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嘘の自分

学生のアルバイトの話前にしたんですけど、

学生がアルバイト先で上手く続かない

アルバイト先の人とのコミュニケーションが上手く取れない

というような学生は少なくないと思います。

今どきの若者(主に小学生〜大学生)

お互いの違和感が顕在化するのを恐れて、高度に気を使いながら友達関係をマネージメントしていっている。

ある教育学者の調査の例を上げると、

学校での授業で、自分は分かっている問題なのに、周りが分からないと、それに合わせて分からないふりをする

という中学生が約八割もいた。

他にも、相手の話が面白くないのに、熱心に相槌を打ちながら話を聞く人も多い。

たしかに、言われてみれば自分もやっていたような事があったが、これが高度に気を使っているとは感じていなかった。

皆さんには、親友と呼べる交友関係を持っているでしょうか。

親友って何なのか。

全く気を遣わず、ストレートな気持ちを伝えることで関係が保てる相手。

だと思います。

しかし、最近の若者の中での親友は

そのストレートな気持ちすらも自分の中で押さえ込み、気を遣いながら関係を保っていくもの。

になっています。

対立する事で、友情が深まり、お互いがお互いに影響力を持つ素晴らしい関係になるのに。

今の人達は、それを避けたがるんですね。

装った自分、つまり

嘘の自分

これが幸せですか?

しんどくないですか?

実際、このような状況から自殺者が増えていたり、少年による暴行事件などたくさん起きています。

嘘の自分にしんどさを感じ、そのストレスをどこに発散するのか。

これらの事件の多くは、間違いなくこれらが原因。

人生の課題は全て対人関係。

なのに、今の若者はこの課題をクリアできそうにもない。

そこで、僕は我慢することを否定します。

「我慢する」という発想というのは、権力争いにとらわれている証拠です。

無意識に友達関係の中で、権力争いを繰り広げているのです。

理由はそれぞれかもしれません。

例えば、

「この子の機嫌を損ねたら面倒なことになる。」

だから、常に気を遣いその子の言うことに反応し、アクションを起こす。

なぜその対等な位置にいる人に自分が必要以上の気を遣いその面倒を避けなければならないのか。

僕は、疑問で仕方がないです。

面倒かもしれません。

でも、そんな人友達でもなんでもない。

ただの面倒な同級生か何かだろう。

関わる必要がない。

みんな、勇気がないのだろう。

1人になることが怖い。

寂しい。

辛い。

この世に生まれて、1人になる人などいないはず。

生きている以上誰かしらの世話にはなっているはず。

だから、その今出会っている友達と呼ぶ「面倒な同級生」と関わることを辞めたから1人になることはない。

嘘の自分で生きていることは本当に不幸だ。

素の自分を愛してくれる人が必ずいる。

勇気を出して、自分に嘘をつくのはやめよう。


では、また!!👋🏻









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