田村善之教授の判例評釈手法「徹底判民型」の成果を田村・清水『特許法講義』から学ぶ
このエントリーは、知財系 Advent Calendar 2024 の12月6日分です。
田村善之・清水紀子『特許法講義』の紹介
2024年4月15日、Xのポストで『特許法講義』の紹介をしたところ、43リポスト, 193いいねで拡散され、3.1万件表示された。『特許法講義』お手にとっていただいた皆様、ありがとうございます。お話ししたいです。
想定外に多彩な反響をいただき喜んでおります。推し活して良かった。
『特許法講義』から学ぶ「徹底判民型」の判例評釈
さて、(当然)無効の抗弁は、キルビーが有名だが、徹底判民型の田村先生の論文が大きな転換をもたらした。『特許法講義』でその経緯が解説されている(211-213頁)。
判決の「事案とその結論との関係だけに着目した整理」が、「徹底判民型」の判例評釈であり、田村善之教授の研究の骨格の一つといえる。事案とその結論の関係にのみ着目するのは、判決文中にある理由や法理に引きずられないということであり、より具体的に吟味することになる。
田村先生は、この徹底判民型の判例評釈と、行政法の自然な理解の延長線上の分析から、1996年に「当然無効の抗弁説」を公表した。
田村善之「特許侵害訴訟における公知技術の抗弁と当然無効の抗弁(1)」特許研究21号4-32頁(1996年)
田村善之「特許侵害訴訟における公知技術の抗弁と当然無効の抗弁(2)」特許研究22号4-23頁(1996年)
国立国会図書館の本登録の登録利用者は個人送信サービスで手元の端末で閲覧できる。
1996年の田村論文の4年後、髙部眞規子調査官時代の2000年にキルビー抗弁の最判平成12・4・11[半導体装置](213頁)、さらに2004年に現在の特許法104条の3第1項の改正(214-215頁)があった。
田村先生の徹底判民型の研究が「特許の無効を判断するのは特許庁の専権」という知財村の呪縛を解き、裁判の予見可能性を高める判決や特許法改正に繋がって行った。『特許法講義』はさらに、2011年特許法改正による再審制限と「明らか要件」の関係という理解が難しい内容を丁寧に解説している。
徹底判民型の判例評釈手法
この徹底判民型の判例評釈については、次の論文に詳述されている。
田村善之「判例評釈の手法-「判民型」判例評釈の意義とその効用-」(法曹時報74巻5号961-1031頁,2022.5)
https://cir.nii.ac.jp/crid/152029218237014822
紙の現物へのアクセスが必要だが、国立国会図書館の本登録の登録利用者は郵送申込(遠隔複写)で取り寄せることができる。遠隔複写は神奈川県からでも関西館の方が早い。
この判例評釈の手法の解説は、2024年の北大サマーセミーの1コマ(判例研究の手法:知的財産分野における「判民型」判例評釈の意義とその効用)で、会場またはZoomでライブ受講できた。弁理士は研修単位もつく(400字のレポート提出が必要)。会場で受講した私の感想は別途報告済みである。
今回改めて本論文を読み直した。多くの人と共有したい点は、判決の形成過程での理由の取り扱い方である。
この論文は、『特許法講義』の第2版など大学生や社会人が読む教科書に忍ばせておくと、判決から将来を見通す分析ができる(研究者的な)人材育成に役立つと思われる。なお、知的財産法で徹底判民型が必要となるのは、最判が少ないことが一要因とされている。
技術的思想
北大セミナーの田村先生との立ち話で、この徹底判民型の直接的な成果として、『特許法講義』で解説されているトピックスとして、上述の無効の抗弁(208-211, 213頁)の他、もう1つの代表例を教わることができ、必死でメモをした。
それは「技術的思想」の要件である。『特許法講義』35頁では判決の引用は無いが、田村先生が事実と結論の関係に注目して判決を整理したところ「精神活動」「心理法則」などと言及される判決を徹底判民すると、そのような主観型は結論として特許による保護対象外となっている、と簡単に述べられている。
田村善之=時井真=酒迎明洋『プラクティス知的財産法 Ⅰ 特許法』[第2版](信山社、2024.6)では、「人の趣味・嗜好に依存する創作」として、他法域との関係にも言及した解説がなされている(127-129頁)。
論文では、『特許法講義』75頁に案内されている通り、「特許適格性要件の機能と意義に関する一考察(1)」知的財産法政策学研究64号39-71頁(2022.10, 48-56頁)がある。
発明、知財、特許などに興味を持つタイプの人たちは、技術が課題をどう具体的に解決するのか、その仕組みに興味を持つ人が多い。
どう動いて、なぜ課題解決できるのか、かつては作用効果といっていた、構成、構造や機構が動き出す瞬間を理解できた快感というのは代えがたいものがある。『特許法講義』を考えながら読んでいくのは大変ではあるが、『特許法講義』の体験には、謎解きのような同種の快感がある。
徹底競争法型
徹底判民型は判例評釈の手法とされている。徹底判民的なアプローチで田村先生の研究を振り返ると、田村先生は市場における競争の役割(さらにはパブリックドメイン)に、特権的に着目してきた、という地図を描くことができる。
「判民型」という判例評釈のネーミングの並行世界として「徹底競争法型」という視座がありそうなのである。例えば、田村先生は競争秩序や競争政策として、「競争減殺型」、「不当需要喚起型」、「成果冒用型」の行為類型に整理する(「競争政策と「民法」」『知財の理論』第81-82頁;『不正競争法概説』[第2版]有斐閣、2003.9)。
田村先生は市場による選択(市場的決定)と裁判所の介入(権威的決定)の役割分担を吟味し次のように説示する。
そして、特許法の条文や、判決の理由と並行して、この競争秩序の事実を吟味する「徹底競争法型」の思索が、「二重の控除をやめよ」という『知的財産権と損害賠償』[第3版](弘文堂2023.4)を生み出したように思われる。
二重の控除をやめよ、というのは、特許権者の固定費と侵害者の固定費を侵害者の売上から二重に控除せず、侵害者の売上から限界費用のみを控除したものが逸失利益である、というかつての純利益説への批判である(『知的財産権と損害賠償』[第3版]237-238頁)。
現在では判例通説となった限界利益説について『特許法講義』は具体例で説明したのち「純利益額が賠償額とされたら、固定費の額が二重にカウントされている分、賠償額が少なくなりすぎます」と説示している(355-357頁)。
田村先生は、損害論の判決について、市場でなにが発生し、その侵害がなかった状態はどのような状態かを、自由の思想による市場が正常に機能しているならば、という競争法的な発想で、吟味してこられたと想定されるのである。
特許権侵害についてなぜ102条のような特則を設ける必要があるのか、という競争政策について、田村先生は次のように説示する。
この「特許権の侵害は、有体物の毀損という形ではなくて、市場を媒介として損害が発生する」というフレーズは大変に素晴らしい。特許明細書や条文を読んでいても、損害額や特許権の経済的価値はわからない。損害額や経済的価値を評価するには、侵害品の市場をみなければならない。
特許情報の活用や開示に際しても、製品の市場情報が重要であるのは、特許権の侵害に関するこの性質による。
損害論は、限界利益までで離脱してしまう人も多いが、さらに2つのハードルがある。第1は特許発明以外の実施品、第2は部分の場合の損害額(寄与率)である。
『特許法講義』はこれらの点も重層的に説明されている。プラクティスとの併読も良い。
第1について、102条1項1号の条文上「特許発明の実施品」ではなく「侵害がなければ販売することができた物」となっている。
これは田村先生が1998年改正に向けて「特許発明以外の実施品も含む形で条文を書いてくださいとお願いしました。それもあって、現在の条文になりました」(『特許法講義』352-354頁)。
実施品不要説は現在では条文、判例であり、条文構造が同一の著作権法の解釈でも妥当すると考えられる。
第2について、『特許法講義』に「徹底競争法型」といいたい市場による自由の思想への接続を感じさせる記述がある。
つまり、侵害部分の製品における売上原価の比率ではない。自由に公正に取引できる市場で、その需要が特許権者に流れるのか侵害者に流れるのかという因果関係による割合である。従って、特許部分がなくても侵害品全体が購入されれた数量は、特許発明と侵害品の販売に因果関係がないから、侵害者の全体の製品の譲渡数量から控除する特定数量(102条1項1号括弧書)として減算すれば良い。
この一部実施については、製品全体の売上高に対して部分が寄与する割合のような数字(寄与率)で損害額を減額しておくことで、他の部分の特許権や商標権の取り分を残しておくような発想になりがちであるが、特定数量として考えることが自然である。しかし、知財高裁大合議判決は「単位数量当たりの利益の額」の要素として減算しており、批判されている(368頁)。
2019年改正の起草の問題もあり、混乱もあるが、問題点や「素直な」条文の理解についても『特許法講義』に丁寧に解説されている(373-375頁)。
部分実施に関連する判決の推移は『プラクティス知的財産法 Ⅰ 特許法』[第2版]206-212に解説がある。
著作権法の解釈との関係
「徹底競争法型」の考え方や研究は、「日本型フェア・ユース」として華々しく導入された著作権法の規定の解釈に影響すると思われる。
米フェア・ユースの解釈では「著作物の潜在的市場あるいは価値への影響」が考慮要素の1つとなっている(村井 麻衣子「フェア・ユースにおける市場の失敗理論と変容的利用の理論 (3) : 日本著作権法の制限規定に対する示唆」知的財産法政策学研究 47号119-148頁, 2015.11)。
これは競争法的な考慮要素であるが、日本の著作権法30条の4では、他の考慮要素を連想させる用語が含まれているにもかかわらず、潜在的市場や市場価値を想起させる用語がなく、単に「著作権者の利益を不当に害する」と述べている。
生成AIと著作権のような国際的に同時並行で紛争が生じる状況を前にして、日本の著作権法の解釈に際しても「徹底競争法型」の解釈論が求められよう。
例えば、田村先生は、特許法102条3項(相当実施料額)について、2項は逸失利益とは異質な概念であると説示しつつ、次のように述べる。
著作権法114条3項は同様の規定ぶりであり、著作権法は著作権者に市場機会を割り当てているといえよう。
職務発明対価訴訟
自分自身、職務発明対価訴訟、とくに自社実施について、1つの算式にした際のパラメータを整理したことがある。徹底判民型にも徹底競争法型にも至らない平凡な作業となったが、判決文中の理由よりは数字を、特に市場でなにが起きたのかの事実認定については判決の認定なり認識限度を超える想定をしつつ整理した。
鈴木健治「知的財産権の資産活用及び価値評価の視点から職務発明対価訴訟及び特許権侵害訴訟の判決を読む(1)」(パテント60(7), 80-100頁, 2007.7)
鈴木健治「知的財産権の資産活用及び価値評価の視点から職務発明対価訴訟及び特許権侵害訴訟の判決を読む(2)」(パテント60(8), 34-65頁, 2007.8)
(2)p.42の表3を見たかったことが動機の作業だったが、事実を確認していくだけでずいぶんと手間がかかった。
判決を俯瞰的に料理してくださる研究はとても有り難い。
知財系AC2024、明日はUchidaさん「2024年執筆記事まとめ」です。楽しみですね!