メリールー
人類がいなくなれば、数時間後には地球上のほとんどの電気が失せ、夜は本当の夜になり、数年後には周回軌道から外れた人工衛星は本物の流れ星になり、やがて僕たちがいた痕跡は時間が全て拭い去ってしまうらしい。
どれくらい先のことかわからないし、本当とか本物という言葉には、独特のむず痒さがあった。同じことを聞いていた学生たちは、ペンを回すものから真剣に耳を傾けるものまで様々だった。
たぶんあの時の僕たちは、自分の子供たちの営みが地球上から無くなるということに寂しさや切なさを感じていたんだと思う。そんな先のことを案じるだけ無駄、というのもみんな分かっていた。
自分たちの子供について、それこそ何にもわからなかったから。
ぐるぐるとそんなことを考えていると学校が終わった。
外に出ると雨は止んで、雲が消えていた。埃まみれの泥だまりが、低い月を鮮やかに映していた。
本当に綺麗な月はどっちだろう、と自分に問いかける。
直後、まだ若い牡丹のような花びらがその水たまりに舞い落ちて、ゆっくりと月に重なっていった。
僕はそれが嫌で嫌でたまらなくなって、揺れる花びらから目を背けて、自転車を漕いだ。
あれでよかったんだろうか。僕にはあれをすくって土のある方に返してやることもできたはずなんだ。でも手を汚しかねないから止めた。
手を差し伸べたところで、相手がそれを掴まなきゃ何も変わらないことを知っている。だから僕が考えたすくってやる、というような一方的な押し付けは、きっと優しさとは違うものなんだと言い聞かせた。
そんな綺麗事を手を汚したくないことの理由にしている自分が嫌だった。
それでも振り返らなかった。
その夜、久々に身長を測ると二センチ伸びていた。大きくなっても追い付けない何かがあることを悟った気になって床に寝転んだ。
冷たかった。
フローリングと僕の肌はお互いの熱を渡し合って、それを確かに感じていた。
好きな誰かとそうなりたいと思うのは、最近は毎晩のことだった。でもそれはやがて嫌気に変わる。どうしてかはわからない。
天井に横顔を見せると机の下に積まれた本の層の最下に卒業アルバムがあるのに気付いた。
あれをどう捨てていいかわからない。庭先で一度燃やそうとしたところを母に見つかり、止められた。その後どこに行ったのかと思っていたら、本棚からあぶれた本たちの底で床と同化していた。たしか、右端が焦げているはずだ。
アルバムが完成してから一人欠けた。
卒業式のあと女の子が一人亡くなったんだ。
僕はそのことを忘れたかった。この町の人の多くが彼女が死を選んだ理由として、その前年の恋人との心中未遂を考えていた。一方は亡くなって、彼女だけが生き延びたから。
僕はそれだけが理由じゃないと思っている。でもだからといって本当のことを知る勇気はない。
確かなのは、自分が夢の中で彼女になってしまうくらい、このことを引きずっていることぐらいだった。