6:名前なんてないよ、この関係に
「やっべ、ゼンリー見られた」
彼は手に持つスマホに向かってそう呟いた。
遊んでる時はなかなか見ないスマホを彼は珍しく食い入るように見る。焦っている。
「誰に?彼女?」
彼は信じたくないものを見るような目でそれを見ながら頷く。
彼女から連絡が来たようだ。
私と1時間のドライブを経てカフェに行き、その後ビリヤードをして遊んでいる間ゼンリーをONにしたままで、それを見られ、誰と?と問いただされている。
"彼女に嘘つくのはやっぱり後ろめたいの?"
そう聞こうと思ったけど、
"別にそんなことないけど。"
と言われて傷つくのが怖くて聞かなかった。
実際、彼と私は彼の付き合う彼女が思うような関係ではない。
体の関係は勿論ない。
ただ会いたいと言って予定を合わせ、周りから見たらデートに見えるような事をして、可愛い、楽しいねと言い合い、イチャイチャして帰る、そんな健全な関係だ。
最も、私が彼女の立場であれば絶対に嫌な関係だが。
「疑うってことは、自分(彼女)もしてるってことなんじゃない?」
そう言うと、彼はこう言った。
「あー、してると思うよ。でも最終的にこっちに戻ってきてくれればいいと思ってるし。」
そんな感じ。
彼は決して、私を自分の女にしたい訳でも、彼女に束縛されたくない訳でも無いのだ。
遊んでいても将来がほぼ確定している人がいればそれで問題ない、と。
妥協してでも、今の彼女と結婚して予定通り安定した生活が送れればそれでいいのだ。
彼は彼女と5年付き合っていて、まぁ結婚は今の彼女とするんだろう。
分かっていて、私はこの生暖かい関係を甘んじて受け入れている。
彼にキープされ、都合のいい女になっているとも取れるし、
私に、"可愛い"と言って自己肯定感を上げてくれる人ができたとも取れるわけだ。
嘘をつくのが後ろめたいのか、と聞く代わりに
「友達と遊んでたって言えばいいじゃん、友達なんだし。」
と言った。
「友達? いや俺、友達の頭ずっと撫でたりしないよ(笑)」
聞きながら彼の優しい手のひらの感触を感じていた。
「"この関係に名前なんてないもんね。"」
いつも思っていた事を、頭の中でまた繰り返し考えていたら、思わず口から出ていた。
彼は何も言わなかったが、うんー?と聞き返しながら彼女にLINEを返信していた。
聞いていなくて良かった。
私が彼の何かになりたいと言っているようなものだ。
もしキープなら、そんなことを言ってくる面倒な女は切るだろう。
このままでいたいのか、このままでは不満なのか、正直私にももうよく分からない。
このままいて、私に他に好きな人が出来ると思えない。
彼が彼女と別れて私と付き合うとも思えない。
彼はいつも帰り際、私を特別だと言う。
女友達と遊ぶ時は自分から誘ったりしないし、お会計で半分以上出したりもしない、
毎日電話をしたいとも、忙しい中会う時間を作りたいとも思わない、と。
あなただけですよ、と言われると、その言葉をそのまま受け取って喜ぶ私と、半分嘘だと思う私も出てくる。
それは私にとって辛いことだった。
今日もそう言われ、彼を家まで送り、私は家に帰る。
帰り道、今日のことを思い出し、楽しかったあっという間な時間を振り返る。
彼からLINEが来る。
「今日もありがとう。彼女だるい。(笑)」
二言目にはそれかよ。
と思いながら、彼の愚痴LINEを開いた。
名前のないこの関係は、突然終わりが来ることを私は知っている。
だけどまだ終わって欲しくない。お互いが、そう思っていることを、お互い分かっているから生温い。
彼女と別れて欲しい。そう思ってはいけないんだろう。
だけど思っている。言わないだけ。
彼は、彼女と彼女以外の誰かが欲しいんだから。
Ckw.
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