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ビッグフィッシュ
実家には、栗の木が数本生えている。
その木が沢山の実をつけていると、いつも秋の訪れを感じていた。
私が実家に住んでいた頃の話だ。
家の庭から、栗が道路に落ちる事がたまにあった。
ある時、通りがかりのおばあさんが、キョロキョロとあたりを見まわしていた。栗の木の近くで何やらコソコソしている。
落ちた栗を拾う為だろう。
さすがに、人の家の栗をとるのは申し訳ないと思ったのだ。落ちてる栗のイガをとって忍びなさそうに中身をポケットに入れている。
前足でちょんちょんとする猫みたいでかわいい。
私は、「ひとこと言ってくれればいいのにな まぁいいっか」と思いながら家の中から庭を眺めていた。
その時である。ライオンの様な怒鳴り声が飛んできた。近所のオジサンの登場である。
「こらァ!! 何をしとるんかー! 」
おばあさんも慌てふためきびっくりしている。
家の人が怒って出て来たと思ったのだろう。
もう一度言う。このオジサン、ただの近所のオジサンである。
私は「そんなに言わないでも」と2人に声をかけようと外に出ようとした。
その時、オジサンは
「こうするんじゃ! 」
といい、木の枝を揺さぶり始めた。
我が家の栗の枝は折れそうであった。
私は目が点になった。
栗は、ぼたぼた落ちる落ちる。
「凄いだろ」
オジサンはそう言いながら、おばあさんに満足げに落ちた栗を渡していた。
おばあさんの「えっ....」と言いたげな硬直した姿が凄かった。私も硬直して動けなかった。
おばあさんは、このオジサンは栗の木が生えた家の人ではない事を知っていたからだ。
私は、オジサンの事をよく知っていた。この事は、今でも家族内で笑い話として時折あがる程だ。
そんな事もあり、何回目かの秋がまた来た。
今年も栗がなっているんだろうな。そんな事を考えていた。
そして、再びまわってきた秋、オジサンが自然淘汰の御守りを持って旅に出て行った。
病院でおこるのは自然淘汰、ただ、それだけのこと。
親友から連絡がきたんだ。
「栗の木の...俺のじいちゃんが亡くなった」
オジサンは、親友のおじいちゃんなのだ。
私はこの時、実家から遠く離れていた。どうしても葬儀に参加できなく、代わりにお花を上げさせていただいた。
後日、私と親友で会う事ができた。
残された私たちがみた夕日がとてもきれいだったのを、今でも鮮明に覚えている。
例えるならば、あれは幾重にも重なり赤く染まった折り鶴のよう。
オジサンに別れを告げ、手をあわせ、親友と2人で浜辺のベンチでくつろいだ。
私は一つ決めていた事があった。絶対に泣くまいと。
その晩、親友とお酒を一口のんだ。
なんてうまいんだろう。水で割ったかとおもう程、ぐいぐいのめる。そして、甘い。
「甘露。甘露。」
そう言って、オジサンはよく呑んでいたらしい。
梅雨における一瞬の輝きを、ぎゅっと、瓶の中に詰め込んだかのようだった。
これは、オジサンがいなければ出会わなかった一口だった。
親友が語ってくれた。
オジサンの脈拍が少なくなってきた時に、喉に詰まる恐れがあるため、ガーゼに日本酒を湿らせ口もとへ運んだ。
オジサンはお酒が1番大好きだったのだ。
オジサン...じいちゃんの口もとは水気を含み。声に出すことはできないようだが、目が貝の如く潤ったそうだ。
私は、決して泣かないときめていた。
再び親友の会話は潤う。
満州から引き上げる時、軍はなかなか撤退をしなかったらしい。残ればシベリアに連れていかれる。
そんな時、上官と計10名で堂々と門番に敬礼をし、胸をはり、行進して出てった、じいちゃん。
日本へ帰るまでに二回結婚をし、沢山の日本人を日本へ連れてくる事に成功した、じいちゃん。
毎日のように日本酒を呑む じいちゃん。
スーパーに酒を買いにいき、ポケットに詰めて、家族にばれないように、こっそりと部屋で酒をのむ じいちゃん。
「最後に一杯だけ一緒に乾杯したかった。」
親友の話で、面白い事もたくさんあった。
「家からシーツをとって、かえってきた母と再び合流した時なんか笑ったなぁ。」
お母さんが、じいちゃんの遺体を車の助手席に座らせて病院から帰ろうとしていたらしく、警察に怪しまれないよう、よりすぐりの帽子を選んで家から持ってきたらしかった。
まだあったな、「じいちゃんに背広を着せようと思ったらカラフル過ぎて看護婦さんに笑われちゃったり――。」
数えたらきりがない。
泣かないときめていた。
そんな、思い出を数えることなんかできやしない。
ここで、カッコつけて文章を終わらそうと思ったが、書き進める。
物語はどこで終わりにするかで悲劇にも喜劇にもなるから。私は悲しい事があってもウジウジしないと決めているからだ。
あの日、私は泣いている所を親友に見られたくなかったので、走って海まで行って飛び込んだ。
飛び込んでスイスイと泳いでた。そんな気になってたけど、普通に溺れていたらしい。親友が助けてくれて助かった。
船? 漁船? に引っ張り上げられている私の写真があるから、ほんとらしい。
打ち上げられたシーラカンスみたいに写っていた。
もしくは酒に酔った貞子(?)
私の足の裏はズタズタに切れてたけど、お金がなかったからそのままバイトに行った。
連続の葬式になるところだったぜ。危ない危ない。
私は、この事で一つの教訓を学んだ。
酔っ払って、記憶をなくすのは、はしたない。人にも迷惑をかける。
私はだいたいの人より多くお酒はのめるし、デートをすれば相手が先に潰れる。
そこで、呑む量を調整し、記憶がないキャラであるのに、お会計などをトイレに行った際にサッと済ませてしまう。
誰かに感謝されても
「記憶がないからわかんない」
これでいいのだ。こうする事によって、私は酔っ払っても決して栗の木を揺さぶったりしないし、海にも飛び込まない大人になれた。
オジサンに感謝だ。
この文章を書きながら、私は唐突に卵が食べたくなった。
栗だったら、話の流れ的に整っていたのだが、冷蔵庫にそんな洒落たものはなかった。
卵を焼くのも茹でるのも面倒だったので、殻を破り電子レンジで温めた。
温めが終わり、食べようとキミの部分に歯を当てた時
「ボン! 」
本当にそう言う破裂音をして、口の中で卵が弾けた。
多方面に卵の破片が飛んでった。
言うまでもなく、私の口は熱を帯びた。
火傷だ。
卵を電子レンジで温めると爆発するとは聞いていたが、やはり本当であった。
現実は小説より奇なり。
私は、慌てて近くにあったお酒を口に入れた。
これは火傷の対処法として、全く意味がない。冷蔵庫に保冷剤を取りに駆けた。
駆けながら口にふくんだお酒を飲み込んだ。
冷蔵庫にたどり着く頃、昔どこかで呑んだお酒の味と似ている事に気がついた。
ほのかに香り高い。
口は痛いが甘露であった。
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