企業取引研究会 報告書(公正取引委員会, 2024年12月)への意見
はじめに
意見1 「はじめに」の趣旨に賛成します。
意見2 透明性の高い適正な取引
「「物価や賃金が構造的に上がっていく経済社会」 における適正な企業間取引の在り方を見据え、適正な取引が透明性の高い形で実現される環境整備について、検討する必要がある。」p.1
との記載について、透明性が重要でることに賛成します。
意見3 個人事業主への配慮について
「企業間取引の在り方」p.1ですが、個人事業主は企業ではないため、個人事業主を相手方とする場合も含むことがどこかで読み取ることができることを希望します。
意見4 下請けの名称変更
「下請」というようごをふさわしい用語に変更することに賛成します。他の法令の他、白石忠志『法律文章読本』の読者にとっても整合的で納得感のある用語となることを希望します。
2 (4) 知的財産・ノウハウの取引適正化に関する論点
意見5 知的財産と知的財産権
用語として、「知的財産」と「知的財産権」を使い分けていただくことを希望します。
「知的財産」は知的財産権の保護対象となる客体で、発明、意匠、著作物、商標(ブランド)、業務上の信用、ノウハウなどです。製品の魅力(差別化要因、価値創造能力)となり売上を得ることに役立ちます。
知的財産権はこれらを一定条件下で保護する権利で、特許権、意匠権、著作権、商標権などです。知的財産権は、差別化要因であり、価値創造能力であり、稼げる強みであるところの知的財産を、一定期間、権限のない他社から模倣から守ることで、知的財産の獲得に費やした投資の回収を可能とします。
なお、ノウハウは不正競争防止法で保護されますが、ノウハウについての権利は存在しません。不正競争防止法は事業と分離して移転可能な権利を付与しておらず、一定の場合に差止請求権を生じさせています。知的財産基本法では簡便のためな不競法上の地位も権利としていますが、知的財産基本法の規定によって不正競争防止法上の地位が権利になることはありません。(権利ではないため、事業と分離した移転について第三者対抗を得る仕組みがなく、二重譲渡について法的安定性がない)
知的財産は法律上の保護がありますが、法律上の保護があるかどうか確定しないが、企業経営に役立つ見えない資産を、経済産業省では知的資産と呼んでいます。
https://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/index.html
国際的には「インタンジブルズ」という用語も使われています。インタンジブル・アセットが無形資産で、インタンジブルズは会計基準によって資産計上可能とされる無形資産よりも広く、人的資本なども含まれます。
意見6 知的財産と知的財産権、それぞれの取引の適正化
知的財産・知的財産権の取引の適正化に際しては2つの異なる態様があることにご配慮をお願いします。
(1)知的財産の取引の適正化
取引の対価は製品やサービスの提供のみなのに、製品やサービスの提供に付随して技術やノウハウなどを無償で求められて応じてしまう事例はあります。
その無償でアクセスされた技術やノウハウについて、技術供与等の対価を得ていないまま、発注者が第三者に技術やノウハウを伝えて発注してしまう事例もあります。これは、金型の提供等と同様の構造です。
知的財産を奪われてしまうと、次の受注機会を失います。失うことが、受注者の経済的損失になります。
もしも知的財産の内容を使って良いとして提供する場合、今後の複数の受注機会を失うことを見越した対価の額とすることが経済合理性による判断となりますが、無断で奪われてしまうと、その対価を得ることができません。
対価については、例えば、不動産を1年間賃貸する場合の対価(賃料)と、今後永遠に賃料を得られない状態とする場合の対価は、桁で異なってきます。永遠に賃料(使用料)を得られないことに相当するのは、所有権の対価です。
知的財産の取引について、その対価の額が参酌して当事者間の合意内容を確定すべきと考えます。著作権譲渡契約とされていても、使用料にすぎない対価額の場合、認定できる当事者間の合意は使用許諾契約とすべきです。
(2)知的財産権の取引の適正化
知的財産権の取引の適正化は、知的財産権の帰属の適正化です。例えば、小説の新人賞に応募すると、規約によって著作権がコンテスト主催の出版社に帰属してしまうような態様が多いです。映画化する権利を出版社が持ち、著作者は止められません。この場合、優越的地位の濫用との評価も可能とは思いますが、その条件に同意して応募をしている点で、この場合、契約上は合法と思われます。
特許権(特許を受ける権利)の帰属についても、資料編p.27に記載されているとおり、大手メーカーに特許を受ける権利を奪われてしまう事例があります。
意見7 知的財産の取引の適正化と生成AI
知的財産の取引の適正化について、生成AIによるコンテンツの学習についても問題となることに、ご配慮ください。
イラストの制作、音楽の作曲、役者・歌手や声優の出演は、通例、創作し、演じる内容についての対価を出発点として、Web配信の有無や上映の回数や期間などに応じた追加的な対価を定めます。
発注者は、通常、制作したイラストを切り貼りして別の表現を作ったり、録音した声を違う場面でも使うなどのことはしません。しかし、生成AIは、劣化があるとはいえ、納品した表現を学習することで、異なる表現生成することができます。例えば、真の著作者や著作権者に無許諾でポルノにして販売したり、政治家等に事実とは異なる発言をさせて公表するなどの事例も生じています。
意見8 知的財産の取引の適正化と生成AIとプラットフォーマー
イラストを制作する契約に際して、生成AIによる学習を禁止することはできますが、大手プラットフォーマー等は一方的な規約で無断学習を継続しようとしています。生成AIで学習されるとは思わずにプラットフォーマーのWebサービスに投稿したりアップロードした作品が、学習されてしまっています。
確かに、日本の著作権法30条の4によって学習自体は一定条件下で無許諾で可能な場面もあるのかもしれませんが、海賊版のように類似した表現物や、同一人と分かる声によるディープフェイク等が拡散されてしい、それだけ拡散されてしまうことの対価はプラットフォーマーから得ることができないため、今までのようにインターネットに気軽に公開することができなくなり、さらに、学習自体を禁止するしか創作活動や収入機会を守ることができなくなっています。
生成AIによるコンテンツの学習は、市場で生じていることを観察すると、技術、ノウハウ、金型に込められた知恵などを無断で奪われることと同様の構造です。
知的財産権法の解釈は別途行われるとして、賃上げと投資がけん引する成長型経済において、適正な企業間取引の在り方を見据え、優越的地位の濫用規制の観点から、適正な取引が透明性の高い形で実現される環境整備をご検討頂く際に、あわせて、この生成AIの学習についても取り上げて頂きたく、お願いします。
2025年1月現在、イラスト、写真や動画について、生成AI出力であっても、その出力物自体に生成AIであると明記しないケースが多く、コンテンツの消費者の視点からも、透明性のある取引ができない状態にあります。
なお、米FTCは、生成AIが生じさせる課題について次のような「重要な原則」を表明し、取り組んできてくれました。
https://www.ftc.gov/policy/advocacy-research/tech-at-ftc/2024/02/few-key-principles-excerpt-chair-khans-remarks-january-tech-summit-ai
[1] AI利用の全体について「ボトルネック」に焦点をあてる。独占企業はボトルネックを利用して顧客から搾取し独占を維持しようとする。
[2] どこにインセンティブがあるかビジネスモデルを分析する。行動ターゲティング広告が際限なくユーザーデータを収集しようとしたことと同様に、生成AIは際限なくモデルのトレーニングをしようとする。
[3] AIのバリューチェーン全体を観察し、能力と管理の責任を一致させる。例えば詐欺を促進する上流の決済関係者にも責任を負わせる。
[4] 効果的な是正措置の策定を目指している。例えばモデルトレーニングに使用できないデータがあることを明確にしてきている。
米FTCからの情報について、概要を日本語で整理しました。
https://note.com/kvaluation/n/n7ca1dc2a612a
意見9 幅広い業種を対象とした実態調査に賛成します。
生成AIに関しては、イラストレーター、写真家、声優、翻訳者など「奪われる側」の立場の方々への調査も希望します。
本報告書では、技術系の知的財産への言及が多いですが、製品やサービスが売れる理由なり強みの源泉がソフトウエアやコンテンツになっている業種も増えてきており、ソフトウエアやコンテンツに関する取引についても、調査やヒアリングなどを期待しています。
実態調査のもう一つの視点は「データの支配が競争上の優位性や力の源泉となる」点です(デビッド・ガーバー[著]・白石忠志[訳]『競争法ガイド』第12章「競争の変容と競争法の変化」第182頁)。
日本の大手企業であれば対話により生成AIへの学習の対価について交渉できる可能性はありますが、米国本社のプラットフォーマーとの取引や契約は一方的で、交渉の余地もなく、都合良く規約が変更されてしまいます。「公正な競争環境」により自然とわが国からもイノベーションが巻き起こるように、プラットフォーマーの過度な優位性については、引き続きの監視と措置をお願い申し上げます。