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【第二ノ怪】変質者にご用心のハナシ

昔、通っていた中学校のまわりには畑があった。

毎年春になると、先生から口を酸っぱくして注意されていたのが、下校の時間帯を狙って変質者が現れるので、絶対に一人では帰らないようにということと、防犯ブザーを普段からカバンにつけておくようにということだった。

話によると、犯人は素肌の上にスプリングコートを着て、生徒が一人で下校しているとわかると、どこに隠れていたのか突然現れて全裸を自ら晒してくるらしい。
先生や近隣住民の方も協力して見回りを強化しているが、一向に捕まえられないのだという…。

これを聞いた時、自分にはあまり関係のない話だろうと思った。
だって、僕は男だから。
そういうのって、女子が怖がっていたりするのを見て興奮するような奴なんだろうし、もし遭遇しても自転車通学だからスピードを上げて早々に逃げ去ってしまえばいいだけのこととして軽く考えていた。

でも、後にそれがいかに甘い考えだったかと悔やむことになる。

その日、僕は委員会の作業で学校を出るのがすっかり遅くなってしまった。
皆の帰る方向が自分とは逆方向だったこともあって、一人で帰ることになった。

校門を出て、自転車を走らせる。
陽もかなり傾いてきた。
この辺りは街灯はあってもそもそもの光量が弱いから、人気のなさも相まってなんだか薄気味悪い。
それに春とはいえ、夜は冷える。早く帰ってゲームがしたい。

そんな事を考えていると、ふと視線の先に一人の男がいることに気が付いた。
歳は五十代頃。中肉中背の、スプリングコートを身にまとって俯いて弱々しく点灯している街灯の下に立っている。

目を凝らしてみると、スプリングコートから伸びている脚は裸足。
ああ、こいつが件のお騒がせ変質者かと思った。
よりにもよってこんな日に…いや、僕が一人でいるこんな日だからこそ出てきたのかと自問自答しつつ、僕は自転車を漕ぐ速度を上げた。

幸い、走っている道は幅が広い。
だからブレーキをかけるような邪魔はできないはずだ。

――10メートル…9メートル…

少しずつ男との距離が近付いていく。

――8メートル…7メートル…

男は相変わらず俯いたままで、こちらを見てくる様子もない。
勘違いだったのだろうか。
それならそれで構わない。

――6メートル…5メートル…

もうすぐ近くだ。そう思った次の瞬間、男は仁王立ちで目の前に立ちはだかった。
やっぱり変質者だったと思うと同時に、男は勢いよくコートを広げた。

しかし、その中にあったのは男の素肌ではなく真っ黒な、闇だった。

陽が傾いて影になっているから見づらいとか、そういうことではない。
本当に何もない。
それどころか、男の顔も胴体と同じく、塗り潰されたように真っ黒だった。

そこから先の記憶はない。

気が付いたら朝だった。
あれは夢だったのか?
そう思いながら下の階へ行くと、朝食の支度をしていた母から声をかけられた。

「おはよう。アンタもう大丈夫なの?」
「え、大丈夫って何が?」
「あら、まだ調子悪い?アンタ昨日は帰ってくるなり晩ごはんも食べないですぐに寝るって言って、それきり部屋から出てこなかったじゃない」

夜中にひっそり部屋を覗いた時にはうなされていたらしいが、まったく覚えがない。

きょとんとする僕の顔を見て、今日は学校を休んだ方がいいのではないかと心配されたが、寝ていてもまたあの光景を夢に見てしまいそうで怖かったから結局登校することにした。

その日から僕は、残りの学校生活を送る中で一人での下校は避けた。
意味があったのかは分からないが、あの”変質者”に会うことは二度とないまま卒業を迎えることができた。

あれが一体何だったのかは、未だにわからないままだ。

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