伊住 向庸(いずみ こうよう)
ほんをよんだきろく。
2024年、何かを書こうとして飽きてしまった日々の残骸です。永遠の未完。
2021年から2024年までの間にダラダラ書いた日々の記録です。全体的にダウナー
2020年、仙台から東京近郊に引っ越した日々の記録です。
例えば、フジファブリック。 かつて、そのバンドでギターボーカルとして活動していた志村正彦は、自身の地元である山梨県富士吉田市のホールでいつかライブを開くということを15歳のころから夢見ていた。念願叶ったその日、彼がSEとして流したのは自身がかつて中学生の時にこのホールで歌った「大地讃頌」だった。「この曲を歌うために、ずっと頑張ってきたような気がします」と語りながら歌う「茜色の夕日」という曲は、志村が18歳のころに上京して一番最初に作った曲だった。志村が29歳で亡くなり、山
コロナの時期によくテレビに出ていた哲学者、マルクス・ガブリエル。その時期に本を買ったのだが結局読まずに3〜4年が経ち、あの時見ていたテレビで彼が何を語っていたかもすっかり忘れてしまい、ただ彼が東京の街を颯爽と歩きながらそれっぽいことを語る画しか思い出せない。つくづく、あの時期にレコーダーの価値を過小評価していた自分が悔やまれる。そしてそんな自分の過去の行いを悔やみながら、渋々本を読み始めるのである。 彼の試みは、要するに「ない」ことを説明するために無数の偽を作り出そうと
6-7年ほど前、お世話になっていた大学の先生が退職される際に膨大な量の書籍を処分しきれないということで、50-100冊くらい片っ端から本をいただいていった。それでも蔵書の1割にも満たなかった。残念ながら?自分が伺った頃にはすでに大半の書籍は持ち去られていった後で、その中でも自分の関心に近いのではないか、という本を探し、もらった。「人間の条件」などもらえた時には「これで自分も博識の仲間入りだ」などと浮かれていたが、難しすぎて今日に至るまで第二章から先に進めていない。本を手に入
日本史における、"天皇"や"武士"に次ぐもう一つのメインプレイヤー。それが"国民"です。まさしく現代において、政治のあり方を決めるのは、たった一人でもなく、一部の階級でもなく、"国民"である全員なのです。 「東京書籍 新編 新しい社会 歴史」において、あるいは「公民」においても、「国民主権」という言葉はしきりに強調されます。主権とは、国をまとめる偉い力のこと。分かりやすいストーリーとしては、第二次世界大戦が引き起こされた原因は権力の集中と独裁政治にあり、そうした事態が今
日本の政治史において、"天皇"とならぶメインプレイヤー、政治の実行者、為政者として"武士"の存在を外すことはできません。もはや現代においては絶滅してしまった存在ですが、それでも今から150年程度遡るだけで彼らの足跡に辿り着くことはできます。多くの外国人が日本という国を語る時に「サムライ」「ハラキリ」という言葉を用いるように、日本においての最も分かりやすいアイコンは未だに"武士"です。最近はそうでもなくなってきたかなあ。 中学生が使う教科書「東京書籍 新編 新しい社会 歴史
日本の歴史、とくに政治関係の歴史をたどろうとすると、必ず"天皇"にぶち当たります。どう頑張っても逃げることはできません。近年、とくにWWⅡ後の日本における"天皇"の存在感は徐々に低下しているように見えなくもありませんが、いまの憲法の第一条が"天皇"である限り、私たち日本人にとっては目を逸らせぬ存在であり続けるのでしょう。 「東京書籍 新編 新しい社会 歴史」において、はじめて"天皇"という言葉が登場するのは聖徳太子の時代です。縄文時代、弥生時代には登場せず、古墳時代にお
日本の中学校において一番使われている歴史の教科書は「東京書籍 新編 新しい社会 歴史」です。 この東京書籍の教科書は、いま読んでもやはり面白いつくりになっているなあと感心します。第1章から第7章に至るまで、流れが良く整理されているなと思うのです。教員なりたての頃の私は、妙なプライドによってこの流れを敢えて崩してみようと挑戦したこともありましたが、全くうまくいきませんでした。「かたやぶり」と「かたなし」の逸話ではありませんが、やはり最初は何事も基本を基本通りに取り組むこと
6年ほど、中学校で社会科の教員をしていたことがあります。いちおう自分なりに、学校教員としての使命感を持ちながら取り組んだものではありましたが、突き詰めれば単純に歴史が好きで、その世界に浸っていたかった、ということに尽きるのだと思います。 歴史好きの始まりは小学生のころ、図書館にあった「日本の歴史」という学習マンガに触れたことでした。借りては読み、借りては読みを繰り返していく中で、そのうち母親が「ドラえもん」の歴史マンガを買ってくれたりもして、ますます歴史にのめり込んでいき
「村(ムラ)社会」という言葉について。現代においては、ある村落における人間関係そのものを指し示すというよりも、何かしらのネガティブな意味が込められたうえで用いられることのほうが遥かに多い言葉です。 ピクシブ百科事典にはなんと「村社会」という単独項目が存在しており、そこでは村社会の特徴は下記のように記されます。 内容の是非は確かめようもないくらい主観的で根拠のないものですが、少なくともこの記事を書いた方にとって「村社会」というものはあまり良いイメージではないのだろうとい
プライベートな誘いをプライベートな理由で断る日本人 「プライベート」という言葉を私たちはよく使います。微妙な距離感の同僚から、とつぜん飲み会へ誘われた時などに連発するでしょう。「金曜日の夜はプライベートな用事があって、すみません」という具合に。一部の例外を除いて、あらゆる誘いを一刀両断することのできる便利な言葉です。 プライベートという言葉は、"私的な"という言葉に置き換えることができます。私的な用事があるという理由によって、あまり楽しくなさそうな飲み会を断ることができ
朝、起きて辺りを見回すと、遠くのものがほとんど見えない。視力の低下と付き合う時間が年々増えてきている。周りにあるものがぼやけて見え始めるようになってからというものの、自分の周りにある世界の形がなんだかよく分からなくなってきたような気がする。 子どもの頃は視力の良さが自慢だった。幾度となく母に怒られようとも画面に近づいてTVゲームをやっていた。「いつか目が悪くなる」と脅されていたが、少なくとも22歳ぐらいまでは視力の低下も全くなかった。母を信じることのできなくなる理由の一つ
かつて誰もが信じて疑わなかった"大きな物語"への信頼性が失われた世の中。同じ目標を志し、共通の話題で盛り上がれた時代はとうに去った。それでも次の世代は自分たちのために物語を必要とした。そして彼らなりのものを作り上げたが、それは先人から見れば"二次創作"、まがいものでしかなかった。戦後の日本人が"あるべき日本像"として描いたイメージが、すでに敵国であったアメリカ由来のものに塗りつぶされていたように。それでも私たちは、その"二次創作"によって形作られた世界で生きるしかない。
「世間」ってなんだ?と改めて学んでみようと思った。そのきっかけがなんだったか、というのを完全に失念してしまい悔やまれるばかりである(本当はそれを書き出しにしたかった)。とりあえず少し前に買った本を読んだという話。 常識のように我が国で生まれ育った人間たちが用いる「世間」という言葉について、それがどこから来たかというところを解き明かす試みが本書では為されている。と書いてはみたが、そもそも著者は1995年に「『世間』とは何か」という本を出版していて、その後10年にわたって「
都心で、それなりに道が広くて、自然があって、本屋やスーパーがそれなりの距離にあって、できれば築浅で…というような街に住みたいと思って物件探しを始めると、3LDKならだいたい今はどこも4,000-5,000万といったところがスタートラインになる。(もちろん、駅からはずいぶん遠いところになる)そこで32歳の自分が、60歳で働けなくなるだろうという前提でローンを組もうとしてみると、おおよそ月に15-20万程度の支払いが生じる計算になる。結論から言うと、今の自分と配偶者の給料で、か
新しい物語を作りたいと思った。new culture,new pop, new trad,new story.どう形容してもいいが、だいたいそんな感じのもの。 私がポストモダンと呼ばれる思想でいうところの「大きな物語の消失」を大学で初めて学んだ頃には、すでに私の周りにあった「大きな物語」は風前の灯火であった。SNSが普及し、誰もが自らの意見を自由に発信できるようになった結果として、私たちの世界には「ある側面ではダイバーシティであり、ある側面ではフェイクであるもの」がとど
とにかく何をするにも長続きしない、というここ最近。結局「対話・グルーヴ・ソサエティ」も11回目以降は全然更新できていない。長続きさせられる理由がないのかな、なんてことがふと頭をよぎった。何かをルーティン的に続けていこうという気力があまり湧かない。 同じことを「ちゃんと」繰り返せるやつが何をしても最終的にはうまくいく、というのは大体なんとなくわかった。趣味もビジネスもそんな感じ。最終的に最後まで立っていたやつが生き残る。今の自分にはそれをやり通そうという気力があんまりない。