【世界のうまいもの】もう買えなくなるスズガミネの手延べ麺を買いに行く
ちょうど「滅びゆく日本」みたいなテーマで遠足を先日やったばかりで実にタイムリーなのだけれども、似たようなことで三重県まで行ってきた。
というのは先日家に一枚のハガキが配達されてきたことがきっかけだ。
実は三重県にスズガミネという実にうまいひやむぎを作る小さな製麺所があって、毎年楽しみにしていたのだけれども、この製麺所が今年いっぱいで廃業するという内容の知らせだった。
このスズガミネはとんでもなくうまい麺を作るメーカーで、わが家では神格化されていたのだが、とにかくうまい。
なんだろう、茹であがりのコシが普通の乾麺とは全く異なり、一般のひやむぎと手打ちの蘭州拉麺くらい違う。
こんなうまい麺がもう食えないと思うと残念でならず、元々三重県のスズガミネを訪れて直売所で直接麺を買ってこようということも実は以前計画したこともあり、それで本日はるばる行ってきた次第。
いろんな会社や店が後継者がいないことで廃業するということが昨今よく聞かれるようになったが、せめて失われる前に一度見ておこうと思ったわけだ。
朝6時前に家を出て、まだ真っ暗で霧が立ち込める中を北陸自動車道を南下、関ヶ原で降りて後は鈴鹿山脈に沿って三重に入るというルートになる。
関ヶ原から一般道に降りて三重に向かうと、なんでも薩摩ナントカルートという名前がついた街道のようで、そういえばこれは関ヶ原の合戦で敵中突破で国に帰った西軍島津勢の退却ルートじゃないか、千五百人の軍勢が大将を護ってバタバタと倒れ、最終的に薩摩に帰り着いたのは数十名という凄まじい撤退戦をやったのはここかと思いながら車を走らせる。
時刻は8時を回り、朝飯でも食べようということでモーニングをやっている街道沿いの喫茶店に何気なしに入ったところ、偶然かどうか、ここでも同じような滅びの状況があった。
店の入り口に大きな張り紙があって、なんでも52年やってきた店を今月いっぱいで閉めるのだということだ。
店はいかにも昭和の喫茶店という風情で、今時のカフェとかいうしゃらくさい店とは違って私のようなおっさんにはなんとも落ち着く環境だ。
店内の客は我々だけで、モーニングを注文すると厚切りトーストにゆで卵にコーヒーで350円、こういういかにもモーニングというようなのは久しく食っていなかったな。
店主のお婆さんに話を聞くと、なんでも26の時に夫婦で始めた店で最初は小屋のようなものからはじめ、資金を貯めて6年後に今の店を構え、その後長らくやってきたがご主人が腰を痛め、一人では続けていくことが無理だということで今月いっぱいで店を閉めるということだった。
52年といったらちょうど我々と同じ歳ではないか、そういうとお婆さんは「実はうちの子供が生まれた1年後ちょっと手がかからなくなった頃に始めたのですよ」とのことで、なんとも奇遇な話だ。
たまたま立ち寄った店でのことだったが、これからこういうことはいくらでも目にするのだろうなと思う。
鈴鹿山脈に沿って伊勢街道を南下すること40分くらいで三重県菰野町に達する。
ここには株式会社スズガミネがあって、先に書いたように不思議なくらいうまいひやむぎを作っている。
そもそもスズガミネを知ったきっかけは、うちの奥様が勤めている会社の会長さんがかなりの食道楽で、ご自分が気に入ったものを会社で大量に購入しては社員に頒布しているという実に徳の高いことをされている。
そんなわけでわが家には時折とんでもなくうまいコンビーフやら、ちょっとビーンボール気味の鶏卵そうめんというものがもたらされていたのだが、スズガミネのひやむぎもそうしてわが家にやってきた。
恐ろしくうまい手延べ麺で、パッケージからして1把ずつ和紙で包んでそのままという、なんとも手作り感のあるものだ。
あまりにうまいので改めて注文してリピートしようと思ったら、さすがに昭和の会社だけあって、ホームページはあるがオンライン販売はやっておらず、受付は電話かファクシミリとなり、わが家にはファックスの機械がないので電話で住所を伝えて銀行の振り込み用紙を送ってもらうというやり方だった。
そこまで手間をかけても惜しくないうまいひやむぎなのだ。
本日は日曜なので会社はおそらくやってはおらんだろう、年末のお歳暮時期はやっているとのことだがまだ11月でもあるし、ともかくも会社を一目見ようと思ってまずは会社を訪れてみる。
やはり本日は休業ということで敷地の外から眺めるだけだが、なんだか聖地巡礼をやっているようなもんだな。
製品の販売は近所の道の駅でやっているということなので、そちらへ向かってみる。
菰野町から鈴鹿山脈を超えて近江に至る街道の宿場町のようなところに道の駅菰野があって、ドライブやツーリングの客で割と賑わっていた。
店の中には果たしてスズガミネの製品が置かれている棚があったが、季節のせいなのか売り切れなのか、ひやむぎが見当たらない。
それで店員さんに聞いてみると、このメーカーもう廃業してしまうんで製品がもう入ってこないんですよということだ。
はい、それで福井から買いに来たんですよというと店員さんは驚いて、その後いろんな話が聞けた。
なんでも社長さんが結構な高齢で、後継者もいないので廃業ということで、地元でも大変惜しいのだそうだ。
今では取り寄せも難しく、店頭にある市場在庫だけというようなことになっているらしい。
大正時代の創業で従業員数は十人、社長さん自ら麺の手延べをやるような会社で、一般客を福井から高速道路を自腹で運転して買いに来させるほどのブランド力もあるので会社の事業継承はそれほど難しくないに違いないが、肝心のうまい麺を作るということが容易に真似できないくらい長い経験に裏打ちされていたということなんだろうな。
その技が失われるのはまことに惜しいが、こうして現地にやってきて買えただけでもありがたいというものだ。
同じくスズガミネのファンである九州の義母に連絡したところ、でかしたと褒められた次第。
今回はそんなわけでひやむぎはないが、店頭にあった手延べうどんと真菰麺というものをどっさり買って帰ってきた。
それから帰途に寄った南條の道の駅では辛み大根とネギも買ってくるという気合いの入れようで晩飯に臨む。
どうも福井県民は息をするように大根おろしを冷たい麺に入れる習性があるのはなぜなんだろうなと思う。
真菰麺は真菰の粉末が練り込まれた麺で、手延べひやむぎと違って関東のそばのように細い切り麺だったが、コシと喉越しはスズガミネならではのものだった。
うまいうまいと1束を二人で平らげたが、まだまだある。
最後のスズガミネなので、じっくりゆっくり味わって食べようと思うのである。