IFRS財団と統合報告2024年4月
1. 統合報告の<IR>フレームワークはどうなるか
IFRS財団に2つの審議会がある。
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、次の2年間になにをすべきかのアジェンダコンサルテーションと、その分析が終わり、対象を決定した。
IASB(国際会計基準審議会)では、経営者による説明(Manegement Commentary)の審議が行われている。
2024年4月、IIRC(国際統合報告評議会)が定めた統合報告の<IR>フレームワーク(統合報告フレームワーク)は、IFRS財団の所有物となっている。IFRS財団は、定性的な開示に関して、ISSBスタンダードであるIFRS S1, S2と、IASBの経営者による説明MCと、<IR>フレームワークの3つを有している。
日本では統合報告書の発行企業が多く、1,000社を超えるという。
<IR>フレームワークがIFRS財団においてどのような扱いになるか、直近2年間とその後について、現在入手できる情報を整理した。本稿では、最後に、統合報告に関する私見によるロードマップが提案されている。
2. 統合報告に関するIFRS財団の情報源
まず、情報源を掲げる。
[1] ISSB Consultation on Agenda Priorities
ISSBによる「アジェンダコンサルテーション」についての情報は次のURL先に整理されている。
https://ifrs.org/projects/work-plan/issb-consultation-on-agenda-priorities/
サステナビリティ関連財務情報に関する一般要求事項であるIFRS S1と、気候変動に関するIFRS S2が策定、公開され、ISSBは次になにをすべきかについて、情報要求として、幅広く意見を募集した。
この情報要求の日本語訳も公開されている。
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/project/issb-consultation-on-agenda-priorities/ja-rfi-issb-2023-1-consultation-on-agenda-priorities.pdf
提出された意見は、次のページで公開されている
https://www.ifrs.org/projects/work-plan/issb-consultation-on-agenda-priorities/rfi-cls-agenda-priorities/#view-the-comment-letters
ISSBの活動については、SSBJによる日本語情報がある。
https://www.ssb-j.jp/jp/
[2] IASB Management Commentary
IASBは、2021年5月に経営者による説明(Management Commentary)の草案を公開し、11月23日まで意見募集した。
Management Commentaryに関する情報は次のURL先に整理されている。
https://ifrs.org/projects/work-plan/management-commentary/
公開草案は、IFRS実務記述書「経営者による説明」本体の日本語訳と、結論の根拠の日本語訳が示されている。
経営者による説明の公開草案に対して提出された意見は、次のページで公開されている。
https://www.ifrs.org/projects/work-plan/management-commentary/exposure-draft-and-comment-letters-management-commentary/#view-the-comment-letters
[3] Integrated reporting
<IR>フレームワークは、IIRCで開発され、VRF(価値報告財団)を経て、IFRS財団の所有物となった。統合報告に関する情報は、各URL先に整理されている。
https://ifrs.org/issued-standards/integrated-reporting/
https://integratedreporting.ifrs.org/
IFRS財団のifrs.org のページには、メンバー等の情報はないが、integratedreporting.ifrs.org の下記ページで公開されており、IIRCに関与していた多くの人々が引き続き関与してくれている。
https://integratedreporting.ifrs.org/the-iirc-2/staff/
<IR>フレームワークは、次のページからダウンロードできる。メールアドレスの登録が必要かもしれない。
https://integratedreporting.ifrs.org/international-framework-downloads/
[4] Integrated Reporting and Connectivity Council (IRCC)
IRCCは、IFRS 財団評議員会、IASBおよびISSBの諮問機関であり、IASBとISSBが要求する報告をどのように統合できるか、そして、IASB と ISSB が統合報告フレームワークの原則と概念をプロジェクトに適用することをどのように検討できるかについて、ガイダンスを提供する。
https://www.ifrs.org/groups/integrated-reporting-and-connectivity-council/
IRCCには、日本から、Izumi Kobayashi、Yoichi Mori、Yoshiko Shibasaka、Takayuki Sumita、Hiromi Yamaji(敬称略)が参加しており、不定期に会議が開催されている。会議の模様はIFRS財団のWeb Castで公開されている。
3. ISSBのアジェンダコンサルテーションに関する結論
[1] 優先順位の問い
ISSBが次に取り組むべき対象に関するコンサルテーションでは次の問いが発せられた。
[2] 優先順位の結論
優先順位について、次の内容について、ISSBの作業に基本的に組み込まれているとして、焦点レベルを特定せず、ISSBの全作業に不可欠と認めた。
[3] 次のリサーチプロジェクトの問い
コンサルテーションでは、新たなリサーチプロジェクトとして次の4つの案が示されていた。
[4] 次のリサーチプロジェクトの結論
やや低いレベルの焦点(注力レベル)をあてる新しいリサーチプロジェクトとして、次の2つが選ばれた。
下記は選ばれなかった。
[5] ISSB 委員の発言から(非公式なまとめ)
2024年4月のISSB審議では、報告における統合や、統合報告について、委員から次のような発言があった。
なお、会議は、IFRS財団Webサイトへのメールアドレスの登録で視聴できる(Meeting→GroupでISSB, 年度や会議日を選びWatch Online)。
4. IASB MCの審議
[1] 経営者による説明の概要
2024年4月の段階で、統合報告や企業報告の未来を検討する際には、ISSBのアジェンダコンサルテーションの結論のみならず、IFRS財団のIASBの検討事項を参照しておかなければならない。
経営者による説明(MC)の全体像については、経済産業省によるスライドもある。
MCは、日本では、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)に対応する。
[2] IASB 経営者による説明プロジェクト 今後2年間
2024年1月のIASBとISSBの合同ミーティングを経て、2024年3月のIASB会議にて、経営者による説明のプロジェクトに関して、今後2年間どうすべきか、事務局から4つの選択肢が提案された。
[3] スタッフペーパーの指摘事項
段落11では、マネジメント・コメンタリーが必ずしも一般目的財務報告の主要な利用者のニーズを満たしていない点が整理された。
[4] IASB会議の要旨(非公式)
この2024年3月の会議では、決定は求められておらず、委員には質問や意見が求められた。1時間程度、これらの選択肢が議論された。
以下、鈴木健治個人が文字起こしし、整理した内容を紹介する。出典は、2024年3月22日午後、14時から議題15のIASB会議の動画である。
■まず、2名以上の委員に共通した指摘があった。
■選択肢2のプロジェクトの中止や統合報告の評価に注目してみると、次のようなコメントがあった。
■IASBの視座か、IFRS財団の視座か、短期か、長期かという点で、委員のRika Suzuki氏からの提案があり、副議長や議長からそのような長期指向の発言があった。
[5] IASB会議の委員発言(非公式)
上記と重複するが、統合報告の未来を考えるうえで重要なIASB委員の発言を和訳して紹介する。
5. 2026年以降
[1] 現状分析
・ISSBは報告における統合を採用されず、今後2年間、ISSB主導で<IR>フレームワークが更新される可能性はほぼない。
・IASBの経営者による説明MCプロジェクトが、2024年現在において直ちに、<IR>フレームワークとMCを一体化する広範なプロジェクトに変化する可能性はほぼない。
・2024年から2年間か3年間は、現状の<IR>フレームワークによる統合報告書の発行が継続するが、未来を見据えた工夫の余地が多数ありそうである。
・別途IFRS18が更新され(サマリー)利益の内訳として、営業(Operating)、投資(Investing)、金融(Financing)の3区分となった。IFRS S1の財務マテリアリティにせよ、<IR>フレームワークの価値創造能力にせよ、経営者による説明MCのキャッシュフローへの影響にせよ、この利益の区分にあわせて分析していく未来像も考えられることになった。利益区分は2017年からだが、早期適用もできる。
IFRS18によるManagement-defined performance measures (MPMs)も、実務はこれからとしても、KPIsのうち財務の勘定科目と結びつきが強く、経営者が使用しているKPIについては連続性があるだろう。
・ISSBから、IFRS S1と統合報告を併用する際のガイド「統合報告への移行:開始ガイド」が公開される予定とされている。
[2] 洞察と着眼点
ナラティブな開示は、例えば、経営デザインシートでいう提供価値、ビジネスモデルおよび資源の結合性(Connectivity)で説明できる。そのうち、提供価値が、市場規模とシェアや、利益率を決定付け、将来キャッシュフローを予測するナラティブな根拠となる。
一般的に、将来キャッシュフローは年度ごとに予測し、3年後か5年後程度まで予測できる。6年後以降は、一定程度の継続性を前提としたより主観的な判断となりやすい。
例えば6年後以降の中長期、超長期については、長期的に継続する非財務の要因、技術力、ブランド力から、さらに人材育成の体制や企業文化などの長期性の高いインタンジブルズを加味して、その潜在的な価値(の継続性)を分析していくことになる。
このような短期、中期、長期とキャッシュフローの関係性を対比してみると、経営者による説明MCがキャッシュフローの創出能力に焦点をあてていることが、現状分析のための重要な着眼点となる。
[3] IFRS S1, MCおよび<IR>フレームワークそれぞれの役割
時間軸で2つにわけたい。次のように整理できる。
A: 短期から中期: キャッシュフロー生成能力
B: 中期から長期: 価値創造ストーリーによる企業価値
Aは、経営者による説明MCの主たる記述対象であり、キャッシュフローとの関係性について、厳密な構造が与えられる。また、Aは、IFRS S1, S2やESRSでの「財務マテリアリティ」そのものであり、または深く関連している。
IFRS S1は「リスクと機会がもたらすキャッシュフローへの影響を記載する(パラグラフ29(d))」と定めている。キャッシュフローを予測できる期間が対象なのだろう。キャッシュフローの予測をするには不確実すぎる未来(B)については、記述しづらい要請である。
AおよびBは、統合報告の記述対象であり、価値創造能力を起点として、「組織の期待、野心及び意図について、現実的に記述されるよう留意しつつ(4.37)」中期および長期のビジョンや計画、ナラティブな価値創造ストーリーをKPIsなど利用しながら記述できる。
統合報告において、AについてはMCやIFRS S1の厳密な構造やサステナビリティのリスクと機会との関係性をより吟味し、財務報告との一体性をより高めた開示をする一方、AおよびB、特にAの裏付けのあるBについて、企業が持つ野心及び意図を開示することができる。
比較可能性については、AおよびB両方とも確保していくことができるが、比較の手法や目的は異なってくる。
Aは、例えば財務分析での比較であり、数字そのものを比較したい。このため、原則やルールに従って得られた数値や記述の開示が望まれる。つまり、規定演技の開示は直接的な比較が可能である。
一方、Bは、自由演技であり、企業の個性が発揮されるべき開示である。しかし、比較可能性はあると良く、それは、個性の表現が一定のプロセスを経て生み出された、という手続保証により、比較可能性を確保できる。
例えば、パーパス、ビジョンやマテリアリティについて、その特定プロセスを開示すると、その情報の品質をプロセスが保証する、という構造を保てる。
報告のためだけのパーパス風の言葉なのか、組織内で一定のプロセスを経て定められ、検証され、社内浸透が図られている企業文化の骨格の内容を表現するための言葉なのかを、読み手のセンスや洞察力ではなく、制定や活用のプロセス情報によって、確からしさを伝達していくのである。
Aは、財務報告との一体性が高いから、財務報告と同時に開示していく実務が理想となるだろう。
Bは、または、AとBを一体化した報告(例えば統合報告)は、財務報告後、分析や計画立案のための一定期間を経てからの開示とすることが考えられる。
6. 2026年までに統合報告はどのように進化すべきか
[1] フレームワークやスタンダードの読み込み
フレームワーク自体を読み、そこから自社の開示の未来像を描いていく。
例えば、IFRS S1のパラグラフ2は、統合思考を深く記述した内容とされている。IFRS S1, S2やMCとの比較で、<IR>フレームワークがより中長期の未来像を描きやすい要請になっていることもわかるだろう。<IR>フレームワークについては、日本語訳よりも英文そのものにあたりたくなる場面も増えてくるだろう。
開示の業務として、他社事例の収集と整理は仕事であるが、フレームワークの読み込みは勉強であって仕事では無いという整理もかつてはあり得たかも知れないが、現在、フレームワークやスタンダードの読み込みから自社の次の開示のヒントを得ようとするのは最上級の仕事であり、業務時間中に行うべきである。
[2] <IR>フレームワークへの準拠
<IR>フレームワークへの準拠を高め、準拠しない場合にはその説明があると良い。
例えば、時間軸について5.9, 5.10および5.11を参照し、「長期的な事象は不確実性に影響される可能性がより高いことから、 それらに関する情報はより定性的なものとなる場合が多く、短期的な事象に関する情報は定量化、更には金額評価に適している場合がある」といった指摘に応じた開示ができると良い。
5.11を参照すると、中長期に関する開示は、キャッシュフローという金額評価や定量化ではなく、定性的なものとなる。
4Gの見通しや、4Fの実績について、例えば、4.33「財務指標と他の要素とを結合させる主要業績指標 (KPI) (例えば、売上高と温室効果ガス排出量との比率など) 」といった要請が参考となる。KPIを開示する際、4.33に当てはまらない場合、なぜそのKPIが選ばれたのか、また開示するのかを説明できるようにしておけると良い。
価値創造プロセス図については、アウトプットとアウトカムを定義(2.23, 4C)にあわせるか、あわせない場合にはそうすることで伝えたい内容をより強調できると良い。例えば、現状の定義で、アウトカムの提供する価値そのものではなく、6資本の価値に割り当てて開示する。
6資本の定量的・定性的価値にほぼ割り当てられれば、簿価と時価の差額部分について、6資本で説明できる可能性が生まれる。
もちろん、そうではなく、提供価値そのものをインプットやアウトプットと関連させて説明したい場合、アウトカムを6資本と関連させずに表現することも選択肢となる。
価値創造プロセス図では、同じものをインプットにもアウトプットにもできる。また、過去をインプットとして当期実績を示すことも(過去〜現在, AsWas)、当期実績をインプットとして中長期の未来への価値想像プロセスを示すことも(現在から未来, ToBe)できる。<IR>フレームワークでは明確な要請がない部分であり、自由演技でアピールしたい内容をより表現できる形式とできれば良い。
例えば、株主資本(前期末か当期の平均値)をインプットとして、ビジネスアクティビティとアウトプットを経由して、ROEで表現できるアウトカム(財務資本)となる。ROAであれば製造資本がインプットとなる。
当期の研修費用をインプットとして、専門性の高い人材をアウトカム(人的資本)としても良いし、人的資本をインプットとして、顧客にとっての価値やブランド価値をアウトカムとしても良い。ブランド価値をインプットとして、ROSやシェアをアウトカムとしても良い。伝えたい価値創造ストーリーによって、どの資本をインプットとし、どの資本をアウトカムにするかを選び、価値創造ストーリーを伝えるために重要な資本を結合性(Connectivity)を維持しつつ選択し残せば良い。
経営デザインシートで、過去と未来を別々に価値創造メカニズム(資源、ビジネスモデル、提供価値)を描いておくと、この価値創造プロセスで伝えたいことが明確となっていく。価値創造プロセス図を過去から現在と、現在から未来の2つ描くことも考えられる。現在から未来については、概念的には、キャッシュフローを見込める期間Aと、より定性的な説明が必要な期間Bとに分かれるが、区分けして開示する義務は無い(<IR>フレームワーク5.11)。
[3] 財務マテリアリティと利益
IFRS18号の区分による利益や指標(KPIs, MPMs)、事業・地域のマトリックスとなっているセグメント利益という財務成果と、統合報告で開示する内容の関連性も考えていきたい。もちろん、IFRS S1, S2やCSRD-ESRSの財務マテリアリティをIFRS18号の利益区分で分析することも考えられる。
バランスシートとの関係は、引き続き、ROA, ROEをPBR等の株価指標とも組み合わせて継続利用したい。
IFRS18が浸透した未来における財務マテリアリティを想定し、そのサステナビリティ関連財務情報の開示を目指したい。
[4] <IR>フレームワークや統合報告書へのMC等の取り込み
<IR>フレームワークや統合報告は、IFRS財団、IASBおよびISSBから推奨されており、2年か3年はそのフレームワークも改訂されない可能性が高まった。しかし、IFRS S1, S2や、MCの他、CSRD-ESRS、GRI、SASBその他多様な要請が提案され続けている。
上記の短期から中期のキャッシュフローへの影響を吟味できる期間Aについては、統合報告の作り込みに際してMCやIFRS S1等も参酌することが考えられる。
中期から長期の開示Bこそが、統合報告書で長期投資家に自社を説明する機会であるから、長期安定株主を求める企業は、長期ビジョンや、2050年などのありたい姿を言語化し、中長期の取り組みや、人材育成・企業文化の醸成や中長期の投資方針など、中長期に安定して機能するインタンジブルズがどう未来の企業価値に結びつくかについての開示を充実させたい。
[4] インタンジブルズ間の結合性(Connectivity)
MERITUMは人的資本、構造資本、社会関係資本に区分した。<IR>フレームワークは、6資本に区分した。
これらのインタンジブルズは、単体では価値をもたないことがほとんどである。ビジネスで活用され、製品サービスを通じて市場において価値になる。インタンジブルズの価値が市場において現れるとき、1つの資本だけで価値になるのではなく、複数の資本が結合している。そして、なんらかの時間軸に沿った資本間の相互作用があり(<IR>フレームワーク3B, 3.8)、顧客の笑顔や満足、納得や得がたい体験などの価値を生み出し、それは、キャッシュと交換されることになろう。
この複数の資本間の組み合わせは、その企業の個性であり、価値創造を長期間にわたって他社に真似されない強みの源泉といえる。
統合報告の開示に際しては、過去から現在について、売上やシェアの観点での主力品について、稼げる強みがなんだったのか、インタンジブルズの結合性を分析したい。
現在から未来については、高シェアや売上を維持し、利益率をまもる理由や要素として、未来において機能しているであろうインタンジブルズ間の結合性のうち、自社の個性でもある結合性を開示したい。
この未来におけるインタンジブルズ間の結合性の開示は、長期投資家に向けて、現在の高シェア、高利益率が未来においても継続する理由を伝えるものであり、競合が知ったとしても簡単に真似できない内容である。
経営デザインシートは、この過去から未来の情報の結合性を1枚に整理できるツールであり、経営デザインシートを活用した統合報告の発行は、価値創造ストーリーの質を高める。
<IR>フレームワークにいう価値創造能力について、インタンジブルズの結合性の観点で分析し、真似されない個性である内容については開示していきたい。
結合性(Connectivity)については、<IR>フレームワークの策定に際して、WICIがバックグラウンドペーパーを策定した。その日本語対訳が公開されている。
[5] 統合報告による統合思考の社内浸透
統合報告の発行に向けた部門間の対話は、社内に統合思考を浸透させる素晴らしい機会である。単なる対話ではなく、統合報告書の発行という期限と開示スペースが定まっている業務であり、期限や上限を意識した生産性の高い対話をもたらす。
また、1年に1度の発行であれば、来年や数年後にはこう開示できるような企業でありたいという認識を、部門間で共有しやすくなる。
さらに、統合報告の発行によって、社内外の取締役が、自社をどう投資家に伝えるかを考える機会になり、社外取締役が自社の根幹を理解する機会となる。
統合報告書という、投資家向けの開示資料を用いて社内に情報伝達することで、取締役会や経営者が社外に表明している内容が社内に浸透し、企業文化が醸成されていく。
統合思考が組織内に浸透すると、価値創造のための活動がより合理的となり、無駄のない生産的な組織活動をもたらし、コミュニケーションのコストを低下させていく。
このような統合思考が組織へ浸透するには、数字に近づきつつも、数字を離れた野心や願望の対話が重要であり、原則主義により自由演技での個性ある説明を求めることが望ましい。
比較可能性や財務との結びつきも重要であるが、統合思考の浸透による顧客満足や生産性、ブランド価値の向上も重要であり、そのトレードオフで一方に偏らない姿勢を保ちたい。
つまり、比較可能性や財務との結びつきを損なっても良い価値観は、統合思考にある。統合思考の成果は、中長期に財務に結びつくことを示唆する質の高い価値創造ストーリーでなければならない。
統合思考は、統合報告書を悩みながら発行し続けた結果なのか、長期ビジョンの結晶なのか、リーダーシップの成果なのか、どういう状態であれば統合思考が浸透したといえるのか、統合思考が浸透した組織に特有な成果とは何なのか、判らないことは多い。
しかし、統合思考は重要であると多くの人々が体感しており、統合報告書が成功し続けている重要な要素の一つである。しかし、実際、統合思考がなぜ重要なのかは、21世紀においてもまだ謎に満ちている。企業報告は、その謎を解明していくプロセスでもある。