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「お祈りメール」なんて怖くない|湯川恵子

湯川恵子
経営学部准教授・経営組織論

 大学生のほとんどが考える進路選択イコール就職先選びは、ある意味で学生にとって初めて社会を「自分事」として捉える場となる。どんな会社に入社したいのか、どんな仕事をしたいのか、自分に向いている仕事は何か、こうした問いに真剣に向き合うことになる。しかしいざ就職試験に行っても不採用通知を受け取ることは少なくない。「末筆ながら、貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます」で締めくくられる不採用通知を皮肉って「お祈りメール」といわれるようになった新語だが、誰が言いはじめたのか「言い得て妙」とはこのことと感心しつつ、「自分事」の就活生には「お祈りメール」で「祈られる」のは気持ちのいいものではないことだけは確かだろう。まさに進路選択は試練の連続といえる。

 一方で、学生にとって企業への関心事についてこんな話を聞いたことがある。彼は私の研究室所属だった卒業生。とある企業に入社3年目。新入社員採用時の学生向け説明会の説明担当に抜擢されたそう。仕事のやりがいや楽しさを話せるように周到に準備して当日に臨んだら、就活生からの質問は待遇面ばかり。就活生からすると「ブラック企業」には敏感に反応するので、この会社がブラックか否かをなんとか判別しようと頭をフル回転。さすがに卒業生の彼も、そうした話題ばかりで拍子抜けしてしまったそうだ。
 もちろん、これが就活のすべてではないものの、昨今の仕事に関するニュースを見ても「過労死」「ストレス」「ハラスメント」「長時間労働」など、明るい話題が見えてこない。国を挙げて「働き方改革」が喧伝されているが、これは義務として企業に働き方を改善させなければ、現場は何も変わらないということの裏返しともいえるほど、日本人は仕事人間が多い。だが、仕事は本来的には「きつい」「つらい」「苦しい」修行ではないはずだ。むしろ楽しいもの、やりがいや生きがいとなるものでなければならない。もちろんそこでの苦労はつきものだが、仕事から得られる達成感や仲間意識はなにものにもかえがたいはず。近年の風潮はそうしたプラスの面が影を潜めて、働きすぎやストレスといったマイナス面ばかりがクローズアップされている。

 堀場製作所の創業者の書いた本に『イヤならやめろ!』という刺激的なタイトルの本がある。20歳前後から60歳もしくは70歳近くまで、40~50年もの長い間、会社や仕事にかかわるのであれば、当然働きがいがある人生を送ることができる方がいいに決まっている。少なくとも企業は、そうした場を提供すべきであり、個人の側からすれば会社にやりがいを感じられなければ、そこにいる意味はないという。この本の中では、上司に押し付けられた仕事をしている場合とやりたい仕事をする場合とでは、仕事の能率が3~4倍も違うと紹介し、さらにおもしろく仕事をしている場合は、疲労も二分の一から五分の一くらいに低減するというデータも紹介している。ここからも昨今の「働き方改革」は単に労働時間だけの問題ではないことがわかる。

 しかし、大学を卒業したからといって初めからやりたい仕事につける保証はない。むしろその反対の仕事や全く未知の職業選択をする時が来るかも知れない。「おもしろおかしく仕事をするにはそのような仕事を与えられるのを待つのではなく、自分でその仕事をおもしろくしていく努力が必要」と筆者は強調する。『イヤならやめろ!』に込められたメッセージは、仕事に不平不満ばかりの毎日を過ごす前に、「おもしろい仕事を創り出していくことに一生懸命になったか」が大事ということとして逆説的に理解したい。目の前の仕事をおもしろくするために自分で努力したかという考え方は、数年後に皆さんが就活生になり「自分がどんな仕事についたらいいかがわからない」と悩んだとき、あるいは第一希望ではない会社に就職が決まったとき、結果的に飛び込むことになってしまった未知の会社での自分の立ち居振る舞いも示してくれているように思える。

 とはいえ、第一希望の会社に就職できたとしても、いつもワクワクするおもしろい仕事をしつづけるのは難しい。そんな時は「やらないこと」を決めるのが重要だという。限られた時間のなかで「ワクワクしない時間」を減らしていくことで、身軽に動けるようになるというのだ。たとえば「車輪の再発明」というプログラマーの言葉がある。すでに車輪という便利なツールがあるのに、一から自力で車輪を開発する時間と労力をかけるのは無駄。誰かが新しいものを開発したら、それをオープンにしてみんなで寄ってたかって改良しながら新しいものを作っていく方が進化は早い。いわゆる「オープンイノベーション」の時代はもう到来している、というのは、ときおり刺激的な物言いでメディアを騒がせて いるホリエモンこと堀江貴文氏。

 「ワクワクしない時間」を減らして得た空いた時間、つまり無駄を省いて得た時間を、「自分価値」を上げるために使ってほしい。あなたの代わりがいる限り、あなたの価値は上がらない。しかしあなたの代わりになる人が世界中のどこにもいなければ、おもしろい仕事はむしろ向こうからやってくるというのだ。堀江氏によれば3つの肩書をもてばあなたの自分価値は一万倍になるという。おもしろい仕事をするために、「自分価値」を蓄えるにはもしかすると大学四年間では短すぎるかもしれない。しかし、仕事をおもしろくすることができる思考の柔軟性だけは、この4年間で身につけておきたい。

湯川恵子
経営学部准教授・経営組織論

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2020年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。