕じゃなくても良い。そのコミュニティーの中でみんなで考えていく。そういった空気を作りたい。悩みを打ち明けた人もその悩みに向き合った人もどちらもが学びを得る。そんな世界が僕は好きだ。
 もしこれが軌道に乗れば、会社という経済の軸と個人事業の2つの軸で生活を成り立たせることができる。これはその経済面だけのメリットじゃない。自分の仕事の解像度が深まり、自分も誰かに必要とされることで多少なりとも自信がつく。生きていて良いんだと思える。これは幼少期からずっと自尊心の低く育った僕にとって何よりも大きなこと。
 自分にも出来ることだってきっとある。いや今の僕だからこそ出来る事があるんだ。

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