塔11月号② 作品2より
『塔』2023年11月号の作品2、岡部史さん選歌欄より気になった歌をあげて
感想を書いてみました。(敬称略)
・暮れ方に乗っている車、あるいは列車がトンネルに入り、出るたびに闇が深まってゆく窓の外に気づく。
そして「ああそうか」、夜へ帰ってゆくのだと納得するという歌だ。
上句は日没後の闇が濃くなってゆくさまを時間の経過ととも表現されている。
下句は日没という毎日繰り返されることにさえ忘れていた、自身への驚きもあるのだろう。
どこか象徴性を帯びており深い余韻の残る一首。
・「戒めをとかれたような」が意外。
蝶の飛ぶ様子は自由と捉えることはよくあるが、確かにたよりないふらつき方は「戒めをとかれたよう」で説得力がある。
上句の「たよりないいのちの軌跡」も美しい表現だ。
・「戦没」という言葉に違和を唱えている作者。
死者は沈んだのではなくて、空を飛んでいるのだと言う。
”没”に負の印象があるのだろう。
特に「ゐる」に注目することで、過去の出来事ではなく現在進行形で捉えているところに、作者の戦死者への深い思いが滲む。
・ひとけの無い無人駅で鳴る踏切の警笛が、田畑から山までこだましてゆく、広々とした景色と音が想像された。
k音が6つも使われており、警笛の鳴り響く音の余韻が耳に残る。
・漢字が連続しているのだが、なんとなく麻雀の牌が並んでいるように見える。国士無双のようだ。
そこに「そろう」が来ているのでツモった感じがしておかしい。
(作者の正確なお名前が表示できませんでした。すみません)
・斎藤茂吉に〈鼠等を毒殺(どくさつ)せむとけふ一夜(ひとよ)心楽(たの)しみわれは寝にけり〉など昆虫や小動物をいじめるような歌がいくつもあるが、その流れを汲むものだろう。
この歌は蟻の巣、あるいは蟻の密集しているところにコカ・コーラを垂らして、蟻が慌てふためいているのを上から見ている場面を描いている。
「秩序の崩壊」という表現、そしてそれを俯瞰している作者は神の視点を見ているようでもある。
人間に潜んでいる残虐性が浮かび上がってくる歌だ。
・スヌーズというのは、目覚まし時計の機能で、一度止めた後に数分おきに繰り返しアラームが鳴るものだが、本来の浅い眠りを示す意味がある。
この歌は単に日曜日だからぐっすり眠れたというものではなく、浅い眠りの中で浪費してゆく時間を惜しんでいる歌だろう。
歌が詠まれた当日の朝だけでなく、日々の生活による心身の疲労が歌から伝わってくる。
・夏の日盛りに虫を探す幼児に、母が日傘を差しかける場面が描かれている。
包みこむような母親の愛情が美しい。
子を日傘で覆えば、自らは陽に照らされてしまう。そういった親子の関係性も感じられる。
作者の視点が明確である点も特徴的だ。
・「A1出口」のA1は地下鉄などの出入口の当てられた番号だが、この表記が具体的に説明されていないため、読者は一瞬考えた後に理解する。
この時間差が歌の印象を強くしている。
また、階段を上ってきた主体と、押し戻すような夏の陽射しがしのぎ合っているようで、場面が上手く描かれている。
・夜遅くのスーパーの閑散とした様子が伝わってくる。
陳列されている商品も少なく、売れ残った商品だけが置かれているがさびしさが漂う。
その中を巡りゆけば、主体にもどこか取り残されたような、まさに水底をゆく魚のような感覚が広がる。
冷気が立ち込める鮮魚売り場のイメージもあるのだろう。
今回は以上です。
お読みいただきありがとうございました。