Radiohead"Airbag"の歌詞についての備忘
家のトイレが詰まってしまい時間がなく、歌詞解釈総論はお休みします。
intro
Radiohead(イギリスのロックバンド)の曲はほとんど聴かないが、唯一大好きな歌がある。それが"Airbag"だ。
彼らにとって最も有名な、そしてロック史に残る名盤と呼ばれる3rdアルバム『OK Computer』のオープニングを飾る一曲で、クラシックを思わせる壮大な曲調が印象的だ。
そして、その歌詞も曲調に負けず劣らず壮大である。
wikipediaからの引用だが、概要としては以下の通りだ。
私はこの曲の歌詞が大好きで、時々歌詞だけを眺めたりするほどだ。
しかし、いかんせん英語があまり得意ではないので、歌詞の意味をしっかりと理解できているわけではないのが悲しい。
本稿では、"Airbag"の歌詞を改めて眺めていたときに(英語的に)疑問に思った点を含めて、この歌詞のすばらしさを紹介したい。トム・ヨークの歌詞はいつも厭世的だが、この歌詞はちょっと別格だ。
またまたwikipediaからの引用だが、mojo誌のキース・オールディンのレビューでこの曲の歌詞は以下のように評されているそうだ。だが、僕にはとてもこの歌が(たとえ皮肉的だったとしても)ポジティブなものだとはとても思えない。
(uni)verse
まず初めに歌詞の引用と拙訳を載せる。
次の世界大戦の時、折れ曲がったジャガーノート*1の中で
僕は生まれ変わる
揺らめくネオンサインの中で
僕は生まれ変わる
*1 ジャガーノートはヒンドゥー教の神の名であり、転じて『破滅的な力』や『大型トラック』を意味する。余談だが、よくある『爆弾の青の線を切るか、赤の線を切るか』という演出が初めて用いられた映画のタイトルも「ジャガーノート」である。
恒星間爆発の中で
僕はこの宇宙を守るために生まれ変わる
とても深い無垢の眠りの中で
僕は生まれ変わる
速いドイツ車の中で、僕はまだ生きていることに驚いた
エアバッグに命を救われた
恒星間爆発の中で
僕はこの宇宙を守るために生まれ変わる
恒星間爆発の中で
僕はこの宇宙を守るために生まれ変わる
chorus-1(歌詞の好きなところ)
誇大妄想もいいところである。
この歌の主人公は、なにはともあれ『宇宙の危機を救うために自分が復活する』ということを確信的に信じている。
だからこそ、彼は死を恐れない。
どういうシチュエーションだったかは分からないが、だからこそ彼は、猛スピードで車をかっ飛ばしていたのである。そしておそらくそれは、我々の目から見れば自殺、そして彼の目線からすれば復活への儀式に近いものだったに違いない。
妄想、と一言で片づけてしまっては不謹慎かもしれないが、復活を信じて死を選ぶという行為は現実にも起こっている。最も有名なものは、1997年のアメリカで起こった「ヘブンズ・ゲート事件」だろう。
「天の王国」からUFOが迎えに現われ、ヘブンズ・ゲートのメンバーが「引き上げられる」時が来たと考えた宗教団体「ヘブンズ・ゲート」の信者たちは、5ドル札1枚と25セント硬貨を抱えて集団自殺を行った。
無意味な自殺だった、と一蹴するつもりはない。実際に彼らが「引き上げられた」のかもしれない。ただ、一般的な考えにのっとれば、彼らはその核心をもって死を選び、彼らの目的は果たされなかったとするのが妥当だろう。
一方で、この歌の主人公がおかれた状況は全く異なっている。
彼は確信にのっとって死を選び、しかしそのはるか手前の段階で失敗した。
彼は事故を起こして死ぬはずだったが、皮肉にも堅牢なドイツ車と人類の知恵であるエアバッグに命を守られてしまったのだ。
結果として、この世界にどういう影響があったのかは分からない。
彼の確信がただの誇大妄想だったのだとしたら、一人の人間が病院でフィジカルの治療を受けた後、メンタルの治療を受けることになった、というだけの話だろう。
でも、もしかしたら、ドイツ車が、エアバッグが、宇宙が救われるチャンスを台無しにしてしまったのかもしれない。
自分で死に場所を選べないことほどむなしいことはあまりない。そしてそれが確信をもって死を選んだ人間に起こった出来事であればなおさらだ。そして、彼に死に場所を選ばせなかったのは、一言でいうならば文明である。そういった要素が一人称視点で完璧に表現されている点において、この歌詞は素晴らしいのである。
Radioheadの歌詞は割とウニウニしたというか、覚悟の決まってないヤツの歌詞という印象があるが(Creepに引っ張られすぎかもしれない)、この歌の歌詞は覚悟を決めた人物が、その覚悟を台無しにされるという点で、他のRadioheadの歌とは一線を画するほどネガティブな歌だと私は思うのである。
Chorus-2(英語って難しい)
で、冒頭の話に戻るが、この歌詞を改めて眺めていた時、ふと疑問に思ったことがある。歌詞中繰り返される、以下の部分である。
歌詞を検めると、どう考えても彼(ここでいうところのI)が生き返るのは遠い未来のことだ。次の世界大戦とか、恒星間爆発とか言っている時点でそれは明白である。
にもかかわらず、なぜこの「僕は生き返る」という文は現在形で書かれているのだろう?
何か特殊なイディオムか何かかと思って調べてみたが、よくよく考えればアーノルド・シュワルツェネッガーがターミネーターの中で「I'll be back」と言っていたことを考えると、その線はなさそうだ。ビートルズも、「I'll be back」という曲を出していた気がする。
英語が堪能な人だったら多分すぐにわかるのだろうが、さらに調べてみると『確実な未来の話にはwill(いわゆる未来形)は使わない』ということがわかった。
そういえば、私がまだ高校生だったころ、大学入試問題で「不変の真理」とかいう概念を習った気がする。太陽は東から登る、は"the sun rises from the east”だ、というアレだ。
要するにwillというのは意思を表すのだから、「私は戻るつもりだ」という場合にはwillを使うが、天命として「戻る」ということが決まっているような場合にはwillは使わないということらしい。
これを踏まえて歌詞を改めて眺めてみると、よりその虚しさが際立つ。
やっぱり彼にとっては自分が生まれ変わることは天命であり不変の真理だったのである。この歌詞をさらに好きになった瞬間であった。
Outro(その他雑感)
太田光とヘブンズ・ゲート事件
ヘブンズ・ゲート事件についてお笑い芸人爆笑問題の太田光は、自身のエッセー『天下御免の向こう見ず』でこう語っている。
全くその通りだな、と思う
堕天作戦
ネタバレになってしまうので詳細は差し控えるが、山本章一氏の漫画『堕天作戦』では、"Airbag"同じような、死にきれないむなしさが描かれたシーンがある。大好きなシーンの一つである。
漫画はほとんど読まないのだが、お気に入りの作品の一つだ。Kindle Unlimitedでも読めるので、気になった人は読んでみてほしい。
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普段はクジラサウンズという名義で楽曲を配信しています。
歌詞が大好きで、歌詞にこだわりをもって曲を作っています。
本稿で興味を持っていただいた方はぜひ聴いてみてください!
新曲「猫のはかまいり」 mv
「レメディ」 mv
各種ストリーミングサイトへのリンク
note
歌詞好きが高じて、歌詞解釈総論という壮大なテーマに挑もうとしている。
以上