想定していなかった会計研究者という進路
私は現在、会計学の研究者として働いていますが、もともとは農業経済学を勉強するつもりで大学に進学しました。それがなぜ今のような仕事をしているのか、どうして会計学の研究者という想定外の進路に進んだのかを説明しようと思います。私が伝えたいメッセージは、「偶然の出会いを大切に」ということです。
私は、大学入学時には農学部と一般に呼ばれるところに入学しました。もともとは農業経済学という分野に興味を持って、勉強してみようと思っていました。ところが1年目に履修したマクロ経済学・ミクロ経済学の講義を受けてみて、どうも自分にとっては面白くない。経済学が思っていた内容と違うということもあり(数式ばかり…)、1年生・2年生の頃はそんなに熱心に講義を聞いていませんでした。
その代わり私が力を入れていたのはサークル活動。いくつかのサークルに参加していたのですが、その中でも学園祭実行委員会の活動に一番情熱をそそいでいました。もともとは学園祭実行委員会にはあまり興味がなかったのですが、入学当初に仲良くなった友人に付き合って新入生歓迎会に行った結果、なんとなく所属することになりました。学園祭実行委員会では財政部門に所属して(これも私の希望ではなく、その部門の人が足りないからでした)、2年生になってからは委員会の予算・決算作成の仕事をしていました。その仕事の中で、複式簿記という企業でも使われている帳簿作成の技術に出会いました。学園祭実行委員会はなぜか複式簿記で帳簿をつけていて、高校では普通科だった私にとって簿記は全く知らないものでした。なので、帳簿をつけるのにも当初はとても苦労しました。ただ、帳簿記入のために簿記を勉強する中で会計というものに興味を強く持つようになり、会計学や経営学を真剣に勉強しようと思い始めます。
3年生になって学園祭実行委員会を引退してからは、他学部の会計学・経営学の講義を履修し、日商簿記検定にも挑戦するようになりました。所属していた農学部の卒業に必要な単位は最低限だけとって、あとは会計学・経営学の勉強に集中していたのです。そのころには、学園祭実行委員会のような非営利組織の会計学をもっと勉強したい、できれば非営利組織の会計に関する仕事をしたいと考えるようになっていました。会計専門職大学院と呼ばれる、会計の実務家を育てる大学院があることもそのころに知り、どこかの大学院に進学したいと考えるようになりました。
私が学部3年生の頃に、たまたま会計学を開講することになった新任の先生がいました。ここではO先生としましょう。非営利組織の会計を仕事にしたいと考えていた私は、着任して間もないO先生の研究室に進路について相談しに行きました。私の相談は「会計学の専門職大学院に進んで非営利組織の会計を勉強したいのだけれど、どの大学院に進めばよいのか」というものでした。O先生の答えは、
「非営利組織の会計学はまだ研究が進んでおらず、専門的に勉強できる大学院はない。深く学びたいなら研究者になって自分で研究するしかないよ」
というものでした。そしてその場でいきなり(!)、O先生の出身校である一橋大学の教授に電話をしはじめ、「来年度、研究者を目指して大学院受験する学生がいるので、よろしくお願いします」と言い始めたのです。私はまだ研究者を目指すと言っておらず決心も固まっていなかったのですが(笑)、これも運命かなと思い、大学院に進学して研究者を目指すことにしました。その後はO先生のゼミと農学部のゼミの2つに所属し(もちろん前者はもぐりです)、農学部ではトマト栽培をしてトマト栽培に関する卒業論文を書きました。その一方でO先生のゼミでは大学院進学のための勉強を見てもらい、無事に進学しました。そして研究を続け、今に至ります。
振り返ってみると、偶然の出会いから私のキャリアは形成されているなと思います。もともとは農業経済を勉強しようとしていたのに、今では全く関係ない非営利組織の会計に関する研究をしています。ですが、とても充実した仕事生活を送れていると思います。
スタンフォード大学のクラムボルツ教授は、「計画された偶発性理論」という理論を提唱しています。「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」という理論で、偶発的な出来事をうまく活用することでよいキャリアが形成されるという内容の理論です。私のキャリアは、まさにこの理論と合致していました。
皆さんも入学後、様々な偶然の出会いがあると思います。入学当初抱いていたキャリアをそのまま突き進んでいくのも決して悪くないと思います。ですが、大学ではいろいろな出会いがあるので、偶然の出会いを生かしてキャリアを形成していくという考え方を持っておくのもよいのではないかと思います。
『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。